冷気の檻と呪われた体
「光」
真っ暗だったので明かりを使うと、ベッド1つと椅子が1脚あればいっぱいになってしまう広さの窓のない湿った空気が漂う部屋だった。
軽く体を起こしただけでベッドがギィギィと音を立てて揺れ、使っている寝具も士官学校で使ってたものとは比べ物にならない位、質も手入れも悪く臭いもする。
なんでここにいるのだったか、と思い出すとイレーネの最後を思い出して心臓が早鐘を打つように鼓動し、胃液がせり上がってきた。
床に吐くつもりでとっさにベッドから頭を出したが、気持ちが悪いだけで胃液もでなかった。
もしかしてあのまま捕まってしまって捕虜にでもなってしまったのか、イレーネの仇を討つこともできずにこのまま処刑されてしまうのかと思うと
「よかった、負けちゃいやだからね」
と言った弱々しい笑顔を思い出して涙が止まらない。
しばらく泣き続けていると、思ったより声が出ていたらしく、突然ドアが開けられ、ルイス教官とロペスが入ってきた。
「起きたか、無事そうで良かった」
ルイス教官はそう言うと、私の額に手を当てて体温を測った。
突然のことに涙も引っ込んでしまった。
「おはようございます、ルイス教官にロペス、ここはどこですか」
「エルカルカピースの貧民区画にある酒場の地下だ」
「エルカルカピースといえばイレーネの」
「ああ、そうだ。イレーネは死んでないからな、命に別状はないが今はまだ眠っている」
「え? だって心臓を……」
あの光景をまた思い出してしまって胃がぎゅうっと痛み顔が歪んだ。
「あれでお前が暴走してくれて助かった」
そう言ってあの後、何が起こったか教えてくれた。
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戦士はカオルの祝福があったおかげで思ったより簡単に対応できた。
精々第3階戦士と戦えるか、という程度だと思ったがジャン・ジボーと名乗った第5階戦士を圧倒できたのはこいつが単に第5階戦士の中でも弱いのかと思ってしまうほどだった。
そのほかの戦士も、ジャン・ジポーを処理してから生徒たちを手助けしながら倒して最後の第5階戦士を葬りカオルの救援にもいかなくては、と少し離れた所で戦っているカオルを探した。
見つけた時は蹴り飛ばされて地面に転がった所で、何かを言ったアイダショウという第6階戦士が剣を構えると、イレーネが間に入ってカオルを庇った。
「カオル! 戦え!」
そう叫んだがカオルはイレーネを抱えて動かなくなった。
ロペスと頷きあってカオルのもとへ走り出すと、アイダショウが困惑しているのが見えた。
初夏の陽気の中でカオルの足元の草が凍りついていく。
白い冷気が溢れ出しアイダショウを足元から凍らせはじめていた。
「おい! なんだこれ!」
魔法障壁を使っているようだが魔法障壁毎凍らせているように見えた。
近づこうとするとつま先が冷え、氷の膜が張るため、近づけない。
敵も味方も関係なく凍らせる冷気の檻の中でイレーネは氷つき、アイダショウもまとわりつく氷を壊しながら冷気の元を絶つべく剣を振り回すが、足が固まってしまっているので龍鱗に弾き返されているうちに段々と飲まれ、氷の塊に封じ込められてしまった。
それでもしばらく冷気を出し続けたカオルは、魔力の枯渇によってか、イレーネを抱きかかえたまま意識を失ってぐったりとした所で近づけるようになった。
カオルと凍ったままのイレーネを抱きかかえて氷漬けのアイダショウを見ると、目は怒りに燃え、今にも氷を割って飛び出してきそうだった。
そうなるのも遠くないと感じ、エルカルカピースにある治安維持隊の内偵班が使う隠れ家に逃げ込んだ。
隠れ家がある酒場に着くと、特別室を使わせてもらう、と銀貨を25枚渡した。
一旦2階に上がってから奥の階段を地下に向かって降り、常駐する斥候と神官に挨拶をした。
「この二人なんだが、頼む」
神官にカオルとイレーネを預けて診断を待った。
「こっちの、白髪の子はただの魔力の枯渇だね」
魔力を使いすぎたせいか、冷気のせいかわからないが夜の闇を思わせる黒髪は、あの冷気の様にまっしろになってしまっていた。
