特訓の成果と劣等感
しばらく擬態する牙を道の端にずらしながら歩くと次の牛頭が現れた。
ルディの準備が整ってないと見たか、イレーネが
「あたしも試したいことがあるんだけど」
と、主張した。
少し狭いかもしれないが、1対1なら大きく動けないだけでそれなりにステップを踏んで戦えると思ったのだろう。
あれからイメージトレーニングをしたりこっそり練習でもしていたのかイレーネのステップは様になっているように見えた。
そういえばイレーネの近接戦闘なんてずっと見ていなかった気がした。
私がやったようにフェイントを入れながら動き回り、牛頭のミスを誘う。
ここまでは私もやっていた。
リズムが単調な気がしていたが、ステップインした瞬間を狙われて真横に戦斧を薙ぎ払った。
バカ! と心のなかで叫び助けに入ろうとした瞬間、イレーネの上半身が消えた。
牛頭の攻撃でそんなバカな! と思うと、ただ単に上半身をお辞儀をするように倒して回避していただけだった。
ほっと胸をなでおろすと空を斬った牛頭の右腕に向かって、ショートソードを手首を使って1回転させて切りつけ、肘から先を落とした。
そのままステップバックし、牛頭の体勢が整う前に剣を回転させながら踏み込んで斬りかかるという動きを繰り返し、牛頭を倒していた。
「かっこいい! まさに蝶のように舞い、蜂のように刺すだね!」
と、喝采すると
「初めて聞く言葉だけど、あたしのためにあるような言葉ね! 合間をみてはルイス教官に教えてもらってたのよ」
と得意になっていた。
2組2列の隊列を組んで歩く。
ロペス、イレーネに少し離れてルディと私。
「自分の規格外を棚に上げて皆が皆ができるなんて思うなよな」
ルディが小さい声で私に言った言葉にカチンときた。
「じゃあ、そこで足踏みし続けるんだね。フリオとラウルみたいに心折っちゃった? もう無理なら帰ろうか?」
発破をかけるためもあるが腹立ち紛れに、きっと痛いであろう台詞を吐いて煽った。
「私に勝てないから諦めるのなら何が出てくるかわからない戦場になんかいけないよね、後方支援に回るの?」
ルディが立ち止まった。
「僕の気持ちも知らずに!」
ルディが叫んだ。
「そりゃあ知らないよ、拗ねて人を羨んでるだけのお子様の気持ちなんてさ、私だってロペスだってイレーネだって努力はしてるんだ」
腕を組んでいたが、ルディがいつ逆上してもいいように腰に手を当ててふん、と鼻息を吐いた。
努力不足を指摘されて、ぐっと言葉に詰まるルディ。
「カオル、いいすぎだ」
下がってきたロペスが私を抑えた。
イレーネは前で心配そうにしながら警戒してくれていた。
「いいや、やめないね。そこの拗ねてるおぼっちゃんは私とイレーネとロペスの努力にケチを付けたんだ」
なんだかイレーネやロペスのことをバカにされた、と思ったら頭に血が登ってしまった。
「おれは気にしないから我慢しろ、迷宮内だぞ!」
ロペスが私を抑えようとしてくが身体強化をかけて軽く押して退かせた。
「ルディにも同じだけの努力を強制します!」
そう言って腰につけた魔力回復の飲み薬をルディに突きつけた。
ルディは私を見下ろして睨みつけた。
「身体強化をかけて魔法障壁を出して」
私は半身になって腰を落として右手を引く。
ルディはふてくされながら私に習って腰を落として魔法障壁を出した。
ルディと同じくらいの強さの魔法障壁を出して、せーの、と合図を出して魔法障壁をぶつけ合う。
ルディは弾けた魔法障壁の反動で軽くのけぞった。
「もっと強く魔法障壁出して」
ルディは一瞬ぎょっとした表情をしたがすぐにふてくされた表情に戻した。
何度か繰り返すとルディは息荒くへたり込んだ。
「なんどこれを繰り返してきたと思う?」
へたり込んだまま、私を見た。
強い疲労を浮かべた目はもう拗ねたり怒りを浮かべたりしてはいなかった。
「さあ、これを3分の1だけ飲んで」
魔力回復の飲み薬を差し出した。
ありがたい、とばかりに頷いて私の手から受け取り、クイッと飲むと残りを返してよこした。
「私はまだまだやれるからね、回復したらまたやるよ」
視界の端でロペスとイレーネが引いているのが見えた。
