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採寸をしよう

 油まみれのまま裸で突っ立っているとニコレッタが大きなタオルを持って戻ってきた。

「今お拭きしますね」

 そう言って少し硬めのタオルでごしごしと念入りにこすられ思わず悲鳴を上げる。

「刷り込むようにして拭くときれいになりますよ!」

「ならなくていいので優しく拭いてください、自分でやります!」

 あまりの痛みに龍鱗(コン・カーラ)かけたらどうなるかな。などと妄想をしながら乗り切った。


 体中真っ赤にヒリヒリするまで擦られ、やっと着替えを渡された。またワンピースか。

 いっそのこと浴衣の方が脱ぎ着し易いのに。一度リクエストしてみよう。

 厚手で柔らかい素材の部屋着のワンピースは、さらりとした感触で軽く、動きを邪魔しないため意外と快適だった。


 テーブルについて食事が運ばれてくるのを待つ。

 ズボンをはいていた感覚で適当に座るとワンピースのお尻部分がぐしゃぐしゃになって居心地が悪いのを直して座りなおした。

 蝋燭のゆらゆらとした暗い光が隙間風かなにかで揺れ、眼の前をチラチラと照らす。

 炎が揺れると黒い煙をあげ古くなった油が焦げる不快な臭いが漂い、この臭いの中では食事は難しいと判断した。

 

 食卓に臭いが残らないように玄関で蠟燭を吹き消して真っ暗になった廊下を(イ・ヘロ)を浮かべて食卓に戻る。

 足元を照らすものだと明るさが足りないので部屋全体を照らすようにもう1つ浮かべる。

「魔法の明かりにしたんですね、蝋燭代が節約できるので助かります」

「ちょっと臭かったので……」

 せっかくニコレッタが買ってきてくれたものに文句を言うようで申し訳なく思い、頭を下げた。

「謝らないでください、消耗品だからと安いのを買ってきたのはわたくしなので」

 ニコレッタが使える明かりの魔道具が必要かもしれない。

 ニコレッタの手持ちで使える物が1つ。部屋につるして使えるものが2つか? 3つもあれば大丈夫だろう。

 そんなことを考えているうちにニコレッタは配膳を終え、カートと一緒にテーブル脇に控えた。

 もうそろそろ慣れて勝手に座ってくれてもいいのだけど、これが彼女なりのけじめなのだろう。

 そして、今日も「さ、温かいうちに一緒に食事にしましょう」と声をかけるとニコレッタが一緒の席につく。

 いつもの食卓といつもの食事。

 他愛のない話をして今日は終わる。

 


 今日は魔法ギルドでローブと靴の採寸をしてもらう日。

 ニコレッタのマッサージのおかげか、昨日の疲れもすっかり取れ、勢いよくベッドから起き上がり、ニコレッタが来てくれるのを寝巻き姿のまま本を読みながら待った。

「おはようございます、カオル様」

 そう言って持ってきてくれた服は採寸がし易いよう脱ぎ着し易いよう背中を縛るタイプのワンピースだった。

 これだと誰かに締めてもらわないといけないんじゃないだろうか。

 首の後ろを触ってみると、紐を掴むことができたのできっと大丈夫だろう。


 ニコレッタが作った朝食を食べ、お茶を飲んでそのまま魔法ギルドに向かう。

 家を出てすぐの所でイレーネの背中が遠くに見えた。

 少し急いで追いつくと声をかけると私の格好をみたイレーネがニヤニヤしながら茶化してくる。


「あ、カオル、なに可愛い格好しちゃって」

「雇ったメイド? が勝手に服を買ってきて用意するから困ってるんだ」

「えー、いいじゃん。そのまま女の子になっちゃう?」

「いやだよ、早く元の体に戻りたいよ」

 女の子になっちゃうに反応して唇をちょっと突き出した自分の姿を思い出してゴロゴロと転がって叫びたい気持ちを抑えて振り払った。


「最近ギルドに来てないみたいだけど、今何してるの?」

「ここの魔法を教えてもらってたら魔法ギルドと掛け持ちになっちゃって」

「あー、ここの魔法って気持ち悪いよね。出したい量でないし、抑えたくても全部でちゃうし」

「そうなんだよね、はじめの方はみんなそんな感じで上の方に行けばましなんだよ。ギルド員にならないと教えてもらえないけどね」

「えー、そうなの? あたしも入ろうかな」

「災害を起こす魔法だって、昨日なんか大雨降らせたら水飲みに動物と魔物が集まってきちゃって大変だったよ」

「怪我はなかったの?」

「なんとかね、正直死ぬかと思ったよ。イレーネと2人だったら魔法使い放題だったんだけど、向こうの魔法止められてるじゃない?」

「ほんと、不便だよね」

 魔法の話をしながら岩山を登り、イレーネを推薦しておくよ、という話と今度加入しに行くねといって黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)の前で別れた。


