いわゆる帰還報告
オケアノと分かれて自宅に戻る。
なんだか数日ぶりにやっと帰ってきた気すらするが今朝ぶりだ。
ドアノッカーをダンダンと叩いて待つがニコレッタが出てくる気配がない、鍵も持たずに来てしまったので帰ってくるのを待つしかなさそうだ。
「そのような所にいらしても主人は留守ですし施しは致しかねますよ」
不意に声をかけられ、振り返って声の主を見る。
「まあ! カオル様! そのような格好でどうしたんですか?!」
「いや、まあ、色々ありまして」
買い物した荷物を抱えたニコレッタは慌てて家の鍵を取り出すと急いでドアを開けて主人を先に通した。
「お着替えをお持ちしますね」
キッチンに買ってきたものを置くと足早に私の着替えを取りに行ってくれ、私は歩きながらローブを脱ぎ、砂が落ちないようにまとめてから抱えて椅子に座って待った。
「魔法を覚えに行っただけなのにどうして新品のローブがボロ布になってしまうのでしょう」
着替えとともに主人を詰問するニコレッタからは高かったらしいローブがたった数時間で家を持たない貧民の服にされてしまったことに対する怒りが漏れてしまっている。
「色々あったんですよ、ほんと」
持ってきてもらった着替えを着ながら改めて色々あったと、答えた。
「自分で出した雷にでも打たれたんでしょうか」
「遠からず近からずって感じですね、ほんと大変だったんですよ。死ぬ所だったんですよ」
死ぬ、という言葉に反応して少し聞く姿勢になってくれた。
ボロボロのローブを下げて温かいお茶を入れてくれて傍らに立った。
「最初は普通に魔法を覚えていたんです、魔法ギルドに加入もしましたしね。これからは2つのギルドから仕事が舞い込むことになって自分でスケジュールを調整しないといけないんですよ」とため息を付いた。
「よくわかりませんが大変なんでしょうか、忙しいのは良いことだと思いますが」
「きっと見せてあげられますよ」
「どうしてそんなに得意げなのでしょうか」
フフ、と微笑むと続きを語る。
「大雨を降らせる魔法を使ったら水を飲むためにこの辺の動物やら魔物が集まってきちゃって隠れてやり過ごそうと思ったんだけど、大怪鳥まで来ちゃって」
「まあ! 大怪鳥だなんて恐ろしい、どうにかして逃げてくる最中にボロボロになってしまったということでしょうか」
「ところが魔法ギルドの試験官というか、一緒にいったオケアノさんはそんなに早く逃げられないし、逃げた先の街で人が襲われたら大変なことになるから逃げられないというのです」
「そうですね、その様な事態になってしまったら生き延びても死罪は免れないと思います」
「それなら死ぬか戦うかしかないじゃないですか。私は覚悟を決めて避難していた小屋から飛び出て大怪鳥と対峙するわけです」
椅子に座った私の肩に置いたニコレッタの手にぎゅっと力が入る。
「──そうだったんですね」
「そういうわけで大怪鳥の魔石の売却でローブとセットのブーツを仕立てる事になりました」
カオルに仕えてしばらく経ったが機嫌を損ねた程度で解雇する人ではないとわかりつつどうしても不安に駆られたニコレッタは思わず謝罪を口にする。
「ローブが正装だと知っていたらご用意することはなかったのですが、無知ゆえの差し出口もうしわけありません」
「お互い知らなかったのでしょうがなかったですよ、大怪鳥出るだなんて思っても見ませんでしたしね」
やっぱりこの主人は簡単に解雇をするような人でなくてよかった。そう胸をなでおろした。
「そう言っていただけるとありがたいです」
やたらと謝られることにむず痒くなって照れ隠しに頭をかこうと手櫛をいれると砂にまみれたごわついた感触があった。
「お土産で肉でも持って帰ってこれればよかったんですけどね」
「肉は捨ててきたのですか?」
「炎で倒したので血抜きは無理ですしね、きっと血生臭くて美味しくないですよ」
雷で打たれた後で全身を焼いてしまったのだから、と付け加える。
