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リスクヘッジ


義成が刀を今にも抜きそうになった時、それを制する者があった。


ライ公だ。

あれ以来 場の威圧感に屈したように大人しかったライ公が俺の腕から飛び出し義成に飛びかかる。


が、山犬(ニホンオオカミ)とは言えまだ子犬なのだ。武士相手に敵うはずがない。義成に片腕で払われてしまう。

ライ公は壁に打ち付けられ「きゃんっ」と呻き声を上げて倒れる。


その様子に場が鎮まったその時だった。

外がピカッと光ると同時に声が発せられた。


『やめんかバカ者っ!!!!!!』


正殿内に木霊(こだま)して響き渡る、今までの人生で聞いたこともないような腹の底から発せられた正真正銘の怒号(・・・・・・・)だった。


その声の主はもちろん義重だ。

直後、それに呼応するかのように一層大きな雷鳴が(とどろ)く。


怒号と雷鳴の嵐に場は静まり返る。


「・・話を続けるがよい。」


顔には怒りがこみ上げているが、話は聞いてもらえそうだ。


── あ、危なかった・・。


この時代の人命は軽い。

俺のような下っ端はちょっとした口の誤りで斬られたとしても何ら不思議はないのだ。


── 何でもかんでも武力で解決しようとする人間など大嫌いだ。

今に見ていろ。すぐに武士など廃業させてやるからな ──。


俺はライ公の無事を確認すると怯える小さな体を抱え上げ優しく頭を撫でながら話を続ける。

「・・はい。続けます・・。」


日本は戦後になるまで米の減反(げんたん)政策などしたことがなく、あればあるだけ良いとされる米を減らせと言っているのだ。その怒りは相当なものだろう。

だが、米に依存すれば米の不作がそのまま飢餓へ直結してしまうのだ。

リスクは分散させなければならない。


「小麦は現在価値が見出されていないだけで実際には大変価値ある作物です。

小麦は加工に向いた穀物なのですが、今はそれがされていないのです。

義重殿の農地で今年収穫した小麦をいくらかいただけたなら、必ずや満足のいく食物に加工してみせます。」


義重の顔に僅かながら変化が見られた。

── うまく説得できるとよいのだが。


「それだけではありません。麦作は稲作に比べて手がかかりません。余った人手を別のことに避けるのです。」


稲作では田植えから刈り入れまで多くの人手が必要になる。それ故に昔から稲作地域には助け合いの精神が根付いており、それ自体はとても良いことだ。


「それから、何より大事な点はご存知のように水田と違い多くの水を必要としないことです。上野国は比較的水は豊富ですが、数年に一度は干ばつに見舞われ水田に甚大(じんだい)な悪影響を与えています。

義重殿の荘園と我々の公領との隣接地では水を奪い合う争いが今も絶えません。しかし、水をめぐる争いほど不毛なことなどないではありませんか。」


みな黙って俺の話に耳を傾けてくれている。


この時代に限らず、農民達は常に水論(すいろん)を繰り返してきた。

そうした争いが郷内の団結力を強めていた訳だが、他郷と争わなくて済むならその方がよい。


「私の要望としましては、公領との隣接地を全て麦作にしていただきたいです。

もちろん公領もそのようにします。

その土地の農民は手が余るのでその者達になら、石鹸の製造法を秘匿することを条件に教えます。」


「「・・・」」


沈黙が続く。みながそれぞれ自分のメリットとデメリットを考えているのだろう。


考えがまとまったようで義重が口を開く。

「承知した。まずは小麦を其方に預けるので活路を示してもらおう。それ次第ではその条件を飲んでも構わん。」


「ありがとうございます。では国衙への小麦納入の後、1週間後に再度お越しいただけますか?」


「よかろう。」


二つ返事で了承した義重を見て義成が声を上げる。

「お待ちください、祖父上!!

すぐに兵を集めて頼朝殿のもとへ参じるのではなかったのですか!?

