友の負傷と試し斬り
ダムダムとノックの音が響き
「いるか!」
「いますよ、どうしましたか」
とルイス教官の声がしたのでドアを開けながら答えた。
切羽詰まった表情で口を開いた。
「ニコラスさん知らんか、ペドロが骨を折った、後遺症が残るようなもんじゃないがなるべく早く治したい」
「え! 大丈夫なんですか! ニコラスさん達とは昨日別れたっきりでしりませんけど、昨日の帰り際、5級の飲み薬渡しましたけど、それで治らないくらい酷いんです?」
と、答えると
「5級だとあまり深いキズは治せないが、なかったら迷宮内で死んでたな、いい機転だった。」
なんとなく渡した飲み薬が命を救ったということにほっとした。
「気が向いて渡したのが良かったですね、そういえば、アルベルトさんの治療のためにニコラスさんの故郷で治療すると言っていたのでもういないかもしれません」
と、表向きの理由を話した。
余談だが、その頃アーテーナの鉾は迷宮内での稼ぎと戦士の報酬を使って速度の早い船に乗っていた。
大型の風の魔道具が積載してあり、魔石を使ってどんな凪でも船が全速力で進むようになっている。
自然の風と魔法の風がぶつかり合い、普通の船より揺れる船内の2等室でアーテーナの鉾は光を使っては目眩を起こすという作業を繰り返していた。
ルイス教官がガリガリと頭をかきむしりながら言った。
「そうか、じゃあしょうがない、医者に連れて行くか」
奇跡ですませる予定だったのか、
「ニコラスさんはまだそこまでの癒やし使えませんよ、アルベルトさんも折れたままだったですよね」
というと、そういえばそうだった、とトボトボとどこかに行った。
「ペドロ無理しちゃったのかな」
イレーネが心配そうに言った。
「ちょっと煽っちゃったからムキになって行ったのかもしれない」
ちょっと責任を感じた。
ちょっとだけ。
「昨日のあれかあ、まあ、あれはしょうがないよ」
「いや、今日もね」
と、今日の5階での話をすると、
「だめだと思ったら帰ってくればいいのにね」
それができないから怪我をするんだろうね。と自分を戒めようと思った。
「とりあえずお見舞いいこうよ」
と、立ち上がった。
二人で部屋の外に出ると、とりあえずロビーに向かった。
すっかり出来上がったハンターたちの中に友達の姿を探したがいくらなんでもいなかった。
部屋かな? と今度は2階に上がってロペスの部屋を訪ねた。
ノックすると、今開ける、と言ってロペスが出てきた。
「ペドロはどこに行ったか知ってる?」
「医者だが」
「場所は?」
「しらんが、ちょっとまってくれ、ルディ、ペドロの病院はどこだ」
奥に向かって声をかけた。
「ルイス教官が連れてったから場所までは聞いてない」
と聞こえた。
「だ、そうだ」
「じゃあ、しょうがないね」
と、言って部屋に戻ろうとするとイレーネが心配そうに部屋を覗き込んで言った。
「そうね、でもルディ達は晩ごはん食べたの?」
覗き込んだ先でベッドに座り込んだルディが背を向けたまま頭を振った。
「怪我がないなら気が乗らなくても食べたほうがいいよ」
イレーネが中に入ってルディの肩を抱えて立ち上がらせた。
ルディは抵抗することなくイレーネに動かされるままにロビーに連れられてきた。
芋とペンネの炒めものと腸詰めの炒め物、野菜スティック、大量の豆類とビールが4つ並んだ。
「けが人は出たかもしれないけど、皆無事でよかった」
と、ロペスが言ってジョッキを軽くあげた。
ルディは目を伏せ軽くジョッキを上げて答えた。
沈んだ気持ちでちびちびとビールを飲むルディを見守っていると、
「最後に2人ずつ組んで牛頭と戦おうとペドロが言い出したんだ」
と、ぽつりと零した。
「ラウルとフリオは乗り気じゃなかったけどね、だから見てるだけでもいいからって引っ張っていってさ」
自嘲的に笑った。
「で、ペドロと2人で牛頭と戦った時に目の前にしたら思ったよりでかくてさ、びびっちゃって」
両手で握るジョッキに力がこもった。
「僕を、かばってペドロが…」
そう言って俯いた。
「龍鱗がかかってたし、飲み薬があったおかげで後遺症残らないらしいから改めてお礼をいうといいよ」
と、言ってイレーネが慰めていた。
小さく頷いたルディは残りのビールを一気に流し込むとジョッキをテーブルに置いて少し悔しそうな表情をした後、そうだね、と呟いて、ありがとう。と言った。
少し明るくなったルディにその後も飲ませ続け色々喋らせた結果、でかいものが怖いのは父親の体も声もでかくてしごかれ続けたからだということがわかり、心の傷になるほど怖いのなら慣れるまで牛頭と戦わせるか、と言うと泣きそうな顔をした。
次の日、頭痛を訴えるルディに残り少ない二日酔いの飲み薬を分け与えてペドロのお見舞いに行った。
「僕のせいですまない」
大迷宮の入り口を背にメインストリートから2本裏通りに入った所にある木造3階建ての診療所の3階、2人部屋に入院するペドロの顔を見た瞬間にルディが頭を下げた。
「怪我がないようで良かった」
うめき声を上げながらベッドから起き上がったペドロが笑顔で言った。
「謝る前にお礼言わなきゃ」
とイレーネが耳打ちした。
ルディはイレーネの方をちらり、と見て頷いた。
「おかげで無傷だ、ありがとう」
そう言って右手で握手をしようと手を上げかけてから左手を差し出した。
ペドロは嬉しそうに左手で答えると
「ファラスに戻るのが遅れてしまうな、すまない」
