元の私と彼らの仇
「もう見つかってるな、さすが第6階戦士だ」
ルイス教官がつぶやいた。
「逃げますか?」
あんな魔力を見せられてはとてもじゃないが勝てるとは思えない。
それでも6番目、奥には8番目が控えてるのだ、あと何人あんなのがいるかわからない。
「父の仇くらい討てずしてなんのための高貴な血か」
フェルミンが、トミー達と立ち上がった。
「逃してくれないだろうなあ、逃がすつもりならこっち凝視しないだろうさ」
「言いたいことがあるなら来いというのなら言ってやろう」
深く見通す目でアイダショウの顔をみたニコラが
「アグスティン達の仇だ……」
ずいぶん前に新人狩りで殺されたニコラの仲間の名前を呼んだ。
ルイス教官もフェルミン達も生まれ育ったのがファラスなのでどうにかしたいらしいが、
私達C班はルディ以外は外から来ているので温度差が激しい。
私はもちろんだし、イレーネはここから東に1、2日行った所にあるエルカルカピースという街で、ロペスとペドロは山を越えた東端のウルファラだ。
「この街の外から来ている君らは気がすすまないだろうが、手を貸してくれないか」
ルディが祈るような顔で私の顔を見る。
ロペスとイレーネを見ると頷いていたので、しょうがないな、と息を吐いて詠唱することにした。
これから死地に向かう彼らに力を、お願いします。
「戦と知恵を司る神、アーテーナよ! 強き心と剛力を汝の使途へ与え給え
魔の者に打ち勝つための御身の奇跡を!」
「旅と商いを守護し幸運と富を司るイーマス神に願い奉る!
御身のお力の一部を貸し与えることを希う、幸運を! 知恵を! 戦場を駆ける疾き脚を!
困難に打ち勝つ御身の奇跡を!」
「おい、ロペス、どういうことだ」
ルイス教官がロペスから報告を受けていないことについて確認した。
「魔力を奉納して祝福を受けることができるのですが、ファラスでは彼女の力を持て余すと思い、秘匿することにしました」
「主神崇拝が強いからな、戦いに勝てたのは主神以外の加護のおかげですとは言えんか、わかった」
身体強化をかけ、重ねがけできたことを確認し、イレーネと一緒にいつもより多く魔力を使って龍鱗と鋭刃を使って真髄に至る。
逃げる余力は考えないほうがいいだろう、生き残ることこそ優先すべきだ。
「あと1年あれば英雄を作れたんだがなあ」
と、ぼやくとルイス教官が立ち上がり、いくか、とフェルミンに声をかけた。
彼らを先頭にしてアイダショウに異論を申し立てに行く。
「おや、亡国の敗残の将がいらっしゃいましたな」
お立ち台に立ったアイダショウの部下らしき体格のいい男が、ルイス教官に向かって言うがフェルミンが返事をする。
「ここはお前たち下賤な蛮族の立ち入っていい場所じゃないぞ」
「いままではそうだったかもしれないが、今は違う」
「おい、勝手に口を開くな」
ああ、私の声ってあんなんなんだ、なんか気持ち悪い。
アイダショウは台から降りると最初に口を開いた男を蹴りつけた。
「お前、前のおれの体だな、ってことはこの体はお前のか、自分に抱かれに来たか」
「そんな気色悪いこと思うわけ無いだろう? 返してもらいに来たんだよ!」
「この体はいいな! やっと自分の体を手に入れたって感じだ。力はあるし女は抱ける。昔から合わなかったんだその体、力は弱え、毎月腹痛抱えにゃらいけないし、友達だと思ってたら変な目で見られるんだ、わかるか」
「そんなの手術とかどうにかなるだろ?」
「本物を手に入れたんだのにわざわざ偽物で満足できるわけないだろう? やっぱり生かしておくと取り戻しに来るよな」
アイダショウは腰に手を当てて空を仰いだ。
