隠匿魔法と神への祈り
「さて、そこで相談なのですが、個室は借りれますか」と気を取り直してルイス教官とフリオに聞いた。
フリオはちょっと考えてから
「父に言って応接室を借りてきます」と言って奥へ言った。
「また変なこと始めたのか」とルイス教官が呆れたように言った。
「始めたんじゃないんです、研究してたものが形になったので今回の話に使えるかな、と」
「選択肢が増えるならそれに越したことはないが」といって頭をバリバリかいた。
「ここじゃ言えない話なのか?」というので
「性質上秘匿したほうが役に立つものなのです」と口に人差し指を当てて答えた。
しばらくするとフリオが戻ってきたので一緒に応接室に向かった。
さすが大きな宿屋の応接室だ、と思わせる立派な調度品が揃えられており、
使用人によってテーブルとソファは端の方に片付けられ広く使えるように気を利かせてくれていて、ヌリカベスティックとかぶつけて傷つけてしまわないか心配になったので入室と同時に絨毯の上に転がした。
「さて、研究結果というものを見せてもらおうか」とルイス教官が腕組みをして言った。
「いいですよ」と魔力を闇にして濃く深くしていく。
しばらく魔力を注いで透明になった所でどうです? と見せると唖然とした表情で私の手元を見た。
手のひらの上では濃くしたり薄くしたりして魔力の闇を出したり消したりした。
周りをみるとイレーネ以外目を白黒させていた。
「闇を濃くすると光が闇を避けて通るという性質を見つけたので、それを利用することによって透明になることができるのです」
「これを全身にまとうということか」
「そういうことですね」
「呪文は?」
「今の所秘匿しています、これが広がった先の影響は想像がつきますから」
「そうだな、知るものは少ないほうがいい」
「そして欠点もあります、ちょっといいですか?」とルイス教官に近づくと
聞こえない様に小声で「ステロス」と唱えて私の闇でルイス教官を包み込んだ。
もりもりと闇に飲まれて困惑するルイス教官を放置して魔力を込める。
完全に透明になったところでどうです? と聞くと
「なるほど、真っ暗で音以外の情報が入ってこないんだな」と理解してもらった所でステロスを解いた。消費魔力もすごいですよ、と補足した。
「元々は長期出張するハンターのトイレ環境を良くするために作ったのです」と小声で付け足した。
思いついたものと出来上がってくる物のスケールが違うな、と呟いた。
「人数ごまかして歩くくらいしか用途が思い浮かばんなぁ」と言って頭をバリバリと掻いた。
困った時の癖らしい。
「あと、秘伝だと思うのでこういうことをいうのは気がひけるんだが、今のこの状況で魔力を増やす秘伝を与えてもらうことは可能だろうか、少しでも底上げがしたい。」ルイス教官が頭を下げた。
私はイレーネと顔を見合わせると
「なんのつもりで秘伝と言っているのか知りませんがいいですよ」と、答えると
「やはりそうだよな、えっ?」と驚いていた。
「人気がないところを選んでやってたのは秘密にしたかったんじゃなくて魔法障壁がうるさかっただけですよ、ねぇ?」とイレーネにいうと
「えぇ? そんなことないよ、魔力の育成なんて普通こっそりやるもんだよ」と呆れられてしまった。
「どうする? 公開するのやめるか?」と、ルイス教官が問いかける。
「イレーネいい?」と聞くと
「あたしはもうだいぶ増えたからこの場だけにしてくれるならいいわよ」とちょっとおもしろくなさそうに言った。
「底上げしたいという気持ちもわかりますし、別にぽっと思いつきでやってうまくいっただけなんでいいですけど、ほんとにうるさいんですよ、この部屋の防音は?」とフリオに聞くと
「商談する部屋だから他の部屋よりは音がもれないよ」と答えた。
イレーネに付き合ってもらってごくごく弱い魔法障壁をぶつけた。
パリーンといい音がして軽くのけぞった。
「これは確かにうるさいな」ルイス教官が考え込む。
「強くすればするほどうるさくなりますよ」
迷惑になるし、人が寄ってくるから気軽にできないんだよね。
「なるほどな、これに関してはあとで考えよう」
覚悟も決まり、秘密の打ち合わせも終わったのでアーグロヘーラ大迷宮へと向かうことになる。
オヘルデの街の物見櫓から深く見通す目で見てみるとやはりオヘルデとアーグロヘーラ大迷宮のちょうど中間くらいの位置で待ち伏せがあるらしい。
しかし、待ち伏せは3人なので全員で当たればどうにかなるかもしれない。
アーグロヘーラ大迷宮までは普通の徒歩移動で1日もあれば到着できる距離というところなので、薄暗くなった頃に接敵できるよう少し遅めに出発する。
「さっき気づいたんだけど、魔法障壁やるより、一人で無詠唱のステロスの練習してたほうが細かいコントロールも必要になる分、練習にもなるし消費も多いよ」と誰にも聞こえないように小声で言うと
