わたしが教えられる最後の魔法
「炎の矢!」
魔力を込めて炎の矢を解き放つ。
思ったより力が入ってしまったか思ったより高い熱量で出現した炎の矢を砂の悪魔の先端に突き刺した。
着弾地点の砂が爆ぜ、砂を溶かして石になった。
砂の悪魔は石になった部分を切り捨てて後ずさりした。
「炎に弱いか?!」
大発見したと思いハビエルに言うと
「あんな威力で魔法ぶち当てられたら誰だって怯むと思うぜ」
じゃあ、と氷の矢を放つ。
氷の矢は砂の悪魔に突き刺さると砂の悪魔は気にすることなく体の中に飲み込んでいった。
「やっぱり火だな、松明でも投げたらどうだ?」
「かもしれねえが松明如きじゃ一瞬で消えて終わりよ」
色々試してみようと水をぶつけたり土の壁を使ってみたりする。
水はすうっと染みこんでいき、少し動きが良くなった気がする。土の壁は足止めにしかならない。
土の弾丸はボスッという音をさせただけで意味は無かった。
「リーダー、やっぱり火だな」
「そうですね」
もう攻撃は任せて傍観するつもりか、ハビエルは大盾を背負い、ヨン達は武器を納めて腕を組んで砂の悪魔に併せてゆっくりと歩く。
当のカオルは彼らの後ろを歩きながら伸ばしてこようとする手(?)に炎の矢を打ち込んで砂を溶かして削っていく。
カオルは口には出さないが飲み薬で回復させれば多少火傷をしてもオケアノは許してくれるんじゃないだろうか? と思いながら少しずつ炎の矢を当てる範囲を広げてみる。
表面が爆ぜ、溶けて固まった塊が脱落しその場に取り残される。
こちらの位置をどうやって見ているのかわからないが、それが匂いなのか体温なのか目が見えているのかはわからないがずりずりと這ってくる様子をみながら早くしないとオケアノが死んでしまうと焦ってくる。
火力を間違えても中でやけどを負ってしまうし酷いことになれば焼け死んでしまうかもしれない。
そういって手を下さないでいれば窒息してしまう。
こまめに削るしかないかと次の炎の矢を出現させる。
砂の悪魔を取り囲むように外周の動く砂に炎の矢を放つ。
破裂音をさせながら砂の悪魔の身が砕けて少しずつ削ってはいるのだけど、いかんせんそもそもの大きさのせいであまり効果が見られない。
時間をかければいいんだろうが、それでは窒息してしまう。
一か八か強めに吹き飛ばすかと思案する。オケアノに魔法障壁を教えてなかったことを悔やんだ。
「魔力障壁(弱)より強い防御魔法はありますか!? あれば使ってください!」
聞こえるかわからないが中のオケアノに向かって叫ぶ。万が一気を失っていれば防御する暇もなく焼かれてしまうが見殺しにするよりはましだろうと思った。
砂の悪魔の中からくぐもった甲高い声が聞こえる。
悲鳴でも上げてるのかと思い、いよいよダメかと火炎球の詠唱を始めた。
砂の悪魔がぼんやりと光り、声がだんだんと大きくなる。
思わず火炎球の詠唱を中断して成り行きを見守った。
光はだんだんと強く、赤くなり砂の悪魔がのたうち回るように表面を泡立つ様に変化させる。
突然の閃光で目がくらんだ瞬間、何かが空へと飛び出したのが見えた。
「あちち、よいしょっと」
閃光で目がくらんでいるので見えないがオケアノは無事の様だ。
「なんかすごい光で目がやられちゃって前がみえないのだけど」
出てきたと思われるオケアノに声をかけると、無事そうな返事が返ってきた。
「熱量上げて中から核を焼いたからすごいことになっちゃって」
眩んだ眼が元に戻るまで動くこともできないのでその場で座ってオケアノから何があったか聞くことにした。
あの時、テントで寝ていたら変な音と辺りが騒がしくなった声で目が覚めた。
起きろという声を聞いても髪とかぐしゃぐしゃなのでちょっと整えてから出ようと思ったらテントの後ろ側が何かに乗られるように傾き始め、うろたえているとそのまま飲み込まれてしまったということだった。
外から砂の悪魔だという声も聞こえ、砂の悪魔がそんなに大きいわけがないと思いつつ実際に飲み込まれているし、と思考を切り替えた。
弱点はどこかにある核、テントの厚手の生地と骨組みが守ってくれているから今すぐ破られたりはしないが、何とか耐えてくれているうちに脱出しなければ。
そう思いつつテントが破壊されて飲み込まれ皺々のミイラになってしまった自分を想像して胃を押さえた。
何もしなければそうなるのも遠い未来ではない、火炎旋風を使うことも一瞬頭によぎったが、自分だけは避けて使えるような器用なことはできないし、外でわたしを助けようとしてくれているはずのカオル達も巻き込んで焼け死んでしまう。
密度が高く、効果範囲が狭い魔法、今、この状況に適した魔法を1つだけ持っている。
