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奴隷に仕事を与えよう

 夕方までかかって型取りと採寸、デザインができあがり、何日かしたら確認のために服屋と靴屋にいくことになった。

 今日は、何もしていないのだけどひどく疲れた。

 帰る途中になにか面白い物があればよかったのだけれども、特に見つからなかったので手ぶらで帰る。

 

「ただいま、今日は何にも無かったよ」

「そういうのはわたくしがやりますから、仕事を奪わないでくださいませ」

 そう言って何も言わずにワンピースを脱がしにかかる。

「それはさすがに自分でやるんで」

「仕事が」

「だめです」

 ほどかれた紐を広げて肩から下ろそうとしたワンピースをそのまま脱ぐことはせずにしゃがんでワンピースの裾を持って裏返すように立ち上がりながら下着姿になった。

「なっ! はしたないですよ! カオル様!」

 抗議と小言をにこやかに躱して自室に戻り、ニコレッタが用意してくれていた部屋着に着替える。


 貫頭衣を頭からかぶり腰を紐で縛る。

 柔らかい麻といった感触の厚手の生地は思ったより体になじむので、パシパシとたたいて着心地を確かめてから、本を読んで夕ご飯を待った。

 昔、バドーリャで財を成した商人の手記を元に主人公の旅商人と幼なじみの魔法使いと面倒見役兼、いざというときの盾として親に雇われた荷運び(ポーター)の3人で旅をしたことを面白おかしく膨らませた長編小説だ。

 そういえば、ニコレッタと一緒に雇った……そう、アンドレア。

 彼のことをすっかり忘れていた。

 そうは言っても大きなものを運ぶ用事はないし、どこかに出かける用事もないのだから呼びようがない。

 せっかく読み始めたのにアンドレアのことを思い出してしまって気もそぞろになり全然頭に入ってこない。

 そもそもどうしているかわからないのだから考えていてもしょうがない。

 そう結論付けた時ニコレッタが夕飯の準備ができたと呼びに来た。


 夕食を食べながらニコレッタに聞いてみる。

「アンドレアさんっていたでしょう? あの荷運びの」

「え? ああ、はい。いましたね」

「あの人の仕事を用意するのも私の仕事っぽいんだけど、用事が無い時ってどうしたらいいのかな」

「無ければ呼びようがないですよ、わたくしは犯罪奴隷じゃないんでわかりませんが」

 心外だと言わんばかりにふんっとパンを力一杯ちぎって食べた。

「だよね、ごめんね」

「奴隷に対して謝ってはいけません、侮られては終わりですよ?」

 そう諭されてしまった。


 近所で力仕事してもらう程度の仕事ならアンドレアさんでいいんだけど、荷運びが必要な遠征だとエッジオに声をかけた方が持ち歩ける量も多いし早いので言いつける用事が無いというのも困る。

 何か荷運び以外でできることがあればいいんだけど。

 考え事をしながら食べていたらいつの間にか食べるものがなくなりおなかだけがいっぱいになっていた。


「荷運びなら遠征に連れて行けばいいんじゃないんですか?」

「荷運びは長脚種(グランターク)を飼っている人がいるので1人だけ連れて行ってもしょうがないんですよね」

「それなら確かにそうですね、武器か大盾でも持たせておければいいのですが」

「アンドレアさんって何してた人なんでしょうね、体は大きいので何かしてたと思うんだけどね」

 何かいい案はないかとずっと考えていたが、身体強化をかけてしまえば大体の力仕事は自分1人でこなせてしまうというのに呼ぶのもなんだか気が引けるというか、なんというか。

 あまり会ったことがあるわけではないのだけど、アンドレアさんはそんなに悪い人じゃない気がしているので私がいないばかりに声がかからず刑期が伸びてしまうというのもなんだか可哀そうな気がしている。

 悪い人じゃない人が奴隷になるほどの犯罪を犯すという矛盾もあるので私の勘違いだろうが、何か理由があったんだろう。

 荷物を持ってもらうとしたら私がいないときにニコレッタの買い物の荷物持ちをしてもらうのが一番だと考えた。

 

 ベッドの上でそこまで考えたときにニコレッタが起こしに来た。

「おはようございます、カオル様」

 考え事をしているので、ああ、と返事をしてそのまま着替えさせてもらう。

 自分の主人が一晩で魂を抜かれた人形の様になってしまったのを見て不気味に思いながら指定した通りに動くカオルを見て、走れと言ったら壁に向かって走るかしらなどと考えながら差し出された腕に袖を通して着替えさせ「朝食の用意ができていますからいらっしゃってください」と声をかけて様子を見る。

 そっと近づいて食卓に連れて行こうとした瞬間。

「これだ!」と叫ぶカオルにニコレッタは不意を突かれて飛び上がって悲鳴を上げた。

「もう! 叫ぶなら叫ぶと!」と言ってからそんなことは無理か、とそれ以上言うのをやめた。


「思いついたんですよ」としゃべり出すカオルに「先に朝食を召し上がってください」と無理やり食卓へ引っ張っていく。

 食卓に着いてもまだしゃべりたそうなのでパンを渡すと一口大にちぎってそのまましゃべり出した。

「毎朝とりあえずアンドレアさんに来てもらうんです」

 用も無いのに呼んでどうするのか、突然変なことをいう主人だ、とニコレッタは心の中でため息をついた。

「スープが冷めてしまうんで朝食を先にしてもらえると」

「え? あぁ、そうですね」

 言うやいなやものすごい速度で食べ始めあっという間に食べ終えた。

「用がなくてもとりあえず来てもらって用がなければ大銅貨あたりを渡してその日はおしまいにします」

 はあ、と相づちをいれる。

「ニコレッタの方で買い出しがあったり用事があればその時言いつけていろいろやってもらって大銅貨にやってもらった仕事の内容か時間で渡すんです」


 ニコレッタがこっちでは余り聞かないやり方だけど、カオルの故郷ではそういうやり方もあるのかと思っているとカオルは思いつけたことがよほどうれしかったのか「ここの仕事って1仕事いくらか素材売っていくらって感じで時間を買うっていう考え方ないじゃないですか」とよくわからないことを言っている。

 時間なんて切り取って渡せるもんじゃ無いんだから売れるわけがないと思いながら相づちを打ち、主人がそういうのであればその通りにしようと

「わかりました」と、答えておいた。

 そうすると自分の考えに悦に入っているのか主人は満足げにしていたのでわたくしの判断は間違っていなかったと思う。

「じゃあ、明日からアンドレアさんには朝来てもらうことにして、ニコレッタさんの方で用事がなければ大銅貨を渡して帰ってもらってください」

 そういうと、鐘1つ分働くと銅貨10枚で細かく時間を計る物はないから大体でいいということと、手伝ってもらったからといってニコレッタの給金が引かれるわけじゃないこと、そして、アンドレアに仕事をしてもらわなくてもニコレッタの給金が増えるわけじゃないことを伝えるとそそくさとどこかに出かけた。

 靴とローブの仮縫いはまだ先なので別の用事があるのだろうと主人を見送って鍵をかけた。


 カオルはいいことを思いついたことで胸のつかえが下りた気になって表に出てきたものの、特に行き先は決めてなかったなと黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に足を向けた。

 黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)なら用事無しに行ってもやることはいくらでもあるだろう。

 念のため手甲はつけてきているので急に仕事が降ってきても大丈夫なはずだ。

 浮かれながら歩くとあっというまに黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)がある7層目にたどり着く。

 その頃には浮かれた気持ちも落ち着いて「そんなに浮かれるほどの話だったか」と自分に問い直す程度には冷静になった。

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