どうも断れないらしい
「部屋着より仕事着を増やしてもらえると助かります」
ワンピースばかりを買うニコレッタに抵抗して言えたのはそれだけだった。
どんなものが必要か聞いてくれるのでドレスやスカートは動きづらいのでやめてほしいと伝えよう。
色々と希望を聞いてくれそうなのでポケットたくさんつけることと、乾いた地面でこすれても穴が開かないように補強してほしいこともお願いした。
「なるほど、ハンターの仕事着に少し手を入れれば大丈夫そうですね。問題はサイズがあるかですが服飾ギルドに採寸があるので相談してみます」
話が大きくなってきそうだったので「古い中古じゃなければ大丈夫」と伝えた。
有能なメイドにお願いだけしておけば良い様にしてくれるので助かるが、なぜか口を出さない範囲で意にそぐわない行動をとるのはなぜだろう。
カオルが晩ご飯を食べながらそんなことを考えていると、その様子に気づいたニコレッタは主人に対して心当たりはないが非礼に当たる何かをしてしまったかと心配する。
彼女なら怒りにまかせてクビにしたりせず、理由を言えばきっと許してくれるという甘えとも信頼とも言える自分の気持ちを信じていた。
そう思いつつも変な主人には変な逆鱗があって、こういう普段怒らない人こそそこに触れてしまうと手がつけられなくなるほど怒ったりするのかもしれないと、
「あの、今日のお食事にまずいところがありましたか? わたくし、何かしてしまいましたか」
なぜ急にそんなことを言い出したのかわからないが、考え事をしながら食べていたのが食事が気に入らないととられてしまったのかもしれない。
「いいえ、いつも通りおいしいですよ。」
「何か考え事をしていらっしゃったようなので……」
「ああ、たいした話じゃ無いんですがね。買ってくる部屋着にワンピースが多いのはなんでかなぁ~って」
「それは、その、カオル様はかわいらしい格好が余り着ないようなので、1人の時くらいは気を抜いてかわいい格好ができればいいかと」
「そうですね、私はおしゃれをしてお茶を楽しんだりハンカチに刺繍するタイプの人間じゃありません。なんなら夜中に急に叩き起こされて武器を取って戦いにでる側です」
別にそんなに戦うことが多いわけではないけれど、嘘も方便と思って誇張した物言いをする。
「たしかに、言われてみればそうですね。浅慮でした」
「怒っているわけじゃないのでこれから気をつけていただければいいですよ」
「ありがとうございます。でも、その……」
食事の手を止めてまさにしょんぼりというのがふさわしい顔で俯いた。
「どうしたんですか? ものすごい量のワンピースを購入した後だとか」
「いえ、そうではなく、その」
言いよどむニコレッタの言葉を辛抱強く待つ。
しばらく考え込んだかと思うと、意を決したように顔を上げた。
「申し訳ありません! そこまで華やかな物が好きでは無いと思わずパーティの招待をうけてしまいました。あまり断るものではないので軽率でした」
どんな重大な過ちがでてくるのかと思ったらパーティの招待か。
「いやあ、1回くらいならいいですよ。どんなひどいことがあるのかと思って肝を冷やしました」
「1度出てしまうと、次から断りづらくなってしまいます。あそこのパーティに出たのにこっちのは断るのは何かあるのかと邪推されますので……」
あまりの面倒くささにキンキンに冷えた墨をかぶったかと思うくらい目の前が真っ暗になり血の気が引いて寒気すらしてくる。
「全員1回ずつ出たら2回目は断るとか?」
「高い地位のお方に2回目を断られたらどんな非礼を働いてしまったかと思われるかもしれませんが、若く地位の高くないカオル様ならそれでなんとか」
「じゃあ、1回くらい付き合ってあげましょう」
「申し訳ありません」
「まあまあ、1回くらいはいい経験ですよ」
「そう言っていただけると……。ありがとうございます」
