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悲劇の末の副産物


── 石臼(いしうす)を作らないと。


小麦を製粉(せいふん)するためには石臼が必要だ。

なくても構わないがあるのとないのとでは労力が桁違いで、石臼がない故にこの時代の人々は小麦を十分製粉できずにいる。その労力の大きさから小麦収穫前の青草の段階で刈り取られ馬の飼料(しりょう)として安価に売り飛ばされていたほどだ。


石臼は江戸時代になるまで庶民に普及することはなく、それまでずっと小麦の価値は低かった。

要は石臼を量産することができれば小麦の価値向上は達成されたようなものだ。


石臼の仕組みは単純で円柱形の2つの石が上下に重なっていて、上の石の中心に開けた穴から小麦を入れて回すことで擦り潰された小麦粉が上下の石の間から溢れ出てくる。回しやすいように上の石には木の棒などの取手が差し込んである。

上下の石の向かい合う面にはそれぞれ放射状に細かい溝がたくさんあり、それによって小麦が外側に流れていく中で小麦同士が擦れて小さくなりながら最終的に粉となって端から出てくるというわけだ。


誤解されがちなのだが、上下の石が接する面は外側数センチのみで、上の石は接する面が円錐(えんすい)状に凹んだ形になっている。全てが接していると石の摩擦が大きくなり回転させることができないし、間に小麦をいれるスペースがなくなってしまうのだ。



新田義重が帰った後、俺は弥太郎と共に牛車を引き連れて榛名山(はるなさん)の麓にある貝集めでお世話になった郷に向かった。着いた頃には夕方になっていたので郷長の家に泊めてもらった。


榛名山は活火山の1つだ。


いつの時代も火山の噴火は多くの悲劇をもたらしてきたが、その全てが悪い訳ではない。日本はそもそも火山によって形成された島々だし、火山によってもたらされた火山岩は表面が荒く硬度も高いため石臼に最適な素材になる。


この地にはそんな火山岩が山ほどあるのだ。


◇◆◇◆◇


1180年閏8月13日


翌朝、俺は郷の力持ち4人に協力を頼み岩場へ案内してもらうと周囲を見渡しながら岩を物色(ぶっしょく)していた。

黒い岩を探している中でちらちらと白いものが俺の視線の先に入っては消えてを繰り返している。


ライ公だ。

山中ではあるが既に信頼関係が構築されているため俺はライ公を自由にさせており、ライ公は山を懐かしむかのように元気に駆け回っている。


── 本当に楽しそうだ。やっぱり山が恋しいのかな・・?


黒っぽい岩が密集している一帯はすぐに見つけることができた。

俺はノミの先端をその岩に押しつけて木槌(きづち)で勢いよくその背を叩く。


だがしかし ──


「かったーいっ!!! 硬すぎだろこれぇ!」


「こんな硬い岩を割るなんて無理だと思うぞ。」

弥太郎が冷めた様子で告げる。


が、それは違う。

こんな硬い岩にも割れる方向があり、矢穴を細かく入れていけば割ることは可能だ。

昔から人類はそうやって硬く大きな岩を大量に切り出してきたのだ。


── ただ、これでは苦労して切り出したとしても現在の技術力で石臼に加工するには時間がかかりすぎてしまう。


「やっぱこれは無理かあ。実はそんな気がしてたんだよね。」


俺のあっけらかん(・・・・・・)としたその発言にみなが呆気にとられているが気にしない。

これは想定内なのでもちろん第二のプランを用意してあるのだ。


再度周囲を探索した後、名誉挽回とばかりに元気よく告げる。

「よし! みなさん、あの辺りの細かい砂の塊をこの牛車で持ち帰れる分だけたくさん集めてください!」


── 火山岩は無理だったけど、この火山灰とその塊である凝灰岩(ぎょうかいがん)を使って石臼を作ろう。


あと必要なものは石鹸作りでも使用している石灰だが、今後の大規模な石鹸作りを想定した場合このままでは湖の貝を絶滅させてしまいかねなかったため既に石灰石の採取は進めていた。国衙に戻れば十分な量がある。