「はー、殺すしかねえようだな、10年掛けて第6階戦士になったのは伊達じゃねえぜ」
「10年? その割に年取ってないんじゃないか」
「来た時はもう少し若かったな、本当はいくつだったんだ?」
「28だ」
「おっさんか、若返ってたのか、助かったわ。じゃあな、前のおれの体。隣の女は好みだからお前を殺してからもらっていくよ」
ドン! と聞こえそうな勢いで魔力が体の隅々まで行き渡り、身体強化がかかったのがわかった。
「前の体ってどういう」
イレーネが私に囁いてくる。
「詳しい話は後でゆっくりさせて、まずは生き残らないと」
「おれはこの女二人相手にするから、お前らは適当にやってろ、殺しても構わん」
ミシェル、ジャン、ジャック、セルジュと名乗った戦士は全員第5階戦士だった。
2、3人で当たってなんとか1人倒せるかどうか、という実力差がありそうだが、今回は祝福もした。
善戦してくれるだろう。
「第6階戦士、アイダショウ」
ショウは名乗りを上げると一気に距離を詰め斬りかかってきた。
「カオル! 街に被害が出ない様に離れろ!」
ルイス教官の声に、イレーネと二人で街と、元統治者の首を汚さない様に距離を取って走り出した。
イーマス神の加護のせいか、いつもより脚力にスピードが乗り、ショウを大幅に引き離してしまった。
追いついてきたショウが私の胸に向かって繰り出された突きを剣を横から当てて逸すと、体勢を変えたショウは抜けた先で首に向かって凪いだ。
正確に首を狙って迫る剣を鍔で受け戦意を剥ぐために囁いた。
「私を殺したら持ち主のお前も死ぬかも知れないんだぞ! 安易に殺していいのか」
私の言葉で一瞬考えたが前より強い殺意が私を突き刺す。
「その体に戻されるくらいなら死ぬことに決めた、おれと一緒に死ね」
比べ物にはならないが、低級の悪魔の様な薄気味の悪い魔力の気配をさせて私を睨んだ。
「私って言うんだからその体でも十分だろう、諦めろよ」
「社会人はそういうんだ、性別は関係ないんだよ、学生か?」
新入社員のときに先輩にオレというのは辞めろ、と言われ、使い分けをするのが面倒なので私に変えて7年程。
「その体でわかるだろ?」
「お前と同じ様に若返ってきてるかもしれないだろ」
「あーそうかい、おれは若返ってないらしいな、むしろ少し成長したか?」
「こっちに来て3年経ったからな」
「元の体を改めて見るとなかなかいいな、あいつと一緒に抱かせろよ」
「嫌な思いしてきたくせによくもそんなこと言えたな! 地霊操作!」
私は地霊に両足を固定させて、後ろに倒れ込みながら思い切り右足を蹴り上げた。
ごうん! と重い音をさせ龍鱗に阻まれたが衝撃の一部は伝わる。
ショウはぐっと呻くと憎々しげに私をみて
「元男の癖に真っ先に股間狙ってくるとはとんでもねえやつだな!」
「無力化するのにそれが一番いいからな」
「この腹の下に響く痛みと重さは嫌なことを思い出させるな……」
「そりゃあ悪かったな」
倒れかけたまま空いた足でショウの胸を蹴って後ろに飛んで距離をあけた。
少しよろめいたショウの隙を見逃さずイレーネが後ろから斬りかかった。
合わせて氷の矢を唱え、放った後剣で追撃する。
「古臭い魔法を使っているな! だからアールクドットに攻め落とされるんだぜ、スパークランス!」
白く光る稲妻の槍は後ろから襲いかかるイレーネに向かって放たれた。
「魔法障壁!」
とっさに唱えた魔法障壁にぶつかったスパークランスは魔法障壁にぶつかったために四方八方に飛び散り、枝分かれした一部がイレーネの肩や足を少し焼き、苦痛に顔を歪ませた。
「ぐぅっ! 雷の魔法なんて!」