そのための帰郷ではありませんか!!」


── っ!! この人も頼朝へ協力するのか。


義重は義成を見て静かに告げる。


「馬鹿な事を申すな。わしがあんな若造の下につくことなどありえん。」


どうやらそんなことはないらしい。やはり源氏の最長老としてのプライドがそうさせるのだろうか。


「わしの父 源義国(よしくに)は頼朝の祖父 源為義(ためよし)殿の兄でありながら朝廷の圧力によって家督(かとく)を為義殿に奪われておるのだぞ。

父の無念を思えばどうしてそのようなことができよう。」


「しかし ──」

義成のそんな言葉を遮り義重は続ける。


「ましてやあの若造は為義殿の嫡男(ちゃくなん)義朝(よしとも)殿の三男であり嫡男ですらない。

正当な血統にもない若造にわしが(くみ)すると本当に思っていたのか?!」


祖父のまさかの発言に義成の顔色が変わる。

「では、平氏に与するというのですか!?」


一族の命運を分けるような会話を国衙の中で繰り広げる祖父子を俺と国司2人は黙って眺めている。この2人など完全な空気だ。


「そのつもりだったが、甲斐源氏の件もあるのでな。気が変わった。しばらく様子をみようと思う。」


「そんなっ!? 我々は今までこの時のために平氏に諂い辛酸をなめてきたのではありませんか!!」


「落ち着くのじゃ義成よ。先ほども申したように頼朝はまだ若く、父兄らを皆殺しにされていて後ろ盾もない。あの者に加勢する者がどれほどいると思う?

頼朝はいずれ平氏に破れる。その後に弱った平氏をわしらで討てばよいのだ。それまでは兵を集めて待とうではないか。」


── なるほどねえ。これが上野第三の勢力というわけか。


義成は納得していない様子だが、諌められて今いる場所がどこなのか思い出したようだ。ばつが悪そうに引き下がる。


「・・・すまなかったな。話を続けよう。

小麦の納入から1週間後に参ればよいのだな。」


「はい。腕を奮って美味しい小麦料理を作ってお待ちしています。」


話がまとまると既に他の話は終わっていたようで義重と義成は帰っていった。


彼らが帰ると徐々に雨足が遠のいていく。


── あれが本当の雷親父か・・・初めて見たな。


◇◆◇◆◇


ずっとだんまりを決め込んでいた定家と大目の貞行は新田氏が帰るや否や俺に集中砲火を浴びせてきた。


「お主には挨拶の作法もないのか・・」

「全くその通りですね。二度死んでいてもおかしくありませんでした。」

「そもそもちゃっかり公領の水田を畑に転作するなどと申しおってからに・・」

「本当に小麦にはそのような価値があるのですか?」

「それで、石鹸の製法を本当に教えるのか?」


「ええいっ!そんな一遍に色々話さないでください!!」


今の俺にはもはや怖いもの無し、半ばやけくそだ。

俺のピンチに助け舟の1つでも出してくれていたならばともかく、この2人は黙って見ていたのだ。


── 俺の味方はライ公お前だけだ。ありがとうな。


「作法に関しては本当にすみませんでした。次から粗相のないよう、きちんと書生達に教えてもらいます。

石鹸の製法は約束が果たされるなら、当然教えます。石鹸が増えることはいいことですからね。」


大規模な麦作が開始されて手が余るようになった時にその人員を戦にまわされては本末転倒だ。荘園の農民とはいえ今まで通り忙しく働いてもらわねばならない。


「それに、義重殿の今後の動向を探る上でも再度会う約束を取り付けることは大切でした。おかげで義重殿が頼朝殿とは道を違えると宣言する場に立ち会えたのですから。」


それには定家も同意するようだ。

「う、うむ。それに関してはお主の手柄だ。

我々だけで話していた時には聞いても話してくれなかったのでな。」


貞行も感心したように告げる。

「そうですね。義重殿が上野に留まり再度国衙を尋ねて来ることの意味は大きいでしょう。上野内の平家方勢力への牽制になります。

周囲には国衙が義重殿の後ろ盾を得たと思われるでしょうから、容易に襲撃されることはないはずです。」


「うむ。(じょう)朝光(ともみつ)殿が出兵してしまった今、この国衙は平家方にいつ襲撃されてもおかしくないのだからな。」


そうなのだ。上野国次官である掾の源朝光は定家の説得も虚しく頼朝のもとへ出立してしまったのだ。これによって中立を宣言していた国衙の立場は不安定なものとなってしまった。


そんな中で今後第三勢力として一旦中立の立場を取る義重と仲良くすることは悪くない選択だろう。── 結果論だが。


「小麦の試食会にはぜひお二人もご参加ください。腕によりをかけて最大限のおもてなしをさせていただくつもりです。」


俺は質問が多くて忘れてしまった(てい)で公領の転作については答えなかった。

今更言い訳をしたところで先方が反故(ほご)にしない限りはもはや覆らないだろう。


「それでは私は準備がありますのでこれにて失礼します。」


── 小麦が運び込まれるまでに石臼を用意しなくては。




作中に登場した掾の源朝光はフィクションです。

里見義成と新田義重は実在した人物で、史実に沿った展開となっています。


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