その後、食事が喉を通らなくなることもなく夕食を終えて就寝するため自室に戻った。
次の日、久々にゆっくりと休もうかと本を読みながら過ごし、昼食のあとしばらくして、そういえばまだ覚えていない魔法について、オケアノに詳しいことを聞きたいと思いついたので魔法ギルドに向かう。
受付の女性に声をかけてオケアノを呼んでもらうと、オケアノは外出して1日帰ってこないという話だった。
黄金の夜明け団にでも行っているのだろうか。
「見ない顔ですけどうちのギルドの人ですよね? 時間ありますか? 魔力が余ってたら補充していってもらえませんかね?」
初めて見るやる気のなさそうな受付が指を指した先に光を失った深緑色の魔石があった。
「魔力が空っぽになっちゃって、色んな魔方陣が使えなくなっちゃうんで困ってたんですよー」
20代半ばくらいのそばかすの受付嬢はカウンターにもたれかかったままけだるそうに息を吐いた。
「ギルドの偉い人はやってくれないし、オケアノさんはどっか行っちゃったしクレフさんも連絡付かないしどうしちゃったんすかねえ~」
「入ったばかりなのでオケアノさんくらいしか知りませんけど、魔力入れるだけなら……」
適当に話に付き合いながら深緑色の魔石に魔力を送り込む。
壁に埋め込まれた大きな深緑色の魔石を取り囲む様に同心円上に小さな色とりどりの魔石が配置され、石と石をつなぐように魔方陣が描かれている。
「魔法練習部屋も灯りもぜーんぶここの魔力使ってるからなーんにもできなくなっちゃうんスよ。不便ったらないッスよね」
「へえ、この魔石で全部ですか、あの魔法練習の部屋すごいですよね」
どんな威力の魔法も効力がほとんどないくらいまで弱めてしまう特殊な部屋を思い出した。
中央の大きな魔石に注ぎ込んだ魔力は魔方陣を通って周りの小さな魔石を光らせる。
「来て急に魔力もらっちゃってすいませえん」
けだるい受付嬢は自分の腕をまくらにしてカウンターで伸びていた。
どう見ても謝ってると思えないが謝るつもりも無いだろう。
溜まるまで暇なので雑談がてら魔法ギルドの人についてこのやる気の無い受付嬢の印象を聞くことにした。
しゃべるだけで魔力がもらえるんだからまあ、お得な方だろう。
魔法ギルドといっても上の方は世襲だったりコネで偉くなる人ばっかりで魔力があるのは幹部でもあまり発言権がなかったり位の低い政治力が低い人で、大魔法使いと仕事できると思って入ったギルドがこんなんでがっかりっすよ、とぼやいていた。
「こんなところでそんなこと言ってていいんですか?」
「いやあ、今日は魔力切れで仕事にならないっていうんで受付のあたし残してみんな帰っちゃいましたよ、もう少ししたらあたしも帰る所です」
「そうですか、じゃあ私も帰ることにします」
そう言っている間にほとんどの魔石は魔力によってキラキラ光り、中央の大きな魔石も魔力の輝きによって深緑色から明るい緑へと光を変え煌々と部屋を照らし始めた。
「げっ! 満タン!? 使いすぎで気持ち悪くなってないスか?!」
キラキラと輝く魔石と私の顔を見て体調を心配していた。
「そこそこ多いんで大丈夫ですよ」
「これじゃ話が違う。ちょっと待ってくださいね、今度開いてる時にこれ持ってきてください、報酬でるんで!」
手のひらサイズの紙に『魔力補充(空から最大)』と書いて受付嬢の名前をサインした物を私に差し出した。
はあ、と返事をして受けとる。最近稼いで無かったのでお金が出るのはありがたい。
受け取った紙を半分に畳みポケットに押し込んだ。
一仕事終えてけだるげモードに戻った受付嬢に礼を言って魔法ギルドを後にした。
日はすでに傾いてあと1時間かそこらで落ちてしまうだろう。
帰りのついでにだれかいれば挨拶でもしようかと思い、黄金の夜明け団に寄る。
中を覗くとカウンターにイレーネとオケアノがいた。