「こっちの子は……、難しいね。 魂が抜ける前に凍らせたおかげでまだ蘇生は可能なんだけど、ちょっと簡単に手に入る飲み薬じゃなくてね」
せっかく生き残る可能性があるのに、高価な飲み薬が必要と聞き、材料は持っていたかと逡巡した。
「7級、いや8級の飲み薬がないと氷を溶かしたらすぐに魂が抜けてしまうんだよ」
そう聞いた瞬間、ロペスがカオルの鞄をあさり小瓶を取り出した。
「こっこれ! 9級の飲み薬です!」
そういえばこいつはやたらと持ち歩くやつだった。
「これであれば確実ですね、まかせてください」
そういう神官にまかせて別室の『作戦室』とドアに書かれたダイニングで、酒場から持ってきてもらった異常に塩っ気と薫煙臭が強いのに肉の臭みも負けてないソーセージと、元は普通のパンだったのに堅パンの様に固くなっているパンを食べてカオルとイレーネの回復を待った。
「ルイス教官、ここは?」
と、フェルミンが口を開いた。
「ここは不穏分子を監視するために教会と国で作った内偵用の施設だ。上はダミーの酒場だが実際に営業もしてるからこうして貧民用の飯も食える」
「あとはファラスが落ちてしまったんだ、もう教官でも軍人でもなくなったな、ルイスでいいさ」
「ルイス、吾輩、いやおれは、ファラスを取り戻し父の仇を討ちたいと思う」
フェルミン・レニー、またの名をフェルミン・ファラス・レニーという彼の父、フェリックス・ファラス・レニー国王の第4子は、討たれ、首を晒された父の仇を討ちたいという。
オレも国を、というか家を取り返したい気持ちもなくはないが、オレが必要としているのは長年かけて集めた素材と本だ。
他所に移せるなら国に執着する必要はない。
フェルミンは旗印としては問題ないだろう、前王の実子で継承権がある正しい血筋だ。
だが、戦力がいかんともし難い。
「しばらく地下に潜り、戦力が集められれば組織を作ってもいいでしょう、ですがこの人数でやるつもりならフェルミン様には単騎で戦士を圧倒してもらわなければなりません。カオルでも第6階戦士に負け、後ろには第8階戦士が控えていたのです」
フェルミンは俯き、しばらく考えて言った。
「何年かかろうともやってみせる、できるかぎりでいい、協力してくれ」
「いいでしょう、王よ」
そう言って差し出された手を掴んだ。
ペドロ達もやられっぱなしにゃしねえ、イレーネの仇を討たんとな、と言いつつ参加してくれそうでありがたかった。
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「で、回復を待って2日、中々目を覚まさねえなあと思ってたらうおおん! と叫ぶ声を聞いて様子を見に来たってわけだ」
どれだけ叫んだんだ、とそう言われて自分の髪を見ると見事に真っ白に色が抜けていた。
少し頭が軽い気がする。
「イレーネが無事なようでよかったです、で、ルイス教官、イレーネはどこに?」
「もう教官じゃないんだ、ルイスでいいさ。イレーネは別室でまだ寝てる、まだ話は終わってないんだ。悪いニュースもある」
薄暗い光の明かりの中でルイスの真剣な目が私をじっとみつめた。
「え? まだなんかあるんですか」
「神官の治療はうまくいったが、あの黒い剣の魔法のせいか、アイダショウの力かはわからんが」
ルイスは言葉を選ぶように口をつぐんで言いよどんだ。
「イレーネは魂を削られて呪われた、おそらく目と手足は以前ほど動かせないだろうという話だった。だがその呪いは本来であれば命を奪うほど強いものだったらしいが、お前の祝福のおかげで末端だけで済んだ」
イレーネが私のせいで満足に動けない体になった、と聞いた。
頭に血が上り目の前がチカチカして、心臓が痛い。
吸っても吸っても息が入ってこない。
こんなことになるなら私が死ねばよかった。
「おい、カオル! 話はまだ終わってない。呪いさえ払えれば元に戻るんだ」
うつむく前に顔を両手で掴まれてぐいっと上げさせられた。
終わる終わる詐欺も2回めです。
もう少し続きます