信用スコア
義重にうどんのおかわりを要求されたが、まだパンを食べてもらっていないのだ。
まずはそちらを食べてもらわねば。
「まだ次の品もありますので、おかわりはその後まだ食べられそうだったら、ということにしてください。
次はこちら、焼き立てのパンと言う食べ物です。
まずはこちらのプレーン・・いえ、そのままの素材の味をお楽しみください。」
もはや義重は同じような絶賛の言葉しか言えなくなっていた。
その後のなんちゃってツナサンドでも驚嘆していた。
パンは本当は強力粉を使いたいところなのだが、日本の小麦はタンパク質がやや少なめの中力粉相当なので物足りなさが出てしまう。
さらに全粒粉100%のパンなのでふすまがグルテンの形成を疎外してしまい、俺からすると口当たりが悪いがこの時代の人々にとってはふわふわの美味しい食べ物として認めてもらえたようだ。
── たとえ中力粉だったとしても欲しいことには変わりないけど・・技術的に絶対無理だよなあ・・・
科学技術の賜物である精選された真っ白な小麦粉は繊細な技術の積み重ねの上に成り立っているので今の技術では絶対に作れないし、俺は当面作り出すつもりもない。
全粒粉には小麦の内訳の約15%を占める表皮と2%ほどの胚芽も含まれているため栄養も多いし無駄がない。しかし小麦粉ではこれらを機械で取り除くために一律の大きさの粒のみに揃える工程で粒が細いものなど大きさが不均一な小麦まで取り除かれてしまう。
この問題は21世紀中期からの牧畜衰退が進むと飼料としての使い道もなくなり、食品ロスとして批判を浴びた。そうした中で様々な企業の努力によって活路を見出されることとなったためこうした問題は是正されたがこの時代にそんなことはできない。
そもそもこの時代の農業レベルでは不均一のオンパレードなのだ。
文明レベルの全体的な底上げがなされるまで贅沢など言っていられない。
そんなことを考えている内に義重は結局全品おかわりしてその全てを平らげてしまっていた。
── 60過ぎてこんなに食べるとは・・・。昔の人って炭水化物ばかりよく食べられるよなあ。
「小麦料理は如何だったでしょうか?」
「ふう・・。満腹じゃ。66年生きてきて、こんなに飯が美味かったのは初めてだ・・。」
── 66歳だったのか。
「これらは本当に全て小麦の粉で作られているのか・・?」
「もちろんです。各種調味料は使いましたが、それ以外は全て小麦粉だけを使っております。」
「未だに信じられぬが・・・小麦の価値が良くわかった。
よかろう。喜んで小麦に転作するとしよう。」
義重はそう言った後、しばらく思案し再度口を開く。
「して・・どのようにしてあの量の小麦を粉にしたというのだ?
あれだけの量を挽くのであれば相当な労力を要したはずだ。」
「2枚の石を使って挽きました。」
「そのようなことはわしにもわかっておる。小麦を粉にするのに石を使うことなど常識ではないか。」
それからしばし考え、その後神妙な面持ちで話を続ける。
「・・・まさか本当に2枚の石だけで全て挽いたと言うのか・・?」
俺は精一杯不敵な笑み浮かべて答える。
「はい。本当に2枚の石だけで、5,6人で交代しながら2日足らずで全て挽き終えました。」
「っ!? そのようなことが可能なものなのかっ!!?
その2枚の石をここへ持って参れ!!」
従者数人がかりで石臼を持ってきて実演して見せると義重は驚愕し言葉を失ってしまった。
「この器具は石臼と言います。上下の石の間で小麦をすり潰す器具です。」
「・・こんなものが・・。これを一体いつから作っていたのだ?