日本列島は元々海底火山の噴火で生まれた島々なので貝や珊瑚(さんご)の死骸の堆積物(たいせきぶつ)である石灰岩は探せば比較的簡単に見つけることができるのだ。


◇◆◇◆◇


素材を持って国衙へ戻ると既に義重から大量の小麦が届いていた。

脱穀済の小麦と刈り取ったままの茎付きの小麦が半々だった。


── これって自領内で収穫した小麦全部送ってきたんじゃ・・・とにかく急がないと。


この地の小麦収穫時期から逆算すると半分は刈り取ったまま1ヶ月近く放置されていたことになる。通常は刈り取ってから2週間ほど乾燥させて脱穀するため、状況から察するに人手が足りず手が回っていなかったのだろう。


俺は弥太郎と共にすぐに作業を開始した。


「時間がない。これから液状の岩(・・・・)を使って石臼を作るぞ。」


「・・は?」

弥太郎はわけがわからないという様子だったが説明は後だ。


「まずはセメントを作る。この壺に火山灰と細かく砕いた凝灰岩と粘土、それから石鹸でおなじみのこの白い粉を水に溶かした液体を入れて混ぜる。」


「・・せめ・・なんだって?」


「セメントは圧縮には強いけど引っ張られることには弱い。なので引張強度(ひっぱりきょうど)を高めるために馬の毛と麦わら、砂利、小石も入れて混ぜる。

そうだ、耐久性を高めるためにイノシシの血液も入れよう。── これがコンクリートだ。」


「・・・」


「ここに形を少し細工した2つの木桶を用意したのでこの中にそれを流し込み、固まるまで待つ。数日待って固まったら木桶を壊して、細工した桶によってコンクリートの間に埋め込まれた木材を全て削り取れば完成だ!

あ、このドロドロしたコンクリートは危ないから体に付いていたらすぐに洗い流してくれ。」


あっという間の出来事に弥太郎は茫然(ぼうぜん)(たたず)んでいた。

「・・俺いる意味あったか?」


「もちろん。コンクリートは重いから俺1人じゃ混ぜるのも流し込むのも大変だろ?」


弥太郎がなんだか()に落ちない様子だったので液状の岩の謎から全てひと通り説明した。

が、やっぱりなんだか腑に落ちない様子だった。


── こればっかりは完成するのを待ってもらうしかないよなあ。


何せ焼いてもいないのに液体状のドロドロしたものが数日で岩になるのだ。そんなの俺だって信じられない。けど、事実なのだから仕方ない。


コンクリートは本来固まるまでにとても長い時間がかかる。しかし火山灰を使うことで水硬コンクリートとなり、水中でさえ短時間で固まるようになる。

この画期的(かっきてき)な発明品を使えばダムも作れるし川にコンクリートの橋だってかけられるようになるのだ。


この技術は古代ローマで用いられていたにもかかわらずローマ帝国滅亡と共に失われ、中世以降 産業革命時に再発見されるまで失われた技術(ロストテクノロジー)だったのだ。


元来厄介者でしかなかった火山灰を利用したこの技術は、きっと火山の大噴火という悲劇を乗り越えた者達の執念によって生み出された副産物なのだろう。


もちろん、コンクリートには欠点もたくさんある。

通常石臼にコンクリートが利用されないのはそのためで、つまりは硬さと重さが重要視される石臼には向かないのだ。

その点でコンクリートよりも比重がわずかに大きく、2倍以上の硬度を持つ火山岩は加工の難しさはともかくとして石臼には最適な石材とされているというわけだ。


── コンクリートの石臼は壊れやすいだろうけど・・量産のしやすさから今はこれが最善なはずだ。


ちなみに今回は重さのあるコンクリートを作りたかったので採取しなかったが、火山灰を採取した近辺には軽石もたくさんあった。

軽石も元はマグマで、含んでいたガスが抜けて穴がたくさんできたものだ。

通常軽石が最初に降り積り、次いで流動性の高いマグマが流れそれが地表で固まると火山岩となる。最後に舞い上がっていた火山灰が降り積もる。


── 今は使わないけどあの軽石は軽量コンクリートに重宝される。手伝ってくれた郷の者達にとって今後の良い収入源になりそうだ。




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