へたり込んだままのルディを見下ろして魔力の回復を待つ。
じっと見ていると目に光が戻ったルディがゆっくりと立ち上がって構えを取った。
私も頷いてそれに答え、魔法障壁をぶつける。
「それが限界の強さなの!? もっと強く張りなよ」
ルディはぎり、と奥歯を噛んで魔法障壁を出した。
ほう、がんばったな、と感心してルディの魔法障壁を打ち壊して気絶させることで休ませてあげることにした。
「やりすぎだ」
「少しね、ルディを抱えて8階の階段に行こうか」
そう言って口の端を上げた。
8階への階段へ向かう道すがら
「ルディの自信になるまで魔力を成長させればいいんだよ、覚悟も気合も魔力も半端だから自信がないし、人の努力がわからないから妬むんだよ」
だから…
「…だから両方満たしてあげたらいい、努力を強制されて、魔力が満ちれば自信がつくでしょう?」
階段に座り、ルディに上げた魔力回復の飲み薬の残りを一気に飲み干した。
大きく息を吐いて私の中の魔力が回復していくのを感じながら頭を下げていると、時間にすると5分くらいだが寝てしまっていた。
疲れたかな、と思って伸びて固まった首筋をコキコキとほぐしているとイレーネとロペスの姿がない事に気づいた。
二人でどっか行ったかな? と思うと急に心細くなって心臓が強く鳴りだし、今すぐ二人を探しに行きたい衝動に駆られた。
やっぱりそうだよな、いつまでも無自覚ではいられないよな。
とは思っていても自覚してしまったらどんな顔で前に立ったらいいかわからない。
子供か、とも思うがこれが今の自分の表に出せない事情ゆえに何事も無い様に振る舞う必要があるのだから仕方がない。
できることなら全部ぶちまけて全部受けれてもらえればいいけれど、この女の体ではどうしたらいいか私の中に知識はないのだ。
受け入れられても拒否されても怖い。
耳をすますと、遠くから破砕音が聞こえてきた。
ほっとするとともに置いていかれた寂しさをちょっとだけ感じた。
自分の中でうずまくドロドロして胸につかえているものをぎゅっと押し込めて心から切り離す。
どんな理不尽だって笑って受け流していた頃の感覚を思い出せ。
両手で顔を叩いて気合を入れた。
しばらく待っていると20分くらいでイレーネたちが戻ってきた。
「水!」
「わ! カオルか、おどかさないでよ」
と、イレーネとロペスの目の前に水の塊を浮かせて驚かせた。
いたずらが成功したのでニヤリと笑って言った。
「おつかれ! 水飲みなよ」
ロペスとイレーネが荷物からマグカップを取り出して一気飲みした。
「カオルとルディの見たら久しぶりにやりたくなってな、イレーネの魔力が前より多くて驚いた」
ロペスが言った。
「秘伝があるからね」
そう言ってイレーネが笑った。
「まあ、そんな意地悪言わないでロペスになら教えるからさ」
ルディがまだ目覚めないのを確認し、2人で少し下の方に移動して距離を取った。
二人で並んで階段の下をむいて座った。
そして、手の上で魔力を闇にしてどんどんと濃くしていく。
光の光があってもなお暗い闇の魔力が圧縮されていくと、すぅっと私の手のひらが透けて見えた。
「たったこれだけのことなんだけどね、秘密だよ」
と言って人差し指で唇を押さえた。
ロペスは目を見開いてから苦笑いをして自らの手のひらをじっと見ると、圧縮しきれない闇の塊がぐるぐると渦巻いていて、まるで私の中身だな、となんとなく思った。
「難しいな」
「1人の時にだけやってね、力ある言葉も秘密にしてるんだから」
というと
「そうだな、まずは素早く圧縮できることから始めないとな、でこれはルディには…?」
「言えないね、ここにいる3人だから言うんだよ、力ある言葉を使わなくても効率は悪いけど自力でできるんだから」
そう言って全身を闇の魔力で包んでみせた。
ロペスの喉を鳴らす音が聞こえる。
「ルディのことそこまで信用できるか知らないし、ルディのことを考えたらあまり危険なことを言いふらして回るわけにもいかないしさ」
「カオル!ルディが目を覚ましたよ」
イレーネが教えてくれたので、上に登り、ルディに言わなくては。
「さ、魔法障壁を出して!」