戦場を駆ける
煩わしい虫の羽音を使ったことで私の役割は終わったつもりになっていたら
お前も行けと言われ、しょうがなく身体強化をかけて戦いに出た。
アールクドットの兵が妙に強い気がする、と軽く打ち合わせてみて感じた。
ファラスの兵にはない重さと速さを持った一撃は一瞬驚かされたが軽く弾いて切り伏せることができた。
どうやら大規模でハードスキンをかけられる者はいないらしい。
ファラスの一般兵と戦っているのを見るとハードスキンをかけているはずの兵に攻撃が通っているのをたまに見かけた。
戦士か傭兵の国の兵の精鋭が正面からぶつけずにこんな側面から当てるような使い方をするのか、と不思議に思う。
基本的にはハードスキンを破れていないのでたまたま力が強い者だったか魔法の素質があって身体強化が強力だったのかも知れない。
私の近くで攻撃を受け止めたファラスの兵はよろめいて尻もちをついたのでアールクドットの兵を蹴り飛ばして引っ張り起こした。
「あ、ありがとうございます」
「運が良かったね」
それにしても嫌に強いな、と思いもしかして、と魔力を見た。
嫌な予感というものは当たってしまうようで、アールクドット兵は全員、大なり小なり身体強化を使っていた。
はじめから知っていたら兵を出す前に攻撃魔法を使ったのに! と思うと、
デウゴルガ要塞で今回押し込まれてどうにもならなくなっているのはこういう理由か、と納得もした。
ファラスの貴族が自らの力を誇示できるように平民から魔法を取り上げ、平民が魔法を忘れたファラスと
アールクドットは平民に効率よく魔力を目覚めさせる方法を探していて成功したからこその侵攻なのだろう。
これはまずいんじゃないか、とルイス教官を見ると、目があった瞬間、ルイス教官が頷いた。
近くにいた兵士と戦士を切り捨ててルイス教官の元へ向かった。
「敵の一般兵が身体強化使ってます!」
「ああ、まずいな」
「一旦引かせて魔法使いますか」
「押し込まれるだけだ、お前らに暴れてもらうしか今は手がない」
「しょうがないですね、了解です」
元気に戦っているイレーネの所に行き、兵士の消耗を優先させることを伝えた。
この場に神官はいない、私達の取れる一番効率のいい戦い方は、戦士をみんなに任せて兵士全体の腕と足を切りつけながら走り回ることだ。
ちょっとした身体強化だけならよほどの腕がないとあまり意味がないんだな、ということを感じながら遠くから聞こえるあの女をなんとかしろというわめき声を聞いて、そろそろ目をつけられたか、と声の主を見る。
あそこだ! と剣で私を指し示した。
ファラスの兵もアールクドットの兵もいるにも関わらず放たれる炎の矢。
慌てて駆けアールクドットの兵も一緒に魔法障壁で守ってやる。
バチバチと魔力の弾ける音をさせて炎の矢が尽きると、後頭部を誰かに殴られた。
「いで!」
痛いわけじゃないが驚いて思わず声が出てしまい、振り向くと今守ってやったアールクドットの兵が剣で私の後頭部を切りつけたようだ。
イラッとして目の前に突き出された刃を握って奪い取って蹴り飛ばして、奪った剣を投げつけた。
「守ってもらった相手にやることか!」
イレーネは戦場を忘れたようなポカンとした顔で私が蹴飛ばしたアールクドットが転がっていくのを見守っていた。
「まさかあの状況で後ろから切られると思わなかった」
「私もだよ、まったく!」
苛立ち紛れに文句を言ってから炎の矢の使用者を探す。
龍鱗と鋭刃をイレーネとより強くかけ直して身体強化が真髄に届いたことを確認、私達をめがけて駆け寄って来た2人の戦士から逃げた様に見せて広い場所を目指して移動した。
血と土が混ぜられた泥に足を取られて転びそうになりつつ少し離れた所で戦士とぶつかった。
金属プレートと革を合わせて作られた鎧を着た戦士は、黙ってかかってくればいいのに剣を掲げて名乗りを上げる。
「第3階戦士! フレデリック・カッセル!」
「第3階戦士! ベルナール・ワイス!」
「オオヌキカオル! 学生!」
「イレーネ・モンテーロ! 学生!」
お互いに名乗りを上げた瞬間、戦士は剣を振り上げ襲いかかってきた。
力任せに斬りかかってくるところを見ると、体格差で押し切れると踏んだらしい。
「兵ばかり狙うなど卑怯者め! 戦士の誇りはないのか!」
「さっき名乗ったでしょ! あたし、ただの学生だからね!」
「そうそう、食料を買いにお使いに来ただけなんだよ」
「好き勝手に兵を切り捨てておいてバカにして!」
簡単に頭に血が登ったフレデリックと名乗った戦士は私の頭目掛けて剣を振り下ろす。
思ったより冷静だった私は構えた剣で戦士の剣を受け流し、がら空きの背中を斬りつけるが硬い音がして剣が弾かれた。
「うお! 硬い!」
弾かれた勢いを利用して腹を蹴り飛ばし、転ばせたフレデリックに火炎球の詠唱をする。
「炎よ炎! 我が前に立つ愚かなる暗黒の使徒達に
その赤き腕の抱擁を! 火炎球!」
イレーネと戦っていたベルナールという戦士はイレーネの隙を縫って、
私が飛ばした火炎球の火球が着弾する前に魔法障壁で蹴り飛ばして火炎球からフレデリックを守った。
