四天王の一角
「ところで定家殿、例の件だが・・如何ですかな?」
石鹸の製造方法を伝授し栽培計画の話を終えると義重は従者達に帰り支度をさせながら定家に話しかける。
「はい、案の定私にも便りが届きました。7日に信濃国市原での合戦に勝利し平家追討のためさらなる兵を募っているとのことです。」
── ん? 何の話だ?
「やはり来たか。合戦の件はわしも聞き及んでおる。
あやつの一族とは父 義国の代からの仇敵でしてな・・。はてさてどうしたものか。」
「この件に関して国衙としては中立を保ち協力には応じないつもりです。
つきましては・・義重殿、これも何かの縁です。もしも国衙が襲撃された際にはぜひお力添えをお願いしたく・・。」
── ・・結構深刻そうな話だよな・・?
「無論、わしらは既に一蓮托生じゃ。案ずるでない。
万が一の際には駆けつけると約束しよう。」
「感謝します。」
── っていうか、やっぱり動乱の最中では位階なんて関係なく武力が物を言うんだなあ。
「ただな・・わしは息子の領地に避難して稲の刈り入れが完了次第兵を集めるつもりだ。
わしの領地も三方を仇敵 足利俊綱ら平家方に囲まれておるのでな。故に自領の状況によっては駆け付けられぬこともあるとだけ承知しておいていただきたい。」
── あ、その名前は聞いたことがある。確か平将門の乱を治めた英雄の1人とされる藤原秀郷の系譜のはずだ。
っていうかこの人、この様子だと石鹸作りなんてやってる場合じゃないのでは・・
「それは承知の上です。よろしくお願い申し上げる。」
この時代、兵とは一体何者なのかと言えば大半が有力な農民らが使役する隷属農民だ。少数の武士や傭兵と呼ばれる人々は土着の豪族、もしくは長期化した蝦夷との戦いで農業から離れ戦いを専門としながら普段は馬を使って各地に物資を運ぶようになった商人的存在だけだ。
専属の兵士など自領で300騎もいればいい方で、それ以外は戦闘訓練もロクにしていない一般男性の歩兵ということになる。日頃から合戦に備えて馬も育てているし武器も作っているが、足りないから職人を総動員して作るし、それでも足りないので農具で戦うのだ。
稲の刈り入れ前にそんな農民達を駆り出して合戦に明け暮れていれば収穫のための人手も農具も足りず食糧不足に陥るのは当然だ。
となれば、合戦をするにしても収穫後だ。
義重はそれをよくわかっているのだろう。
2人のやりとりに聞き耳を立てながらそんなことを考えていると話は終わったようで定家は仕事に戻っていった。
義重の従者達は既に帰り支度を終えている様子だが義重は俺の方へと向かってくる。
「龍彦よ。そろそろわしは帰るが・・その前に其方にひとつ頼みがある。」
「なんでしょうか?」
「・・はっきり言ってわしは今後どうなるかわからん。それでのう・・」
義重は初めて会った時のようにまどろっこしくはっきりしない。
「わしに万一のことがあったら・・どうかわしの末っ子 来王とその母に其方の知恵を授けてやってはもらえぬだろうか?」
── っ!! 俺に後見人になれと・・?
俺は一瞬出てしまった驚きの表情を消し努めて冷静に返答する。
「唐突ですね・・。
わかりました。微力ながら力になることをお約束します。
ですが・・何やら事情がおありのようですね?
