スライムに似た砂の魔物
ヨンのつぶやきが聞こえた訳ではないのだが悪寒を感じてぶる、と肩を震わせた。
寒いわけでもないのに寒気が。といぶかしみながら悪寒を拭うように両腕をさする。
茶色一色で代わり映えのしない乾燥地帯をひたすら歩く。
日差しは容赦なく照らし、オケアノが汗が乾いて額に塩が浮き拭うたびに手の甲にざり、と塩の感触がした。
横を見ると涼しい顔をして歩く友人がいる。
汗一つかかず足取りも軽く、暑さに強いのかとも思ったがこの間大怪鳥を倒した時は普通に汗だくになっていたはず。
「ねえ」
「どうしました?」
良い笑顔で返事をするカオル。その笑顔で何かをしているとオケアノは確信した。
「ずいぶん涼しそうだけど何かやってる?」
「ああ、それはですね」
そういうとマントをひらいて冷気の風を浴びせた。
「こんないいものを黙ってるなんて!」
「まだ難しいと思うよ?」
「そんなことないと思うよ」
「じゃあ、凍える風を使ってみるといいですよ、自分の体に当てると凍傷になってしまうので、最初は自分の体に当てないようにしてください」
「凍える風!」
「あ! そんなに」
ゴッと風が吹いて一瞬ひんやりとした後、すぐに太陽光に温められどのくらい冷たい風が出たのかよくわからなかった。
目安になる物がないからわかりづらかったが、汗だくになるような熱気が、一瞬とはいえそれだけで汗が引くような冷気をまともに浴びたら体を壊してしまうと、水が入った木のコップをオケアノに渡して実際に凍える風を使わせた。
「さっきの調子で体に浴びると体壊しちゃいますからね」
そういうカオルにオケアノはそんな大げさな、と笑いながらコップに向かって凍える風を放つ。
水は一瞬にして氷に姿を変え、これはいくら暑いと言っても限度がある、と冷や汗が出た。
いきなり始めた微調整がうまくいくわけがなく。
オケアノは自分に向かって使うのをやめ、氷を溶かしながらちびちびと冷たい水で喉を潤した。
「私もね、最初の頃熱風でタオル乾かそうとして燃やしたんですよ」
「じゃあ、汗ごと凍って氷の彫像ができちゃう可能性があるわけね」
「まあ、そういうことなのでこれができるようになるまでは我慢してください」
人差し指を立てて指先に灯した火を放り投げて見せた。
真似をしたオケアノが放った火は指から離れた所で消えてしまう。
「早くできるようにならなきゃね」
そういいながら憂さ晴らしをするように両の手のひらに水柱と火柱を立てた。
「すげえ……」
すこし後ろでハビエルのつぶやきが聞こえた。
それからしばらく歩いた。
最初は無駄話をしながら歩いていたハビエル達も段々と暑さで体力が削られてきたようで口数が少なくなってきた。
日光が直接当たらないように頭に布を巻いているのだが、中が蒸れてやはり暑い。
一番暑い時間を避けて涼しくなってから移動した方がいいのだが、持ってきた食料にも限りがあるのであまり長い時間かけていられない。
普通の遠征なら水にも限りがあるので昼は移動する物じゃないのだが、そこは私とオケアノが出し放題なので強攻策がとれているというのだ。
黙々と歩いてぬっと差し出された各人のコップや革袋を水で満たしてやる。
最初の内は「すまねえ」とか「わるいな」と言っていたのだけれど、余裕もなくなってきたらしく死んだ目をしたまま水を飲むようになった。
2度目の野営をする頃には皆熱と疲労で疲れ果ててしまったのが見て取れたのでエッジオの代わりに私が食事を用意することにした。
ハビエル達は給水と小休止をとってからふらふらと幽鬼の様に大小2基のテントを設営していた。
1人だけ快適な環境を作っておいてまるで他人事の様だが昼に行動するものじゃないなと思いながら適当に材料を入れたパン粥のようなものを作り、「寝ずの番は私がやるので今日のところは寝てください」というと、ハビエル達から反発があったが説得して寝てもらうことにした。
オケアノは「ごめんねえ」と言って1人さっさとテントに引っ込んだ。手間が無くていい。
それに続いてハビエル達も「すまねえな」と言って大きなテントに入っていったが交代で休むためのテント。
むくつけき男6人が一緒に寝られる大きさでないため、中からは「もっと寄れ」「暑苦しい」「狭い」と文句が聞こえてくる。
