オケアノと食べ歩く
石造りの建物の門をくぐり中を見渡すとどうやら来客があるらしく奥の方で話し声が聞こえる。
邪魔にならないよう事務仕事をしている受付の職員に余っている仕事を紹介してもらおうと椅子に腰掛けた。
ギルド員の証のドッグタグを見せると猫背の受付の職員の背筋がピンッと伸びた。
「何日か前に大怪鳥が発見されたって話がありましたね。討伐で銀貨120枚の報奨金がかかってますね」
心の中で呻く、それはたぶん、もうやっちゃったやつだ……。魔石ももうオケアノの渡しちゃったしな。まさか賞金がかかってるとは思わなかったよ。
そんな心の内なぞ知るよしもなく受け付けの老紳士は続ける。
「あとは肉をとるために北西か北東に1日くらい行ったところにある森で狩猟をするっていうのもありますね。肉が新鮮なら報酬ははずむそうですよ」
1日も行ったところで肉を取ったとして、それを常温か少し暑いくらいの気温の中でまる1日かけて持ってきて無事だろうか。
はじめから買いたたくつもりなのかもしれない。まあ、荷運びさえいれば凍らせてしまえばいくらでも持って帰れるから心配はいらないのだけど。
いい仕事がないから今日はもう帰ろうかなと思った時、魔法ギルドにいるはずのオケアノから急に声をかけられた。
「聞き覚えのある声だと思ったらやっぱりカオルちゃんじゃない」
黄金の夜明け団に何の用だろう。
「あ、オケアノさん。仕事の依頼ですか?」
「ううん、ちょっとね」
意味ありげに微笑むとオケアノは言葉を濁した。
いいたくないのにわざわざ話しかけてきて変なの、と思いながらいい仕事がないということで今日は店じまいにすることにした。
「今日は帰ります。家にいる予定なので、用があったら人をよこしてください」
言付けするとオケアノと一緒に黄金の夜明け団を後にして帰宅する。
オケアノは大怪鳥の討伐がよほど興奮したらしく次があればちゃんと準備をして肉も全部持って帰りたいと鼻息も荒く語っている。
私としてはもうあんな大変な思いはしたくないし、部下の命を預かるなんていうのも御免被りたい。
そういう意味では彼女も割といい身分なので、使い捨ての雑兵の命なぞ気にしないタイプなんだろうか。
いまさら悪いことだとは思わないけど、なかなか馴染むのに苦労する。
最低限、私を盾にさえしなければいいが。
とはいえ、大怪鳥の肉は味がいいということなので、気にならないかと言われるとやはり気になるが、そんなに多く見つかるものでもないので運がよければ(悪ければ?)、年1回あるかどうかというものらしい。
犠牲者が少なくて済んだのはよかったが、討伐ならきちんと準備してから行きたい、肉も食べたいし。
肉のことを思い出したら、下町の串肉を思い出して、なんだか食べたくなってきた。
オケアノと分かれたら下町に行こうと思いついた時だった。
「ちょっと下町にいかない? お腹すいてきちゃった」
オケアノも帰りに食べた串肉の味を思い出したらしく、下町の食べ歩きに誘われた。
「私も行きたいと思っていた所でした」と二つ返事で同意して一緒に歩きだす。
今食べたくなったのに普通に歩いて行くのがじれったくて、どこの店のがよかったなんていう話をしながら早足で行く。
それでも時間がかかりそうで歩くのが面倒になってきた。
「ちょっと降りるの時間かかりすぎる気がしません?」
「わたしもそう思ってたの」いたずらっぽく笑った瞬間、すばやさ向上をかけられ「早く行きましょ!」と駆け出すオケアノについて走り出す。
人の家の上だろうとかまわず駆け抜けるオケアノについて走って行く。
「人の家の上ですけど!」
緊急時ならともかく好き勝手に人の家の上を歩くものじゃないと思って声をかける。
「石造りの家は丈夫だから大丈夫!」
そういう問題でも無いと思うが……。
「そうそう、あなたの所のあのかわいい子」そういう人は1人しかしらないので心当たりの名前を挙げる「イレーネ」