「あいつは古い魔法と言ったんだ、召喚者が作った魔法ならイレーネだって使えるよ! スパークランス!」
「スパークランス! ほんとだ! 出た!」
力ある言葉を唱えると指先に集まった魔力が電気の奔流となりショウに襲いかかった。
「なんの対策もなく真似される魔法使うわけがないだろう!? バカが!」
剣を地面に突き立て叫んだ。
なるほど、避雷針と魔法障壁で防げるものなのか。
私は腰にくくりつけた紐を解き、ヌリカベスティックを地面に突き立てた。
ショウの目の前の地面がぼごっと音を立てて穴が空いた。
「おっと、つまんねえ真似してくれんじゃん」
動き回りながらイレーネと交互や同時に仕掛けてみるがお互いに龍鱗が固くて決定打にならない。
体力だけがジリジリと削られる中、どうにかしないと、と考えるが今手持ちの魔法だけでは決め手に欠けるな、と焦る。
「そろそろ飽きたな、こういうのはどうだ? 龍爪!」
また聞いたことがない魔法だ。
ファラスはどれだけ外からの情報を遮断してきたんだろう、と腹立たしく思う。
「聞いたことないだろう? 遥か西の国ロンファーの魔法だ! 真似てもいいぞ、生き残れたらな」
魔法によって白銀の刃は黒く染まり不気味な光を放っていた。
様子なんか見たって変わるわけがないのに予想外の出来事が起こるとつい、固まってしまう。
「まずはお前だ、元の体」
そういうと黒く染まった刃で襲いかかってきた。
刃を合わせてみると鋭刃の上位互換というわけではなさそうだ。
魔法の面ではなんとか拮抗しているが、ショウは10年のベテランだ、技術面でまともにやっては勝つ目が見えない。
技術の差を埋めるためにはイレーネと同時にかからないと。
イレーネと一緒に仕掛けるが私とイレーネの剣はショウの龍鱗を削るだけで刃が通らない。
相当削れているはずなのだけれども、と思うと気が急いてしまい、タイミングも大小を織り交ぜることもなく手首を返し遠心力を乗せた攻撃ばかりしてしまい、読まれ、いなされ、しまった! と思った時にはすでに遅かった。
斬りかかられた剣を受け止める剣が間に合わないので慌てて手甲で受ける。
龍鱗をすり抜け手甲にぶつかり、想定外の衝撃を受けたと思った瞬間、蹴り飛ばされて地面に転がった。
「終わりだ」
黒い刃が私の心臓をめがけて光る。
圧縮された時間の中で体を動かすことも忘れ、なすすべもなく刃の切っ先を目で追った。
「カオル!」
イレーネの声が遠くで聞こえた気がした。
私がやられたら次はイレーネが殺される! そう思うとやっと体が動くようになった。
これをよけてイレーネに仕掛けてもらったら私も龍爪を使って反撃だ。
そう思うと目の前に影がおちた。
「無事?」
私の前に立つイレーネが笑顔で私の無事を確かめてくれる。
「ああ、うん」
「よかった、負けちゃいやだからね」
胸から剣を生やしたイレーネは弱々しく笑顔を浮かべると、ずる、と剣が抜け、私の上に落ちてきた。
「イレーネ! イレーネ!」
私の上に覆いかぶさるように横になったイレーネを揺さぶり、イレーネを呼ぶ。
抱きしめた手に温かい物で濡らされ、それが血であることに気づきどうしていいかわからなくなる。
「ちっ、邪魔するなよ。 まあ、いいさ二人まとめて殺してやるよ」
私のせいでイレーネが、せっかくイレーネが守ってくれたのに、イレーネを救わないと、怪我の治療を。
逃げる、守る、戦う。どうしたらいいかわからない。
イレーネの命が抜けていく、どうしよう、どうしたら。
イレーネ! イレーネ! 待って!
そこで私の記憶は途切れ、気がついた時にはしらない場所でベッドに寝かされていた。
また終わりませんでした。
年があけたら士官学校編最終話の投稿します。