最初に追い出されたのはエッジオ、次がホルヘ、そしてヨンがのっそりとテントから出てきた。
エッジオは剛力な竜とくっついて砂除けに持ってきた布に包まり、ホルヘは無言で横になりヨンはホルヘが横になったのを見て言う。
「しゃあねえ、多めに火を焚いてくれよな」
返事をまたずにマントに包まって背を向けて横になった。
テントを追い出された男達の背中をみてなんとも言えない気持ちで炎を多めに炊いてあげた。
エッジオは狭いからと自分から出たのだが、ホルヘとヨンは寝相が悪いから追い出されたらしい。
音を立てることなくゆらゆらと揺れる炎を見つめてぼうっとしていると、ホルヘとヨンのいびきの二重奏が始まった。
なるほど、これは追い出されるわけだ。
この間はそこまででもなかったが疲れるといびきがひどくなるのだろうか。
あまりにもうるさいので少し距離を離して座る。
いびきが止んだと思ったらヨンが寒さを防ぐために近くに出しておいた炎に裏拳をたたきつけた。
1つの炎は消え、少し暗くなった。
こっちがテントを追い出される理由だったかもしれない。
寝てる間に拳が降ってくるというのは恐ろしい。普段はどうしてるのか。
ホルヘも派手な動きはないものの地味に動き回り炎に段々近づきながら寝ているので怖くなって消しては距離を開けて出しなおしたりして休まらない思いをしながら過ごした。
炎の明かりだけの真っ暗な荒野で耳が痛くなるほどの静寂の中でざざ、ざざ、と何かが動くような音がした。
砂が風で飛ばされ何かにぶつかる音だと思っていたのだが、異質な音が混じっていることに気が付いた。
剛力な竜が目を覚まし首をもたげ辺りを見回したのが目に入る。
「おい! 起きろ!」
ヨンの声に野営や討伐に慣れているハビエル達も眠い目をこすりながらテントから出てきて辺りを警戒した。
オケアノも起こした方がいいかな? と思いテントを開けようとした時、突然襟首をひっぱられてぐえっと声がでた。
「もう遅い、開けない方がいい」
私の襟首を持ったままのヨンの顔を見るとテントを注視していた。
その視線を追うと、成人男性くらいの高さの砂の山がテントを飲み込むところだった。
「え? なになに? どうしたの?」
テントの中から目を覚ましたらしいオケアノの声が聞こえる。
「砂の悪魔だ! 救出はするが自力で核を探してくれ!」
「ちょっと! 飲み込まれちゃったじゃないですか!」
私の襟首をつかんだままのヨンに食ってかかる。ヨンは砂の悪魔と呼んだ物から目を離さずに答える。
捕まれたままの襟首の手を振り払って立ち上がった。
砂の悪魔と呼ばれた動く砂の塊はその大きめのテントをまるごと飲み込める大きさの体を揺らしてゆっくりと人がいる方を目指しているのかこちらに来るようだ。
「あれはここいらの砂漠とか乾燥地帯に住む動く砂の魔物でなんでも飲み込んで食う。弱点は体のどこかにある核だ」
「スライムみたいなもんですかね」
「なんだそりゃ?」
「ドロドロの粘液の中に核があって粘液に取り込んで消化するんです」
「似てるが、粘液じゃないなこっちは動く砂だからな」
「おかげで核が見えませんね」
「そうだ、それにあんなでかいのは初めて見た。手を突っ込んで引っ張り出そうとするんじゃないぞ、突っ込んだ瞬間、体の水を吸われてミイラになって使い物にならなくなるからな」
「スライムより質が悪いですね。普段はどうやって処理してるんですかね?」
「爆発する石を食わせて核もろともボン! さ」
手で爆発するジェスチャーをした。
「中にオケアノさんがいるのにそんなことはできませんね、ほかに弱点はないんですか」
「わからん」
少しずつ寄ってくる砂の悪魔から一定の距離をとりながらハビエル達も集まってきて案を出し合う。
「オケアノの姉さんはテントの中にいるからしばらくは持つだろう。長くは持たないと思うが」
「助けようにもあの大きさじゃ近づいただけで飲み込まれちまう」
「爆発する石なんか使ったらオケアノの姉さんが怪我をしちまう」
いつのまに姉さんと呼ぶようになったんだ。
「試しにいくつか魔法当ててみましょうか」
「あんなにでかいんじゃ中まで届きそうにないが無駄打ちして大丈夫なのか?」
心配そうにハビエルが言う。
「心配ですかね? まあ、普通に使ってたら無くなることはないと思ってもらって大丈夫ですよ」