と表情を曇らせた。
「それこそ僕のせいだ」
とルディが言った。
これは終わらないやつだな、と思い
「どっちも責任でもあるし、どっちの責任でもないよ」
と口を挟んだ。
振り向いたルディが
「5級の飲み薬を持っていたカオルは骨折が治せる様な飲み薬は持っていないのか」
と、すがるような目で見る。
「たまたま買ったやつだからね、すぐ作れますか?」
とルイス教官に聞いてみる。
「無理だ、そこまでいくと薬師の仕事になるからな、高等魔法学校に行って覚える範囲だ」
と、手をひらひらさせた。
「まあ、まだ戦士がウロウロしているらしいからゆっくり治すといい」
そう言って全員で宿に帰ることにした。
ファラスの方で討伐もしている様だが、ゲリラ的に現れては逃げるを繰り返すので状況は芳しくないらしい。
おまけに今まではファラスとアーグロヘーラ大迷宮、もしくはファラスとデルゴルガ要塞を主としてゲリラ活動が行われていたのが、西の港町、ティセロスと中継都市のククルゴの間、ククルゴとファラスの間でも出没するようになり、ファラスの騎士の上層部を悩ませていた。
「そういえば、宿泊費用って大丈夫なんですか」
と、思いついたので聞いてみるといい笑顔で言った。
「国に直接請求するようにしてある」
だから少しいい宿なんですね、と心の中で呟いた。
学校がないからって遊んでるんじゃないぞ、とルイス教官がいうが、ラウルとフリオは心が折れてしまったのか、しばらくは潜りたくない、といっていた。
大迷宮に潜るためにできた町なので、できることは寝るか飲むか迷宮に行くくらいしかない。
最近になってやっと夜に吟遊詩人が出てきて歌を聞いたり神話やら英雄譚やら他の街で起こっている面白いことやらを聞かせてくれるようになったようだ。
今ホットな話題は街道を占拠して恫喝する異国の戦士という聞き覚えがある話だった。
今は子供の戦士を探しているわけでもなさそうで、道行く商人に絡んでは数日分の食料を略奪しているらしい。
もうただの嫌がらせとしか思えない。
ソロになってしまったルディを連れて9階にでも行こうか、とロペスとイレーネと相談していると、あまり潜ってばかりいても知らないうちにたまる疲労は生存率に関わるからカオルたちが休暇を取るべきだ、とルディが言い訳をするので牛頭と戦う決心が着くまで2、3日休暇という名の猶予を与えてあげることにした。
ルディのことは置いておいて、ロペスとイレーネと一緒に休暇を取れ、と言われてしまっているので
やることがないと不満を漏らしつつだらだらと過ごしたり飲みに行ったりして過ごした。
3日後、ルディを捕らえたロペスと4人で迷宮に向かった。
滞在予定3日、食料は4日分、全員がマグカップを買って準備万端!
一気に9階まで突入した。
ロペスが先頭に立ち、イレーネ、ルディ、私の順番で進んでいく。
光源が4人ともなると暗い迷宮も危険な場所とは思えないくらい煌々と取らされていた。
壁際に寄って殿を歩きながら抜身の剣を構えたまま歩くルディの横顔を見てみると緊張で引きつっていた。
「来たぞ、やれるか」
ロペスが言うと、ルディがビクッと固まった。
「じゃあ、最初は私がやろうか」
新しく買った剣の使い心地を試すために龍鱗と鋭刃をかけて前に出た。
身体強化と魔法さえ使っていれば多少まずいことがあっても大丈夫だろう。
見上げるような大きさの牛の頭を持った怪物は今の私と同じくらいの大きさの柄の長い戦斧を構えていたが、私が前に出ると肩から力を抜いた。
あからさまに格下に見られるとそれはそれで腹が立つな、と思いながらちょっとおもしろかった。
腹立ち紛れに一度かけた身体強化を再度、より強くかけて背中に背負った剣に手をかけ勢いよく引き抜いた。
買った剣が腕より長くて鞘から抜けないという想定外の事態が起きた。
ロペスとイレーネは笑い転げる声がした。
羞恥により頭に血が登ってくるのを感じるが努めて冷静に対処し、引き抜く途中の剣を出したまま、お辞儀をして剣を地面に落としてから拾って構えた。
なんだか牛頭も力が抜けてしまっている気がするが格下に見てくれているなら危うげなく戦うことができるだろう。
と、自分に負け惜しみを言った。
すり足風のステップで前後左右に動いたりしてみて機会を伺ってみる。
一瞬強く踏み込み、大きくステップバックしたりを繰り返していると攻めあぐねた牛頭はイライラするように強く鼻息を吐いた。
大きく踏み込むような動きをフェイントにして小さく踏み込むと、怒りに任せた戦斧の大振りの一撃を虚空に放った。
空振りした戦斧は地面を強かに打ち付けて背中をがら空きにした。
私は1歩牛頭の背中側に回ると全力で剣を振り下ろし、牛頭の背骨ごと背中を切り裂いた。
「後の先に回るとさすがだな、剣が抜けない時はどうなるかと思ったが」
と言って笑いをこらえきれずにわはははは! と笑って膝を叩いた。
「うるさいぞ!」
肩から鞘を外して剣を収めて
「次はルディだからな!」
というと冷水をかけられたようにルディの顔から笑顔が消えた。
「私でもできるんだからちゃんと身体強化に魔力をかけられればルディだってできるよ、今だって笑えてたしサポートするから頑張って」
そういってルディの肩をバシバシ叩いて気分をほぐそうとしたがよほど痛かったのか真っ赤になって痛いよ、と言われ嫌がられてしまった。
まるでウザ絡みする上司のようだったので素直に謝った。