「新しい秘伝作るの早いよ、ヤキモチ焼いたあたしがバカみたいじゃん」と肩を落とした。
途中までは普通に移動するが、見つかる前にステロスによって透明になり、ルディのリュックの紐を掴んでついていく。
フリオはイレーネ担当だ。
アールクドットの戦士1人に対してルイス教官、
ペドロとロペス、フリオとラウルとルディを当てる。
しばらくは防御に徹して誘導し、後ろから襲いかかるという作戦になった。
私とイレーネは合図が出るまでステロスでひっそりと出番を待つことになる。
アーテーナの鉾に後始末をお願いするにあたって魔法で攻撃することが禁じられたため、ショートソードを買った。買わされた。安物でも銀貨3枚。
1家族の1月分の食費を超える。
ラウルに疲れた演技をしてもらって足元どころか目の前もわからない闇の中でおっかなびっくり道を進む。
ルディが打ち合わせどおりに接敵を知らせる振動をリュックにつながる紐に与えた。
私は紐を手放して合図を待つ。
「私はアールクドット第2階戦士アンリ・シャヴァネル! そなたらに咎はないが我が主君の名によりお命頂戴する!」アールクドットは名乗ってから敵を打ち倒すのを誉れとしていると移動中に聞いた。
おかげでこちらも準備ができるのでありがたい。
あとの2人は2人とも第1階戦士だった。
これならなんとかなる気がする。
元々士官学校に入ったのは荒事をしないための時間稼ぎのためだったはずなのに、と思い出し、もう引き返せない所まで来てしまったと思うと、戦いの剣戟の音が私の覚悟を削り取っていく。
唯一知ってる戦の神ことアーテーナに強い心を願って祈りを捧げる。
人が困った時最後にすがるのは神様仏様と決まっている。
深呼吸を繰り返し祈っていると祈りが通じたのか深呼吸で気持ちがおちついたのか心が平静を取り戻した。
大丈夫、私はやれる。
イレーネとならやれる。
「光!」ルイス教官の合図が聞こえた。
瞬間でかけられる最大限の身体強化をかけ、魔力の煌めきと共にステロスが霧散する。
背中を向けていてまだ気づいていないので全力で地面を蹴ってちょうど目の前にいるフリオ達が受け持っているアールクドットの第1階戦士に背後から襲いかかった。
後ろからの気配に気づいたものの、身体強化したスピードと飛びかかる瞬間にかけられた鋭刃には反応できず、私のショートソードの切っ先はいとも簡単に心臓めがけて背中から突き刺さり胸へと突き抜けた。
こういうことしないために士官学校に入ったのに入ったせいでこんな結果になってしまった。
もっとも、入らなかった場合は何も出来ずに死んでいたんだと思うと、しょうがないと言えばしょうがない。
そう諦め、私の時間稼ぎは失敗に終わった。
大丈夫、おもったより負担がない。
イレーネは、と見るとちょうど右のわき腹から左のみ肩にかけて突き刺し重心が上がったところに足払いをかけて転ばせていた。
第2階戦士と戦っている最中のルイス教官を援護するため氷結の蔦を使って足元を絡めていく。
足元に絡みつく氷の蔦を振り切るために身体強化を掛けるのがわかった。
そのために意識が目の前から足元に移った一瞬をルイス教官は見逃さずフェンシングのように一瞬で距離を詰め心臓を一突きにした。
「そんなに危なげに見えたか?まあ、いい援護だった」と無駄じゃないけどなくてもよかったと評価された。
ルイス教官の元に集まった。
「討伐証明はなんです? 死体担いでいくんですか?」と聞くと、
「逆にお前んとこの世界だとどうだったんだ?」と小声で聞いた。
「私の住んでいた所では争いらしい争いがなかったので病気や事故以外で死ぬことはまれです。
でも昔々の戦いが激しかった頃は一般兵は耳を切り落として塩漬けにして持って帰ったり
偉い人の頭は持って帰ってましたね」と答えた。
「そうやって敵をすべて滅ぼして平和になったのか、なるほどな」と納得していたが面倒なので訂正しなかった。
「戦士の討伐証明は剣だ。柄と鞘に階級が彫ってあるんだ」というと第1階戦士と第2階戦士の剣を全員に見えるように置いた。
第1階戦士に比べて第2階戦士の装飾の方が細やかで範囲が広いようだった。
「第2階戦士の彫刻のほうが細かいんですね」と、イレーネが言った。
「第1階戦士は柄の中心だけで第2階戦士だと中心の彫刻を装飾できるようになる。第4階戦士までは鞘に彫刻はできないらしい」と、ルイス教官が指で示しながら説明した。
「剣は戦士の証で戦士になった時に王から与えられて
盗まれたりした場合は、どうやるのか知らんが、魔力を奪われて追放か死を選ばされるそうだ」と補足した。
「と、いうわけでこの剣はアーテーナの鉾の資金の足しになり、我々の存在は隠匿される」
言って剣を持ち、身体強化をかけて走り出した。
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