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おもてなし

1180年閏8月17日


コンクリートが固まるまでの3日間で定家の従者や国書生達の手を借りて全ての小麦の脱穀を終えた。簡易的に作成した千歯扱き(せんばこき)(*1)を用いて茎から穂を外し、その穂から殻を外して実を取り出す。しかし準備不足で唐箕(とうみ)(*2)は簡単に作れなかったため穂から実を取り出すのは協力者総出の大仕事で、叩いて殻を外し扇いで実以外を吹き飛ばす作業を延々と続けた。


俺はその傍らで先に脱穀して実となった一部の小麦をそこら辺の石で挽いて酵母の育成を始めていた。

パンの美味しさを知ってもらうためにどうしてもふっくらとしたパンを食べてもらいたいのだ。

しかし酵母作りには1週間近くかかるため石臼の完成を悠長に待っている時間がなかった。


「こらっ!今酵母(こうぼ)を温めているんだから近寄っちゃダメっ!」

発酵の匂いに興味津々なライ公に注意しつつ酵母から遠ざける。


酵母菌もといイースト菌の育成は小麦粉と水さえあればできる。

小麦粉と水を2:1で良く()ね、布で覆って温かい場所に置き、半日毎に確認して泡が出ててくるのを待つ。泡が出てきたらそれは発酵が始まった合図なので混ぜ合わせた物を半分にして、新たな養分として再度2:1の割合で小麦粉と水を加えて捏ねる。


これを何度か繰り返せばパン酵母の完成だ。

この酵母が完成すればそれをパン生地に少量加え2,3時間寝かせてから焼くことでふわふわのパンができる。


そして本日、完成した石臼で全ての製粉作業が終わり大量の栄養満点 全粒粉(ぜんりゅうふん)の小麦粉ができあがった。きめの細かい(ふるい)がないので中には粗挽きのものもあるが、今はこれで十分だろう。


── さあ、おもてなしの準備といこうか。


◇◆◇◆◇


1180年閏8月20日


遂に今日新田義重が小麦の価値を見定めにやってくる。


俺は今日までにうどんと食パン、それから食パンとマヨネーズだけを使ったなんちゃってツナサンドを用意した。食パンのパン耳は細かく刻んでマヨネーズと和えることでツナサンドと見紛うほどの美味しさになるのだ。


京では食肉禁止令によって禁止されている鶏肉も上野ではマイナーながら食べている者達がいたため、この日のために貴重な鶏卵(けいらん)を手配してマヨネーズを作った。この時代の調味料は塩と酢、酒、それから味噌や醤油の原型とされる(ひしお)くらいしかないのだ。これらの調味料で手軽に作れるものはマヨネーズしか思いつかなかった。