 それからまた少し歩く。

 整備された石畳の道を小走りで登り、オケアノの待つ魔法ギルドの扉をくぐった。

「いらっしゃい、あ、カオルちゃん」

 知らない人に名前を呼ばれてだれだったか思い出すために考えていたら固まってしまっていた。

「あ、わたしよ、わたし」

 指輪をはめるとオケアノの姿になった。

「あ、オケアノさん、おはようございます」

 正直、驚いたが指輪の力でそういうことができるのかと納得した。

「急にごめんなさいね、うちの事情でね」

「そうなんですね、意外と若かったんですね」

「まあね」

 家庭の事情というのはわからないが、やめた理由もきっと家庭の事情なんだろう。

 奥に見えるクレフの方をみると、不機嫌そうな顔でこちらも見ずに事務仕事をしているようだ。

 まあ、事務仕事をご機嫌な表情でやる人もあまりいないだろう。


「さ、もう仕立屋さんと靴屋さんも来てるから寸法はかっちゃいましょう」

 そういうオケアノに連れられて奥の個室に案内された。

 普段は別の用途の部屋らしく、小さな机が端の方に寄せられ中央に広い空間が作られた部屋に昨日のラズと中年の男性が談笑していた。


 1人は清潔感のあるスーツとピカピカに磨き上げられた茶色の革靴、ジャケットの代わりなのか短いマントを羽織っていて妙にダンディさを感じさせる白髪交じりの男性、もう1人、ラズと呼ばれた女性は自分の技術を見せつけるためか、ブラウスに大きな精細なレースでできた襟が付いていて、厚手の生地で作られたスカートにも目一杯刺繍がされ、見た目も実際も普通に着る服よりそうとうに重いだろうということが見てとれた。


「正式に魔法ギルド員になったのでせっかくだからローブと靴をしたてることになりましてね」

「入ってすぐに仕立てる新人が来るなんてうらやましい、うちの新人なんてまだ全然仕事まかせられなくて」

「わたしの所で育てたわけじゃないからね」

「魔法使いは水さえ出せればどこにいくのも困りませんからな、うらやましいことです」

「そう思って自分の力を過信して旅に出た者が砂獣と魔力の枯渇で帰ってこれないことも多いですから悩ましいことです」

 やれやれといった風に頭を振ってみせた。

 どうやら馴染みらしいオケアノ達をみて所在なく立っていると、その様子に気づいたオケアノが思い出したように声をあげた。

「そうそう、この娘がカオルちゃん。こっちの髭のダンディがシュージさん、お針子の彼女がラズよ」

 お互い紹介してもらい、挨拶をすると早速仕立てに取りかかる。

 最初は靴。

 裸足になって椅子に座り、蝋を使って型を取ってそれを元に木型を作るんだそうだ。

 私の足に保護用に薄い布を水で濡らして貼り付ける、足首まですっぽりと覆うと四角い桶に足をいれ、溶かした蝋を流し込む。

 熱いのを我慢しなければならないと思ったが、少し熱めのお風呂くらいの温度で固まるのも思ったより時間がかからないらしい。

 その間に反対の足にも布を貼ってすぐに型取りができるよう準備する。


 待ってる間が暇だろうと気を遣ってくれたのかオケアノがお茶とお菓子を用意してくれた。

 されるがままになっているうちに足の型取りが終わり、半分に割った蝋から救出された私はそのままローブを作るための採寸に移る。

 ローブにそんなに採寸が必要なのかと思うくらい全身の寸法をとり、布と刺繍を決める。

 色サンプルとして実際の布の切れ端を見ながら流行はこの色とか説明をされるがどれもこれも暗い色で、どれを着ても同じなんじゃないの? と思っていると顔に出ているようで、段々とオケアノとラズが主導権を持ち始めて最終的には2択、多くても3択から選ぶだけになった。

 どうやら無難な暗い紺色の生地に金色の糸を使った刺繍が入るらしい。

 デザインに関して真面目に答えていたつもりだったが段々と戦力として認知されず、最終的には決まったことを承認するだけの機械に成り果てた。


 蝋を元に木型を作るために採寸も行うと、シュージが盛り上がっているオケアノ達には聞こえないくらいの声で話しかけてきた。

「つま先の形がこの辺の人と違う所を見るとずいぶん遠くから来たんですね」

「そうですね、ずいぶん遠くから来ました」

「痛みはないようですが、合わないのを体の動きで押さえているのでゆがみが出ていますね。走りやすいいい靴を作りますよ」

 そんなことまでわかるのかと思わず感嘆のため息が出た。

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