思えば遠くへ来たものだ
次の日の朝、
硬いパンと焼いた豚頭肉とスープを朝食に食べつつ、このままなかったことにしてさっさと帰ろうと思っていると私の前に隊長さんが立った。
目だけを動かして見上げると、見下してます! という感情を隠さない目が私を見据えていた。
「おはようございます」
私が挨拶をすると、舌打ちをした。
「このままおとなしく返してしまうとおれが逃げたと思われるからな、遊んでやるから飯食ったら広場に来い」
ニヤニヤしながら私を見るペドロを睨みつけ、とりあえず文句を言う。
「余計に絡むから面倒なことになったよ」
「女だからと友が侮られたのだ、これはおれが侮られたのも同じ、だから頑張ってきてくれ」
「重ね重ね面倒だ」
肩を落として言われるがままに不機嫌を隠そうともしないしかめっ面を広場に向かった。
もうオーガ達の討伐が終わったので、夜ぐっすり眠れるようになって元気そうなハンターたちが始まる前からやじを飛ばしながら取り囲む。
不機嫌な隊長さんとしょんぼり顔の私が対峙した。
申し訳無さ全開のミレイアさんが前に出て、模擬戦前の注意事項を言った。
「使用可能武器は木剣または素手による格闘のみ、戦闘不能か降参により模擬戦終了です。
なお、カオル様は攻撃魔法の使用は禁止です」
「おねがいしまーす」
と礼をして身体強化を強めにかけた。
隊長さんは何も言わずに木剣を構える。
じわっと身体強化がかかるのが見え、なるほど、自覚せずに使えているタイプの人か、と感心し、身体強化をより強くかけた。
拳をギュッと握り、頭と胴を守りやすい位置で構え、隊長さんに手甲側を向け龍鱗を使った。
上半身は両手で守ってしまっているので隊長さんから狙える私の体は肩、足くらいなものだろう。
そう思ってジリジリと間合いを詰めると、頭を狙ったフェイントを入れて脛の骨折れよ! とばかりに振られた木剣が私の足を襲った。
ゆっくりと振り抜かれる木剣を見て、強化されるのは思考と視界も入るのか、と今更ながら知ることができた、身体強化を掛けた者同士でやるとわからないものなのだな、と思う。
それでも脛を狙って振られる木剣に対して避けなければ! と避けてはいけない! がせめぎ合う。
ぐっとお腹に力を入れて脛で木剣を受け止める覚悟を決め、重心を落とした。
ガンッと音がして私の脛で木剣が止まり、隊長さんの自信満々の顔から目を見開いた驚愕の表情へと変わった。
よかった! 痛くない! と、ホッとしつつ隊長さんも革鎧があれば大きな怪我はしないだろう、と右拳を腰の回転を乗せて突き出した。
私の拳は隊長さんの右胸を捕らえ、真正面から打ち抜き損なった結果、斜めに抜けてしまったが、十分な威力を残せたらしく、隊長さんはゴロゴロと転がって倒れた。
ミレイアさんが隊長さんを確認すると大きく両手を振り、戦闘不能を伝えた。
「すみません、ちょっとやりすぎましたかね」
「たまにはこうして懲りてくれればいいんですが、男だけのグループを作れば大変有能なんですよ、こう見えても」
苦笑いしてハンターに言って隊長さんをテントに運んでいった。
「後の先を取ると強いな」
「さすがのカオルのカラテね」
「ハンターとはいえ一般人相手にえげつない」
「僕にもカラテ教えてくれよ」
口々に茶化されながらミレイアさんに帰還を告げる。
「じゃあ、目を覚ましても面倒そうなので私達は帰ります」
「そうしてください、あ、あとこの木札をルイス様に」
鞄からはがきの半分くらいの木札を取り出し私にくれた。
木札には討伐頭数と単価、合計金額が書いてあり、金貨58枚と銀貨6枚という14年ほど何もしなくても暮らせるとてつもない金額だった。
個人で持つには多いが組織が持つにはそうでもないか、と思い直すとリュックに木札を仕舞って帰路につくことにした。
往路に比べて復路は朝早く出発できたのでなんとかその日のうちに学生寮までたどり着き、自分のベッドで眠ることができた。
夜が明け、エリーと朝食を取りいつもどおり授業があるので講義室に向かった。
「おはようございます、これ木札です」
「おお、思ったより稼いできたな」
「足りますか?」
「十分だ」
午前は飲み薬の作成の講義、午後は魔力感知模擬戦闘だった。
運良く素材が手に入ったとのことで、魔力回復飲み薬を作る。
ピリーコとかいうどんぐり大の赤い実が手に入れづらかったらしい。
魔力回復飲み薬の材料は今回はオーガの魔石を1個、ピリーコの実を1個、角兎の角1本、水で出した魔法の水に食用油。
あとは、禍々しい見た目のミニトマトのブレンボ、なるべく魔力が多いものがいいらしい。
二日酔いポーションは水なら何でもよかったことを考えるとなんだかちゃんとしたものを作るんだと思ってちょっと感動した。
火を使うので練兵場の端に行き、五徳に鍋をセットして鍋に対して半分量の水をいれ、自前の火で加熱を開始する。
まだ温いうちに水の中でピリーコを指で潰し、沸騰までの間にブレンボをみじん切りにする。
みじん切りする前に魔力が足りない場合は、火にかける前に魔力で包み込みブレンボに吸わせるといいらしい。
今回のは魔力がそこそこ籠もったものだったのでこの作業は不要だった。
沸騰の直前に、ブレンボのみじん切りを投入し、かき混ぜながら沸騰を待つ。
グラグラと沸いたら魔石を1個いれ、溶けるのを待つ、2個用意できた場合は、1個目が溶けてから投入すること。
ピリーコの実とブレンボを溶かした水に素材を入れると魔力を抽出する作用があるそうだ。
素材の魔力量や硬さによって量を増やすのだが、1級のものを作るのにそう何個も入れる必要はない。
魔石が溶けたら次は角兎の角を沈め、火が通ってグズグズになるのを待ち、かき混ぜ棒で強めにかき混ぜ粉々にする。
十分に粉々にできたら食用油をたらし、角の溶け切らなかった不純物とピリーコの実と種の皮を吸着させ、上澄みを捨てる。
これで2級の魔力回復飲み薬ができあがり。
1級の飲み薬にするのであれば、水を足し、ひと煮立ちさせると1級の魔力回復ポーションが出来上がる。
昼食後、午後の講義はいつもの通り、魔力感知と操作の習熟だった。
龍鱗をかけ、剣の切れ味と重さに加え、鋭刃をかけ相手の龍鱗を打ち破る威力になるよう調整する。
打たれる側は破られないよう龍鱗を強くし、負傷しないように受ける。
痛み自体も痛覚遮断がされているので、イレーネやロペスと魔力量の読み合いをするゲームをしている感じがして楽しい。
たまにやりすぎてしまい流血することもあるが至高神の癒し手を即座に発動してくれるし、一瞬痛みを感じてもすぐ痛みも引くために痛みに対して恐怖が湧かないのだ。
硬いドッヂボールの球を顔で受けた時とか、サッカーの授業をいい感じにサボるためにキーパーになって顔面ブロックした時の方が痛みがいつまでも引かないので怖い。
少しずつできることが増え、少しずつ元の世界を忘れ、少しずつこの世界が好きになる。
持つ側だということも理解しているし、なにか切っ掛けがあったわけではないけれども、もう私の居場所はここでいい、そう思った。