加工するのに相当な時間を要するのだろう・・?」
「半年前からです。
かねてより小麦の価値に気付いていた私は試行錯誤の末にこの構造にたどり着いていましたが、1人ではとても加工ができませんでした。そのため石の加工は職人達に頼んで半年ほどかかりました。」
もちろん嘘だ。
定家をはじめ、その場の国衙側の者達はみな「そんなばかな!」とでも言わんばりの疑問と驚きの表情を浮かべている。
しかしこのような物を短期間で作ったなどと言ったところで信じてもらえないし、コンクリートの存在は隠したい。
今後の交渉材料として石臼が簡単には作れないと思ってもらう必要もあるのだ。
「・・どうやら其方には先見の明があるようだな。この器具があれば小麦の価値は跳ね上がる・・。
して・・・この器具の製法も教えてもらえるのであろうな?」
義重にしては珍しくこちらの様子を伺いながらの慎重な発言だ。
── 良い兆候だ。このまま一気に懐柔してしまおう。
「もちろんです。
と、言いたいところですが、その心配は無用です。
入用の際にはこちらの石臼をお届けしますので、好きな時に利用していただいて構いません。」
「なんだとっ!? 半年かけて作ったものをくれると言うのか!?」
義重は信じられないとでも言うような顔をしながら身を乗り出してくる。
「いえ、差し上げるのとは少し違います。」
その発言に先ほどまでの勢いは消え、慎重な面持ちとなる。
「・・聞こう。申してみよ。」
「石臼はレンタル制にしようと思います。」
「・・一体それはなんだ?」
「レンタルとは、短期間の貸し出しのことです。その対価として期間に応じた金銭を頂戴します。
つまり、来年の小麦収穫時など利用したい時には石臼をいつでも金銭と引き換えに貸し出します。金銭の代わりは小麦でも構いません。
・・小麦はもちろん荘園主への税には含まれていませんよね?」
また激怒されてもおかしくない発言であったが今回は表情を曇らせただけだった。
「なるほど・・荘官であるわしから税を取ると申すか。」
「簡単に言えばその通りです。
もちろん、貸し出し中に構造を真似て作っていただいても構いません。長期的に見ればそうすべきでしょう。
ただ・・石臼は作ろうとすれば数人の職人が半年間付きっきりで作業する必要がありますが、使うのはこの時期だけです。
私としましては販売しても良いのですが・・半年間もの製造期間がかかる一点物ですので・・・」
俺は面と向かっては言いづらいため言葉を濁す。
義重はその意味を理解し後に続く。
「ふむ・・。そうだな、言われずともわかっておる。
その価値は我が一族の財政を逼迫させるほどであろう。さらに今後の動乱を考えると職人をそれだけに付きっきりにはできようもない。
・・毎年、この時期だけ必須となるこの器具は作ったり買ったりするよりも借りた方が割りに合うと言うわけだな?」
「おっしゃる通りです。如何でしょうか?」
「・・・他に何か条件はないのか?」
「はい。ありません。」
「・・・この条件であればわしが納める金銭よりも借物の価値の方が遥かに高い。わしが借りたものを返さないとは思わんのか?」
レンタルはお互いの信頼関係の上に成り立つ商売だ。出会ったばかりで信頼関係の築けていない相手には何かしら保険をかけるのが常識だろう。
そうでなければ当然貸した側が丸損することになる。
しかし ──
「そのようなことは微塵も思いません。・・信頼しておりますので。」
俺はためらうことなく疑いを否定して話を続ける。
「義重殿のような高貴な血統のお方がそのようなことをするはずがないではありませんか。そもそも、そのようなことをお考えの方はそんな話をせずに即決されます。」
義重はガッハッハと高笑いし肯定する。
「それもそうだな。わしがそのようなことをする訳が無い。」
俺もにこやかに笑いながら腹を割って本心を告げる。
「はい。私共国衙としましても義重殿からの信用を積み上げていきたいと考えております。・・・信用ほど高くつくものなどこの世にありませんので。」
散々嘘を連発しておいてこんなことを言いたくはないのだが、
相手から信頼されたければまずは自分が相手を信頼しなければならない。
だからまずはこちらがリスクを取って信用を得るのだ。
信用は積み重ねるものだ。積み重ねてきた信用があるから信頼される。
22世紀の社会では信用スコアが低ければ何もできない。一度失った信用スコアを取り戻すのは言葉では言い表せないほど大変だ。
そのため、人々は常に他人からの評価を気にして生きている。── 俺もそうだった。
本来、信用というものはビジネスライクに数値化などされるべきではない。
そんなことは22世紀を生きる誰もが知っている。しかし22世紀の社会情勢ではそのスコアを見ることでしか他人を信頼できないのが現状だ。
世界が多様な価値観を許容することに努め各国の国民主義が下火になった結果、今まで自国優先でまとまっていた国民同士の意見対立が深まり相手の考えが全くわからなくなってしまったのだ。
国家の求心力などもはや無いに等しい。
これにはSNSによってコミュニティ自体が分断・細分化されてしまい自分と異なる主張を目にする機会がなくなってしまったことも大きく関与している。
従来声が届かなかった少数派の意見がSNSを通じて浸透しコミュニティが形成されると、集団の力によってその発言や行動は過激になる。そうして世の中はもはや手が付けられないほどに細分断化されてしまったのだ。
── この時代の人たちには身分階級制度があるとは言え、まだ団結力がある。数値化などしなくても信頼しあえる世界にできるはずだ。
「・・・」
義重はじっと俺を見つめ熟考している様子だ。真意を推し量っているのだろうか。
なんと言ってもこの人には老功がある。
自分より格上の貴族達が使う「信用と信頼」などという戯言に何度も振り回されてきたはずだ。
なので俺のような下っp ──
「よかろう。
其方は確か・・龍彦といったな。其方とは良い関係が築けそうだ。
貸し出しの詳細は後日担当の者を寄越すのでその時に話すが良い。」
・・商談は驚くほどすんなりまとまった。
俺は平静を装いながら丁重に礼を述べる。
「承知しました。ありがとうございます。私もそう思います。」
── っていうか・・初めて名前で呼ばれたっ・・!!!
史実に関する補足です。
新田義重の生まれた年は明らかになっておらず、複数の説があります。
新田荘遺跡の公式パンフレットには1135年に生まれたと記載されています。
しかしこの作品では、義重の死後その時代のとある有名人が義重は高齢だったと言っていることを根拠に一番高齢になる1114年生まれとする説を推す「消された一族 - 清和源氏新田氏支流・世良田氏 (あさを社, 1990)」の考えを踏襲しました。
単に高齢でいてくれた方が物語上良かったというのもありますが・・。