蹴り飛ばされた火炎球は兵たちの混戦の真っ只中に落ちて何人かが火柱に飲み込まれ、周りにいた数人が火傷を負ったらしい。
大きな魔法はこんな所で使ってはいけない。
蹴り飛ばした戦士の魔法障壁が弱かったか足に火傷を負ったようだが、まだなんとか動けるようだ。
だが第3階戦士を負傷させられたなら運がいい。
フレデリックが体勢を立て直して戻ってくる前にイレーネに加勢してベルナールを集中攻撃することにした。
私は火傷をした足で支えなくてはいけない様にイレーネより早く横薙ぎに剣を振るう。
ミエミエの一撃を受け止めると火傷をした足に痛みが走ったか顔をしかめ、その隙にイレーネがバランスを崩した側の側面から剣を突き立てた。
脇腹を狙って突き出した剣は龍鱗の破砕音をさせて鎧の隙間に突き刺さった。
ごぼっと血を吐いたベルナールの胸を氷の矢で貫き、凍結させた。
「お前ら! よくもベルナールを!」
怒りに唇を震わせながらフレデリックが私に斬りかかってくる。
受け流しきれずに鍔で受け止めると私を押しつぶそうとするのか受け止めた剣に力を入れて迫ってきた。
怒りからかさっきより強くなった身体強化に押され、体勢を崩しかけるがなんとか押し返すと、振り上げた剣をデタラメに振り回して打ち付けてきた。
慌てて両手で剣を持ちなおして魔力を込めて弾き返した。
イレーネとの合唱魔法による真髄の力がなければ押し切られていたことだろう。
イレーネに光を使う合図をしてフレデリックに斬りかかる。
一度引いて冷静になったか私の剣は受け止められ、受け流されるが勢いを乗せたまま剣を回転させ切り上げる。
今度は私の方が真髄と身体強化の方が強いらしく少しずつ押し始めた。
勝てる! そう思ってがら空きになった頭に向かって剣を振り下ろすと、意識してない所から剣が回ってきて私の剣がつつーっといなされた。
体重も乗せてしまっていたのでたたらを踏んでよろめいた。
まずい! と思い体勢を立て直すのを諦め、光を最大光量で放ち、よろめいた方へ転がって血と泥にまみれて距離をとった。
起き上がる前に袖で顔を拭ってフレデリックの方を見る。
フレデリックの目がくらんだ一瞬を見逃さずにイレーネが後ろから襲いかかり首と胴を切り離していた。
「助かった!」
「合図があったからね」
軽くハイタッチすると、周りを見渡す。
ティセロスには高位の戦士は来ていなかったようで、私達の兵を傷つけて回る作戦とロペス達でなんとか対処できているようだった。
状況の確認と水で泥を落とすために一旦ルイス教官のところへ戻ることにした。
「おい、カオルちょっと来い」
「はい、なんでしょうか」
「なんで火炎球を使った」
「広かったのと、早く終わらせたかったのと、蹴り飛ばせるとは思っていませんでした」
「火炎球は多数を相手にする時に使うんだ、あーなるからな」
「すみません、以後気をつけます。 状況を聞きに来ました」
「思ったよりいいぞ。 お前がで混戦でも火炎球を使うやばいやつがいるってビビらせたせいもあるが、ティセロス兵に士気がないから結構逃げ出してる。 戦士はお前らの方が若干上回っているからそろそろ撤退が始まるぞ」
遠くから太鼓の音が聞こえると、後ろの方からほぐれるように兵と戦士が撤退を初めた。
「追撃しますか」
「戦士を狙え」
「了解! 氷の矢!」
とりあえず、100本程の氷の矢を出して戦士の足をめがけてバラバラに射掛ける。
戦士は逃げながら魔法の気配を感じ慌てて魔法障壁で己が身を守った。
ファラス兵がアールクドット兵を追い、フェルミンを先頭にして戦士を追った。
私はイレーネとなんとなくルイス教官と後ろから着いていき、門が閉められたティセロスの前で横に展開し、要塞攻めの準備をした。
「城攻め、要塞攻めってどうするんですか」
「氷塊や土の弾丸をぶつけて壁と扉を破壊する。
守る側は城壁の上や裏から魔法障壁で守る。
弾が尽きたほうが負ける、それだけだ」
「だから攻城戦用の兵器がないんですね」
「お、面白そうな話だな、帰ったら聞かせろ」
フェルミン達は先頭に立って攻城戦の準備をし、その間はファラスの兵を後ろに下げ休憩を取らせる。
2人1組になり、攻撃手と防衛手になり、放たれた魔法攻撃を防衛手が受けている間に攻撃手が攻撃をする。
フェルミン、トミー組、ニコラ、アイラン組、ペドロ、イレーネ組、それに私とロペス組。
ルディは中に潜入したまま出てきていない様子でまだ戻ってきていなかった。
兵たちを後ろに下げて心許ない人数の人間攻城兵器が前に立つ。
イレーネの方をちらっと見るとイレーネも横目に私をみていたので小さく親指を立てて見せると、イレーネも小さく親指を立てて応じた。
ルイス教官の笛の音に合わせて氷塊と土の弾丸を使い、巨大な氷塊と岩は魔法障壁にぶつかり砕け散りながら突き進む。
門にたどり着く頃には小さな欠片になってしまった。
すると向こうから今度は炎の矢の束と氷の矢の束が飛んでくるのをロペスが前に出て受け止めた。
これは魔力回復飲み薬を飲みながら戦える防衛側が有利か、と不利を覆すにはどうしたらいいか考えを巡らせた。