「一度食べてみたかったのに残念です」
「どんな味がするんでしょうね」
「高いのですからきっとおいしいのでしょう。下げ渡す主人に仕えたことがないのでわかりませんが」
触感も味も匂いもわからないので特にいうことがなくなってしまった。
なにかあるかな、と頭に手をやった所でさっきの汚れた髪の感触を思い出してシャワーを浴びることにした。
「夕飯の前にシャワーを浴びることにします」
「わかりました。着替えを用意して置きます」
「着たばかりなので今着てるので大丈夫ですよ」
「いけません! せっかく洗ったのに汚れた砂がついてしまいます!」
横着をしようとしたら怒られてしまった。
今着ている物を脱いでカゴに入れ、石鹸を持って浴室に入る。
いつのまに買ってきたのか知らないが木の椅子が置いてあり、どうやらそれに座って体を洗うようだ。
立ったまま目を瞑って水を操って頭を洗濯する様に洗うには少々危険だと思っていたのでありがたい。
温くした水に頭を入れてぐるぐると回しながら手櫛で汚れを落としてから石鹸をつける。
それでも落ちきれない汚れのせいで泡立つまで時間がかかった。
体の方も落としてきたつもりだったのだけど、背中や腕、腿の裏にザリっとした砂の感触があった。
ボディブラシに石鹸をこすりつけて十分に泡立ててからガシガシと擦る。
なんの動物の毛かは分からないが妙に硬くて動かすたびに突き刺さるんじゃないかというくらいチクチクする。
毛が刺さる痛みに足をバタバタさせながら急いで洗って頭から水を被り泡を流して熱風で水分を飛ばして浴室から出た。
石鹸で洗ったせいで顔とか足の皮膚がひび割れるんじゃないかというくらい突っ張ってしまったがそういうものだからしょうがない。
出しておいてくれた着替えを着ると見たことがないワンピースだった。
裸で歩き回るわけにもいかないのでしょうがなく着る。
ニコレッタには女っぽい恰好は好きじゃないといわなくては。
「よくお似合いです。肌のお手入れをしましょう」
文句を言おうと出た瞬間にニコレッタが褒めたので気勢が削がれ、ああ、うんと答えると、そのまま寝室に連れて行かれ着たばかりのワンピースを脱がされた。
「ちょちょちょ、待って待って」
「さ、ベッドに横になってくださいな」
勢いに押されてされるがままにベッドにうつ伏せにされた。
「そういうの無くても大丈夫ですよ」
「いいえ! 香油でマッサージしないと肌が荒れてしまいます! 得意ですからおまかせください!」
「そういうことじゃなくて」
「使いすぎて足の筋肉が固くなってますよ!」
「いだだだだだ」
「流石に体が引き締まってますね! ここくすぐったいですか?」
「ヒ、ヒィ、わかってて触るのやめて。ヒャッ、やめてよ」
「さ、後ろは終わりました。仰向けになってください」
さらりと、当たり前のことをいうようにニコレッタは私の体をひっくり返そうと肩と腰の下に手を滑らせた。
「それはちょっと恥ずかしいというか」
「大丈夫ですよ、カオル様の体はどこに出しても恥ずかしくないいい体してますから磨き上げましょう」
「そういうことじゃなくてですね」
しばらく抵抗してみたが1回分しか香油は買ってこなかったから使い切りたいと押し切られ大変恥ずかしい思いをさせられて「なるべく手早く」と「あっちこっち変な触り方しないで」と文句を言い続けなんとか香油マッサージを終えたのだった。
油がついたシーツをまとめながらニコレッタが改めて文句をいう。
「抵抗するから時間かかっちゃいましたね!」
「恥ずかしいものは恥ずかしいですからね」
「美しさを保つためには色々やらなくちゃいけないんですよ?」
そういうとパタパタと楽しそうな足音をさせて夕飯の用意に向かった。
ニコレッタの後ろ姿を見送って、体中香油でベトベトにされてしまって、たしかに突っ張るのは収まったが本当にこれを風呂上がりにやる意味があったのか疑問しか残らず、なんとしてでも2度とやってもらうまいと心に誓った。