「そう、その娘! あの娘も掛け持ちするみたい、知ってた?」
「興味があるところまでは聞いてましたね」
「ギルドのお偉方が喜んでたわよ、とんでもない魔力持ちが2人も増えたって」
「それをいうならオケアノさんだって結構な魔力持ちでしょうにね」
「わたしは、まあ、付属品みたいなもんだからね」
前を走るオケアノの表情は見えないがそんな話になってしまって済まない、と思いながら後ろをついていく。
「なしなし! せっかくおいしいもの食べに行くんだから!」
走りながら手をぶんぶんと振り話題を変える。
そうしているうちに下町に着き、最下層の家の屋根から道のど真ん中に飛び降りて通行人の度肝を抜いた。
恥ずかしいからそういうことはやめてほしい。
「ごめんねー、勢いつき過ぎちゃって」
非常識な登場のおかげでじろじろと見られ、居心地の悪い思いをしその場から逃げ出すように謝りながら串肉の屋台に向かう。
町中を見て回るなら飲食店以外にも服屋やらアクセサリー屋なんかもあるのだけど、服屋は中古で幾人もの人の手を渡り、ほつれてたり生地が薄くなってたり染みがついてたりして安くても買おうという気になれないものしかないし。
アクセサリー屋も『魔除け』とか『幸運の』なんていうのもあるのだけど、そういう願いが込めて作られたとか勝手に名乗っただけで魔法的とか、魔術的な効果があるわけじゃないのでアクセサリーに興味のない私と、ちゃんとしたものしか持ってないオケアノには寄る意味もないので自然と飲食店しか選択肢が残らない。
正直、飲食店も岩山の上のちゃんとしたのを食べたいのだけど、濃い味付けをオケアノが気に入ってしまったのでついていく。
オケアノはあまりお酒を飲む方じゃ無いらしく、お茶か何かをもらおうと思ったが街の上層から流れてくる水路の水を汲んでいるのを見て流石に嫌だったか「カオルちゃん、水もらえるかしら」と小声で空のコップを差し出した。
岩山の上層では湧き水があるわけじゃ無く、時を告げる鐘があるのだが、その時間を計るのに水が一定量で湧き出す魔道具を使っているのだそうだ。
その魔道具の水は岩山の中を流れ、自家用の魔道具が用意できない家ではその流れる水を汲んで洗濯や掃除に使う。
共用の水なので粗末に扱うわけじゃ無いが、外を流れる水なので綺麗かと言われると生水よりましな程度で岩山に住める人は魔法か魔道具で水を出す。
あとは水にお金を使うのをケチる人。
自分が飲む飲み水はどこかで買ってきた濾過機で漉して、使用人は瓶に溜めたものを自由に飲ませるとニコレッタに聞いた。
あの当時はおなかを壊すまでは行かなくてもいつも調子が悪かったと当時を振り返っていた。
「ねえ! カオルちゃん! 次はあそこ見に行ってみようよ!」
見た目の年齢よりずいぶんと幼い印象を与えるはしゃぎようでまた指輪か何かで姿を眩ませているんじゃ無いかと思わず疑心暗鬼になってしまう。
とはいえずいぶんと楽しそうなので、今日の所はまあ、いいか。と小走りで追いつきおなかがパンパンになるまで食べ歩きをして過ごした。
下町の入り口からまっすぐに岩山に続く屋台通りの食べ物を一通り食べ、日が傾いてきた。
次はオケアノのおすすめに行こうと約束をして岩山を登り私の家の前で別れた。
「おかえりなさいませ、口になにか付いてますが、食べてらしたんですか?」
「ただいま。魔法ギルドの人と少しね、晩ご飯は少なめにしてもらえると助かります」
自室に戻り、ニコレッタに脱いだ服をあずけて代わりに部屋着を受け取る。
薄手のビュッフェドレスの様なものを着させられ、知らないうちに知らない服が増えていくことに軽く恐怖した。
ワンピースばっかり!
たしかに着慣れると浴衣を着ている感覚に近いわりに帯は変な風にならないから気にせず過ごせるし意外と、思ったより気に入ったのは確かだけどそういうことじゃないんだよ……。