私と義重殿の仲ではありませんか、話してはいただけませんか?」
「うむ・・。そうだな。
其方につらい昔話をさせてしまったのだ。わしも話しておかねばなるまいな・・。」
そういうと義重は事の経緯を語り始める。
「・・もう13年前になるかのう・・── 農民の娘を愛してしまったのだ。
そのために生まれた子が来王でな。まだ12なのじゃ。
それはそれは可愛くてのう・・。」
── この人もこんな見た目で子煩悩の優しいお父さんなんだなあ。でも53,4歳の時の子ってことだよな・・。
「・・だがわしには他に8人の子らがおってな。来王とは歳の差も大きい。
荘園主にはわしの所領56郷の内19郷を来王とその母に分け与える旨を文書で伝えているが・・万が一、今わしに何かあれば・・・庶民の娘と幼い我が子では他の子らからの要求に逆らえないことは目に見えておる。
じゃがな、たとえ ──」
この時俺は義重の目が潤んでいることに気が付いた。
そこでようやく俺も彼が言いたいことを理解した。
権力者が幼子を残して他界した場合に残された子がどんな運命を辿るのかを。そして、母親の実家が太くなければどうなるのかを。
ましてや義重が管理する荘園の所有者は平家方だ。このまま史実通り進行するならば間違いなく滅びる。敗者の領地が勝者のものとなるのは世の常だ。
「── 領地の大半を奪われたとしても、貧しい暮らしはさせたくない。
少ない領地でも其方ならば・・それなりの暮らしをさせてやれるだけの知恵を授けてもらえるのではと思った次第じゃ・・。」
── そういうことか・・。権力を振りかざしてお盛んが過ぎるのはどうかと思うけど・・子どもに罪はない。
「・・心中お察しします。
お任せください、この件は役人としてではなく私龍彦個人として責任を持って面倒をみることをお約束しましょう。」
俺たちはガシッとかたい握手を交わす。
始まったばかりだが「この人とはきっと良好な関係が築けるだろう」と、そこはかとなく感じていた。
「義重殿に万一など無いと信じておりますが一度お会いしてみたいですね。
実はこの子はライと申しましてね。先日の鬼退治の英雄なので敬意を込めてライ公と呼んでいます。
ライコウとライオウ、名前が似ているなあと。」
「ほう。実はわしもこの間からその犬っころには気をかけておったのじゃ。
名など付けて・・此奴もこの小さき身を挺して其方を守る・・ましてや英雄などと・・此奴は一体其方のなんだと言うのじゃ?」
「家族ですよ。
郷を出た私は今や完全なる独り身です。この子も沢で1匹溺れていました。
私たちは身寄りのない者同士、身を寄せ合い、時に助け合って暮らしているのです。」
「犬を家族と申すか・・其方は本当に変わっておるのだな。だが・・わしはその考え方嫌いではないぞ。」
そう言って義重はライ公を凝視する。
ライ公は義重の顔に怯え顔を背ける。── これは怖いよな。よしよし。
「ふむ。よく見れば可愛らしい顔をしておるではないか。
まあ、わしの子らには遠く及ばんがな。」
義重はガッハッハと高笑いしながらわしの子可愛い自慢を始めてしまったのでしばらく聞いてあげていた。
「して・・鬼退治の英雄とはどういうことだ? 鬼退治の英雄でライコウと言えばまるで我が一族の祖 頼信公の兄君 頼光公のようではないか。」
「えっ!?」
驚きのあまり声が出てしまった。
そう言えばそうだった。義重の先祖と頼光はどちらも源満仲の子という点で繋がっている。
── 清和源氏を調べたことはあるけど・・どれも名前が似通っててわけわからなくなっちゃうんだよなあ。
俺は知らなかった体で会話を続ける。
「義重殿は頼光公のご血族だったのですね・・。ライ公の名はおっしゃる通り、頼光公から頂戴した名です。」
俺が白状すると義重はしたり顔で告げる。
「・・ひと月前の鬼騒動を鎮めたのも其方らだったのか。ようやく合点ががいったわい。
・・どうせ其方が退治しその功績を犬っころに押し付けたのであろう?」
「・・・ご明察恐れ入ります・・。」
「では、碓氷峠の毒蛇騒動も其方の仕業なのか?」
── なんだそれ。そんな騒動が起きているのか・・?
「いえ、私は何も存じ上げませんが・・それは一体どのような騒動なのでしょうか?」
「頼光公に四天王がいたことは当然知っておるだろう? その四天王が一角 碓井貞光公がかつて碓氷峠で人々を苦しめていた巨大な毒蛇を退治したのだ。
しかしここ最近碓氷峠で毒のような異様な臭いが漂ってくることがあるらしく、毒蛇が再来したと近辺の者達が騒いでおるのだ。」
── ・・・・・ん?
