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プロローグ

初投稿です。よろしくお願いします。


当時の言葉を用いている箇所があるのでそういった言葉の説明を本文の最後にまとめてあります。




夕日が庭の小さな池の水面を赤く染めかけた頃、俺は慣れた手つきで明かりを灯し障子(しょうじ)を閉めるとゆっくり座椅子に腰をかける。そしてボタン型のマイクを手に取り、スイッチを入れる。

通電を確認して隣に目配せし、続いて一度深呼吸をするとマイクに向かって話し始める。


上野国(こうずけのくに)(*1)のみなさんこんばんは。今日は5月17日水曜日、爽やかな過ごしやすい天気でしたね。

奇数(ごう)(*2)の方はそろそろ田植えの時期になりますが準備は進んでいますか?

偶数郷の方は麦の育成状況はいかがですか?

麦の収穫が終わればみなさんお待ちかねのうどんがたくさん食べられます。今年はうどんをもっと美味しく食べられるように味噌以外の新しい調味料も用意しているので楽しみにしていてくださいね。」


毎年米と麦を一定量確保するために稲、麦、大豆の2年3作を開始して今年で2年目になる。郡司(ぐんじ)(*3)達に指示して各郷に番号をふらせ、交互に育てることにしている。

昨年までは麦の生産が少なかったが石臼(いしうす)を作ってきちんと製粉することで麦の価値向上に努めた結果、今年は米と同等量を確保できそうだ。


味噌は昨年京で種麹(たねこうじ)を購入してきて収穫した米と大豆から作った米味噌だ。

上野国では普及していなかったようで昨夏作った味噌は大好評だった。その時に仕込んだ醤油も秋には完成する予定なので楽しみだ。


「さあ、今夜は毎週水曜日恒例、上野国我らが領主である藤原定家殿にお越しいただいてみなさんから寄せられた和歌の講評をしていただきます。それでは定家殿、よろしくお願いします。」


俺はそう言って隣にいる、かの有名な藤原定家にマイクを手渡して場を譲る。


「おほん、受領(ずりょう)(*4)の定家である。この一週間で私に届いた和歌を紹介する。まずは...」


◇◆◇◆◇


「とまあ、まだまだ荒削りではあるが大変見込みがある歌だ。この調子で励むが良かろう。以上だ。」


定家はぶっきらぼうな言動とは裏腹な にこやかだった表情を一転させて凛とした態度で俺にマイクを寄越(よこ)してくる。

俺はそれを受け取り口早に次回の宣伝をする。


「定家殿ありがとうございました。

来週も和歌の講評はありますので定家殿に講評していただきたい方は次の水曜日正午までに国庁(こくちょう)(*5)の公共放送課 和歌講評係まで送ってください。

── 最近宛名の書き間違いが多発しています。達筆(たっぴつ)になってきて気が緩んでいる方、注意してくださいね。」


少しずつ国民の識字率が向上してきたものの、まだまだ書き間違いが多いのが現状だ。

読み書きする機会がなければ浸透しないため、こうして定家に和歌を講評してもらうというすごく贅沢な取り組みを行っている。定家としても和歌の普及は喜ばしいことのようで快く引き受けてくれている。