心の海に住まいし現身よ 原始より生きる幻の獣よ
我は牙 我は羽 我は爪なり 我が声を聞き生まれよ
我が魔力を糧に育てよ育て 共に手を取り我らが敵を討ち倒さん
「原初の獣!」
今にも潰されそうな真っ暗なテントの中で両手の上に生み出されたのはどうやら赫鳥の卵の様だった。
この魔法はその時の体調や心境に影響されて色々な属性の動物が生まれる魔法。
意識を共有しつつ、独立した意識をもって自由に戦ってくれる魔法生物を生み出す。問題は何が生まれるか選べないことなのだけど、今回は赫鳥で助かった。
赫鳥は炎の鳥。
伝説では火山から生まれ溶岩に食べ育ち、触れるだけで燃え上がる羽は人に炎の使い方を教えたという。
手の上の炎の卵すぐに雛に孵り、伸びをするように首をもたげ羽を広げた。
いつ見てもこの魔法はいい。今が命の危険が迫ってるので無ければこの子が大きくなるのを眺めていたい。
ギシギシときしむテントの骨が今にも壊れそうな中、早く育てと身をよじりながら待つ。
「早く育って砂の悪魔の核を壊してちょうだい」
わたしの魔力を餌に赫鳥が育つまで待つのももどかしく、吸い出される魔力に少し足して赫鳥に食べさせた。
魔力操作に不慣れなことと焦りのせいで優しく魔力を食べさせてあげられなかったかもしれない。
どこかには動物に無理矢理食べ物を押し込んで太らせてから食べるという食べ物があるらしい、魔法生物も無理矢理押し込んだら太って動けなくなるのかしら。
丸々と太った赫鳥を想像してあまりのかわいさに心の中で悲鳴を上げながら魔力を押し込んだ。
不謹慎な想像をしながら押し込んだのが悪かったかもしれない。
あっと思ったときにはすでに赫鳥に無意識に、無理矢理魔力を食べさせた後で、ほとんど身動きができない押しつぶされかけたテントの中まばゆい光を放った赫鳥は鳴きながらテントと砂の悪魔を破って外に飛び出した。
赫鳥はわたしの魔力で出来ているから熱くはないのだけど、赫鳥の熱で溶けたものや焼けた物は熱い。
触れないようにしながら放射熱に水をかけたり、悲鳴をあげたりしながら焼けた砂の悪魔に触れないよう気をつけながら外に出た。
燃えさかる砂の悪魔の中から、それはまるで『立て損なったテントが崩れて脱出してきたくらい』の、ちょっとアクシデントがあった程度の様子で出てきたオケアノを見てハビエル達は絶句していた。
私としてもあっけにとられていたかったのだけど、炎の鳥がオケアノの頭の上を旋回するのを見て思わず声をかけた。
「──で、この子が赫鳥」
降りてきてオケアノの肩に止まった炎で作った様な真っ赤で大きなミミズクがオケアノに頭をこすりつけた。
「そ、これがわたしが教えられる最後の魔法、魔法生物の召喚よ」
手首に乗せて頭の上に掲げてみせると大きなミミズクは誇らしげに羽を広げて見せた。
大きな鳥を触ってみたくなり、じわじわと手を伸ばしながらオケアノに聞いてみる。
「触っても?」
「だめよ、わたしは自分の魔力だから大丈夫だけど、他の人は火傷しちゃうから」
私は火傷をしちゃうと聞いて伸ばした手を引っ込めた。
「残念」
「カオルちゃんは自分で作ったら良いじゃない、何が出てくるかわからないけど」
「そう言われると確かにそうなんですが」
「あんまり強そうな感じしないからネコとかハトなんかいいんじゃないかしら?」
「せめて猛禽類とか豹とかにしてください」
「かわいくても小さくても強いから大丈夫よ」
「かっこいい方がいいじゃないですか」
オケアノが頭を撫でた瞬間、ボッと一瞬燃え上がると大きなミミズクは消えてしまった。
何が起きたかわからず驚いているとオケアノがぐらりと傾いてきた。
膝の力が抜けるように倒れ込んできたオケアノが倒れないように抱えると地面の上に横たえる。
頭を地面に置くのは気が引けたので正座をして私の足の上にのせた。
まだ暗いせいで顔色がよく見えないが容態を見るために光を浮かべてみると真っ青というか血の気が引いて真っ白に見えて思ったより悪い様子。
「ちょっと魔力を多く使っちゃっただけよ。ちょっとわたしの鞄からポーションとってくれる?」
頼みを聞いたハビエルがオケアノがいた潰れたテントから鞄を掘り出して戻ってきた。
私が受け取り鞄を開けると白い陶器の小瓶が2本入っていた。
「そう、その白い瓶」
コルク栓を抜いて渡すと一気に飲み干した。
「魔力回復飲み薬ですか」
「念のために持ってきて良かったわ。もう少しこうしていさせて」
正座している私の足があまり長くはもたないのでなるべく早くどいてねと思いながらオケアノの額の汗を拭いてあげながら「いいですよ」と答えた。