「先日わしが帰郷した時にも確かにどこからか異様な臭いがしたのでな。根も葉もない噂話ではないようだ。」
俺は笑顔を引きつらせながら正直に思ったことを告げる。
「・・・確証はないのですが・・私に心当たりがあります・・・。」
── たぶん俺が植えたクソニンジンだ・・・。毒どころか歴とした薬草です・・・。
大した量ではないが関所の兵士達に断りもなく、さらに峠の風向きなど何も考えないで植えてしまったのだ。突然悪臭がするようになったら驚いてしまうのも当然だ。
人は出どころのわからない異臭が漂うと不安になってしまうものなのだ。
20 - 21世紀の日本でも度々異臭が問題になった。その多くは公害に起因するものだったが、2020年頃から立て続けに起きたと言われる「突如ガス臭が漂いすぐに消える」という騒ぎは未だ解明されておらず結局謎のまま捜査はお蔵入りして人々に不安を植え付けた。
「・・やはり其方であったか。まあそんなことはどうでも良いがな。」
義重はそう言って笑った。自分に実害が及ばないことは気にしない主義なのだろう。
── 碓氷峠にそんな伝説があったのか。知らなかったとは言え悪いことしちゃったなあ。・・・だけど毒蛇は使えるぞ。
「何やら悪いことを企んでおる顔だな。話してみい。」
あまり従者を待たせても悪いので俺は話を切り上げる。
「それは完成してからのお楽しみです。」
そして真剣な眼差しで告げる。
「義重殿、それまでどうかご勇健で。」
「なに、わしはこれから忙しくなるが心配はいらん。万一と言ったであろう。
それに其方に教えてもらった作物はしっかり作らせるので安心せい。」
聞いてもいないのに言い訳を始める。照れているのだろうか。
◇◆◇◆◇
ようやく義重が帰ると俺は定家のもとへと向かった。
「随分話しこんでいたのだな。
まさかあの義重殿をこんな短期間で籠絡しようとは・・」
「私もこんなにうまくいくとは思いませんでした。これで国衙はしばらく安泰なのでしょうか?
それとも・・先ほどちらっと定家殿と義重殿の会話が聞こえてしまったのですが・・何か問題が?」
小麦の価値が認められ、石臼レンタルの商談が成立し、石鹸の製造と称して今後重宝される作物をたくさん作ってもらうという算段を取り付けたのだ。大成功なんてものじゃない。
── ましてや・・後見人なんて・・・。
「聞いておったのか。・・・その通りだ。
お主が小麦で忙しくしている間に源義仲殿が隣の信濃で挙兵したのだ。・・最近では木曽義仲と名乗っているようだがな。」
── っ!! 木曽義仲って・・頼朝と同じくらい勢力があって平家討伐の功績もあったのに政治力が皆無で京を追われ、結局源義経に追討されちゃった人・・だよな?
「それで、義仲殿の父君はかつて上野に領地を持っていたためその伝で国衙に協力要請を出してきたのだ。」
── あの会話はそういうことだったのか。この人も第四の勢力として上野に絡んで来るのか・・?
新田義重に関する史実について、もし興味を持っていただけたらお付き合いください。
1180年8月の頼朝挙兵時、里見義成と新田義重は京で官職についていたそうです。
義重には4人の娘と5人の息子がいたとされています。
その中に庶子(正妻ではない女性の子)の義俊と義範がいましたが、庶子は家督を継ぐことができなかったため、家督は正妻との子である三男の義兼が継ぎ、異母兄2人は分家して義範は山名、義俊は里見を名乗ることとなります。
里見義俊は1170年に他界しており、里見の家督は作中でも登場した義俊の嫡男 義成が継いでいます。義成の生まれは1157年とされているため、作中登場時点では23歳です。
8月末の時点では義重は平清盛に頼朝の動向や甲斐源氏の動向を報告しています。
ですがその後(藤原忠親の日記『山槐記』によれば9月7日)「頼朝を討伐する」と言って上野へ帰ります。
京には平家方が多いので穏便に脱するための方便だったようですが、実際どの時点まで平家方についていたのかということはわかっていません。
最終的に9月末には頼朝の応援要請も無視して「自立の志あり」として兵を集め、平家方の領地と距離のある自分の(息子に分け与えた)領内に立て篭もったそうです。
一方、息子の山名義範と孫の里見頼成は頼朝のもとへ参陣しました。
なお、「公務員のお仕事」のあとがきにも記載した通り、この9月に起きたことが作中の閏8月に起きています。