イノシシ肉とパン粉を使ったとんかつも考えたが、国衙であからさまな食肉パーティーなど開けないことに気付いて中止した。

誰がどこで見ているのかわからないのだ。炎上リスクは避けねばならない。


そもそもメインは小麦なので肉料理を提供するのは意に反する。

何より、うどんとパンだけでも十分認めてもらえる自信がある。


正午をまわった頃に義重一行はやってきた。

「約束通り、小麦の活路を見定めに来てやったぞ。準備はできておるのだろうな?」


俺は満面の笑みで出迎える。その後ろには定家と貞行を含め、小麦の脱穀や製粉に協力してくれた従者達まで控えているのでなんだか偉くなった気分だ。


「もちろんです。私共が腕によりをかけた品々をぜひご堪能ください。」


今日は前回と違って天気が良いため野外パーティーだ。

俺は一行を地べたに敷いた稲わらの(むしろ)(*3)に座るよう促す。

そして手筈通り従者に目配せしてうどんを茹でさせ始める。


「まずは、遠路遥々お越しいただきありがとうございます。

本日は天気が良く日差しが強いのでどうぞこちらを。」


そう言って俺は麦わら帽子を差し出す。

「これは・・・なんだ?」


「麦わらで作った帽子です。日差しを遮り通気性が良いのでこのような残暑の厳しい日にはうってつけの品です。」


俺は手先の器用そうな者達に麦わら帽子を試作してもらっていた。俺の知る精巧な網目の麦わら帽子とは程遠いが、帽子としての役割は十分果たしてくれる。

日中はまだまだ暑い。そんな中で農民には稲の収穫以外にも外仕事がたくさんあるため、きっと役に立つはずだ。


貴族男性の髪型は冠下髻かんむりしたのもとどりという(まげ)があるため、麦わら帽子もそれに合わせたものも作ってある。

今日の義重は甲冑を着ておらずラフな和服のため、麦わら帽子が思いの外良く似合う。老齢も関係しているのだろう。

甲冑だったら似合わなそうだなと心配していたので安心した。


興味津々な定家にも被ってもらったのだが若輩者(じゃくはいもの)な上に貴族の装いで麦わら帽子というのがおかしく俺を含めた周囲の者達は必死に笑いを堪えていた。

が、本人は日差しが遮られる心地よさを実感し気に入った様子だ。


そんな定家の不格好を見て烏帽子を脱ごうと紐を解いていた貞行は動きを止める。


── 良い判断だ。ありがとう貞行。あなたまで被って定家と並ばれたら流石に堪えきれなかったな・・・


「そちらの従者方の分もありますので、どうぞご利用ください。」


麦わらは大量にあったので試作品も含め多数用意してある。せっかくなので義重の従者達にも配ってその良さを知ってもらう。

どうやら麦作と石鹸作りを担当することになる郷の長も来ていたようだ。


郷長は飛び抜けてよく似合っている。やはり麦わら帽子は農民にこそ良く似合う。

── とは言え麦わら帽子が日本にやってきたのは明治時代らしいのだが。


「ところで里見義成殿は如何されたのですか?」


「・・あやつはわしの愚息(ぐそく) 山名義範(やまなよしのり)と共に頼朝のところへ参陣しおったわ。

まったく・・血気盛んでわしの言うことなど聞きやしない。」


「そうでしたか・・。」


── 一族の中でも意見が割れているのか。しかし、史実通り頼朝が幕府を開くなら参陣した者達は当然義重よりも優遇されるのだろう。


「ほう。これは・・・なかなかどうして・・良いではないか。なあ?」

義重がそう言うと従者達も口々に称賛の声をあげる。


── 出だしは好調そうだ。この調子でどんどんいこう。


心の中でそう鼓舞して次の品を用意する。

「長旅で喉など乾いてはいませんか? 麦茶をどうぞ。」


そう言って小麦で作った麦茶を差し出す。朝に焙煎(ばいせん)して熱湯に入れ冷ましておいたものなので未だ香ばしい香りが漂っている。


「ほう。これは小麦の茶なのか。・・・この茶碗に刺さっている棒は一体なんだ?」


「それは小麦のわら、ストローでございます。

まずはぐいっと。棒の先を吸い上げてみてください。」


麦わらと言えばその英語名の通りストローだろう。

夏によく冷えたジュースをストローで飲むのは最高に気持ちがいいのだが・・ジュースも氷もないことが残念でならない。


義重は俺の言葉通りぐいっといったためやや()せた。

そして ──


「むむっ!? なんだこれはっ!?」


驚きの声をあげる。

その後、まじまじとストローを観察し、その仕組みを理解した様子だ。


「ふむ・・。帽子にすとろーとな。

麦わらにこのような活用法があるとは驚いた。

他にも麦わらの活用法はあるのか?」


「工芸品としての活用法は発想次第ではまだまだあると思います。稲わらに比べてしっかりしていますので。

あとは ── ご存知かもしれませんが、畑へすき込めば保温効果をもたらすと共に良き肥料になりますし、牛の粗飼料(そしりょう)にも使えます。」


「なるほどのう。発想次第か・・。わしらも何か考えてみようかのう。」


そんな話をしている間にうどんが茹で上がった。

「次はうどんと言う食べ物になります。これは乾燥させれば長期保存が可能で、茹でれば水を吸ってこのようにツルツルになります。」


うどんには醤油が欲しいところではあったが、ないものはないので仕方がない。

塩気の多い釜揚げうどんに刻んだ早どりネギと天かすを散らし、日本の川魚を代表する鮎の出汁をかけたものを出した。

天かすは小麦粉をだし汁で溶いたものを菘菜(あおな)の種から採った植物油で揚げたものだ。やはり天ぷらには植物油だろう。


「初めて見る食べ物じゃ・・。これはどのように食すのだ?」


「初めは1本つるっと(すす)ってみてください。

慣れれば2,3本まとめてズルズルっといけるようになりますよ。」


義重は恐る恐る1本を口に運ぶが、啜る感覚がわからないようでひと口で噛み切った。


── やっぱり啜るのって最初は難しいよなあ。俺もそうだったし。


「むむっ!? この食感は・・弾力があってそれでいてみずみずしく・・」

言い終わらないうちにうどんを次々と口に運び、あっという間に食べ干してしまった。


全粒粉100%のうどんなので色は薄い茶褐色で太い蕎麦のような見た目で弾力も弱めなのだが、全粒粉を事前に炒めることでふすま(・・・)の硬さを軽減させてあるため十分な出来栄えになった。


「ふう・・。これは美味いっ!! もっと持ってくるのじゃ!」


── 満足してもらえたようで何よりだが、これで終わりではないのだ。おかわりはお預けだ。




*1 千歯扱き(せんばこき): 江戸時代に開発された日本古式の脱穀用農具。木の台の上から鉄や竹などの櫛状の歯が水平に突き出しているので、そこに乾燥した稲や麦の束を叩きつけ、引いて()き取る。

*2 唐箕とうみ: 穀物に混じった塵や籾殻などを取り除く農具。箱の中に風を送る装置を作り風で吹き分ける。

*3 むしろ: わらやイグサ、竹などで編んだ敷物。畳の原型のようなもので、厚さがなく薄い。



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