読めない者にも文学を楽しんでもらい、自発的に文字を読めるようになりたいと思ってもらうために定期的に読み聞かせもしている。


「明日の放送はお鶴さんによる源氏物語21帖少女(おとめ)の朗読です。

35歳になった光源氏はどうなるのか楽しみですね。

── さて、日もすっかり沈んでしまいました。まだまだ朝晩は寒い日が続くので風邪など引かないよう手洗いうがいをしっかりしてくださいね。

石鹸の在庫は十分あるのでなくなってしまったら各郷の郷長(ごうちょう)から新しいものをもらってください。

それではみなさん素敵な夜をお過ごしください。」


電源を切り安堵の息を漏らす。


「ご苦労だった。らじお放送が始まって半年、近頃は読み書きは勿論、農民達の和歌の腕前が随分上がっており大変満足じゃ。」


定家は民衆から寄せられた和歌が思いの外良かったのか上機嫌な様子で声をかけてきた。


「定家殿もお疲れ様でした。本当にみなさんぐんぐん成長されていますね。

そろそろ民衆向けの歌合(うたあわ)せなどを行ってみてもいいかもしれません。」


「ほう、それは名案じゃ。優秀な者には褒美をやらねばな。

褒美には上質な筆なんかどうだろう。いや、初回はもっと豪華に勅撰和歌集(ちょくせんわかしゅう)などにしようか…それとも…」


褒美なら団子一択ではと言いかけたが無粋なのでやめた。

ああでもないこうでもないとぶつぶつ呟く定家を横目に俺は立ち上がり障子を開けて夜空を見上げる。今夜は満月だ。


── ここまで来るのに随分かかってしまった。


俺は2年前の夏、平安時代末期の日本によく似たゲーム世界に閉じ込められてしまった。


ログアウトができないことに気付いて狼狽(うろたえ)ていた時、新たに国司(こくし)(*6)として上野国に赴任(ふにん)する定家に拾ってもらい今に至る。

飢餓(きが)が最多の死因であるこの時代において衣食住を提供してもらえることがどれほどありがたいことか、身にしみて感じた。


俺はこの恩を返すために国書生(くにのしょせい)(*7)としてこの地の発展に貢献しようと努めている。

昔も今も公務員であるこの俺ができることと言えば目の前の問題をコツコツと着実に消化していくことだけなのだ。

上司の意向に沿いながら限られた予算の中で民衆の生活を持続可能な形で豊かにする。


目標として参考にすべきは2015年に国連が定めた持続可能な開発目標、通称SDGs、17の目標だろうか。

これは人類への戒めとして小・中学校のテストで常に出題されるボーナス問題だったため22世紀を生きる人間ならば知らない人はまずいないだろう。


発展の余地しかないこの世界で急速な乱開発をしてしまわないよう開発の指針として参考にしながら地方レベルで実現していきたい、などと大それたことを考えている。


目下の目標としては上野国から飢餓をなくすこと、感染症の予防、乳幼児の死亡率を下げること、成人全員が読み書きできるようにすること、あたりだろうか。

やることは山積み、人手は全く足りていない。だけど ── やりがいは大いにある。



*1 上野国こうずけのくに: 現在の群馬県

*2 ごう: 集落としての最小単位で村のようなもの。複数の郷を束ねるのが(ぐん)で、その郡を束ねているのが国。

*3 郡司ぐんじ: 現在の市役所の職員のような人。終身制。

*4 受領ずりょう: 現在の都道府県知事のような人。朝廷によって任命される。任期制。

*5 国庁こくちょう: 現在の都道府県庁。後述の国司が政務を行う行政機関の庁舎群を国衙(こくが)と呼び、その中心的建物を国庁と呼ぶ。

*6 国司(こくし): 朝廷によって任命される国家公務員で、担当する国に赴任して執務にあたる。郡司達に指示する立場。国司の中にも官職が複数存在しており、赴任している国司の中で一番官職が高い人が上述の受領。

*7 国書生くにのしょせい: 地元採用の書記官。公務員。



プロローグをお読みいただきありがとうございます。


この話は2020年10月に放送していたNHKの番組で藤原定家が後世のために言葉通り必死に写生をしていたと知った時に着想を得ました。

それから定家について色々とネットで調べたところ、根拠は乏しいものの群馬県に縁があることを知り定家が群馬の国司だったらどんな国になるんだろうなどと妄想を膨らませていきました。


それまで西洋風世界観のなろう系小説ばかり読んでいたのですが日本の貴族社会の衰退をテーマにしつつ近代科学で国造りをしたらどんな化学反応が起こるだろうかとワクワクして今まで散々尻込みしていた重い腰を上げることができました。(最終的に大テーマは自然との共存・共生としました)



私は今まで歴史や風習、環境問題などに無頓着に生きてきたので、知識不足であることを痛感しているのですが、書かないことには始まらないだろうと期間を区切って片っ端からインプットして物語の大枠を固めました。

多いとは言えませんが10月以降平安時代の生活に関する史料などを読み込みそれまで知らなかった平安の暮らしなど多くのことを知りました。細部については、執筆の中でも新たな視点を入れられるよう情報収集と精査に努めていきたいと思っています。


間違いや勘違いが多分に含まれているかとは思いますがその際にはぜひ出典と共にご教授いただけますと幸いです。


興味を持っていただけましたら応援よろしくお願いいたします。


---

執筆開始時点での参考史料

・平安京の風景 人物と史跡でたどる千年の宮都

・平安の都(朝日新聞社, 1994)

・日本の歴史 6(集英社, 1991)

・図説 群馬県の歴史(河出書房新社, 1989)

・県史 群馬県の歴史(山川出版社, 2013)

・群馬の歴史(煥乎堂, 1970)

・上野武士団の中世史(みやま文庫, 1996)

・消された一族 - 清和源氏新田氏支流・世良田氏(あさを社, 1990)

・豪族のくらし

・武士の成立

・日本人と動物の歴史

・基礎から学ぶ森と木と人の暮らし

・江戸・明治百姓たちの山争い裁判

・日本人が知らない漁業の大問題

・海の食料資源の科学

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