オケアノの決意
オケアノは本来数人で取り掛かってなおけが人が出る大怪鳥をたった1人で封じて見せた大人と呼ばれるようになったばかりに見える少女に、自分の持つ魔法の知識をすべて与えてどんな魔法使いになるか見てみたい衝動に駆られるが、まだ早いと自分の考えをかき消した。
まずはバドーリャの魔法を伝えるのだ。故郷の魔法を伝えるかはそれから決めよう。
魔石を渡そうとカオルの元に向かうと、カオルは慌てて立ち上がって砂や大怪鳥の体液で汚れた手を水で洗ってあげた。
「水を浮かせられるのって便利ね」
「意識したことないですが、たしかに出した瞬間に落ちてしまうんだと不便ですね」
「同じ魔法なら大丈夫かしら? 水」
オケアノがそう言って唱えたコップ1杯にも満たない水の塊は宙に現れた瞬間ぱしゃりと地面に落ちた。
「浮きませんね」「浮かないわね、しかも量が少ないわ」
やはり魔力を操る訓練をしないと必要な量の魔力を思ったとおりに動かせないのだろうか。と、カオルは考えた。
唱えれば決まった動作をするここの魔法を知れば知るほど、魔力を操作して自由に調整が聞くファラスの魔法を使うための魔力の操作、これが一番秘伝になりそうなので迂闊に教えられないな、と足元の水を見て思った。
乾かすために岩の上に置いておいたボロボロのローブを着ると、カオルとオケアノはバドーリャへと帰宅の途につく。
日はまだてっぺんを過ぎてまだ傾くには早い時間、余裕があればもう1つくらいは魔法を覚えて帰りたかったのだけれど、どちらからともなく帰り支度をして街の方向に歩き出した。
オケアノのすばやさ向上に合わせてカオルも自分で使い、小走りで向かう。
その道すがらオケアノが口を開いた。
「あの大怪鳥の魔石、買い取らせてもらっていいかしら」
「特に使う用事はないのでいいですが」
「明日からきっと見回りの仕事が増える関係でカオルちゃんの面倒にならないように出処はなるべく秘密にするから」
主に自分の秘密が多いのだけど、お互いいろんなことを秘密にしてる気がするなぁと苦笑いで返す。
オケアノはそれを肯定と受け取ったようで「ありがと」と魔石を入れたリュックをさすりながら答えた。
しばらくすると、オケアノが何かを思い出した様でぽん、と手を叩いた。
「魔法使いの正装をするなら靴も必要ね、ローブと一緒に仕立てられるようにしてあげるから明日いらっしゃいな。魔石の買い取りと一緒に済ませちゃいましょう」
「その魔石はどのくらいの価値があるものなんですかね」
「魔石だけで金貨1枚は硬い感じなのだけど、肉とか持って帰ってこれなかったのが残念よね、でもローブと靴の仕立て代には十分お釣りがくるわよ」
そう言って魔石が入ったリュックを持ち上げてみせた。
魔法を覚えるために金貨10枚近く使ってしまい、手元にお金が無くなってきたというわけではないのだけど、不安を覚える金遣いの荒さだったのでありがたい。
少し走り2人は街の入口の下町の辺りまで来ると魔法を解いて徒歩になった。
ぶつかるほどの込み具合ではないので並んで歩きながらオケアノが食べたことがないという串焼きの肉を買って食べながら歩く。
焼く時に金属の串に刺して焼き、注文が入ると串を抜いて笹に似た葉を皿に乗せて提供されているので手は汚れるしどうにかならないかと思っている部分ではある。
「臭いし味も塩だけで、ぶにゅっとしててあんまり美味しくないのに癖になる味ね」
店の人の前でいうのは止めていただきたい、そう思いながら別の肉を買って笹の葉皿をオケアノに渡した。
「こっちは臭みはないけど硬いわね。さっきのより美味しいわ。あの人がいるとこういうものが食べられなくて」
子供の様に肉汁がついた手をぺろりと舐め感想を言った。
オケアノは下町の食べ物に対する忌避感はあまりないらしく、次々と串焼きを買っては食べ、岩山の辺りに来るまで10皿近く食べたんじゃなかろうか。
「なんか意外ですね、岩山の上の方の人なのに」
「わたし生まれは海を越えたエーディーンっていう所から来たの。だから旅もしたし、食べられないことだってあったからなんでも食べられるけど、あの人はここで生まれてずっと岩山の上の人だからね」
オケアノは「外から来たあーいう魔法使いの相手は得意だろう?」と不機嫌そうに交代を言いつけたクリフの姿を思い出し、おかげでこんなにおもしろい出会いがあった。といつもすまし顔の夫に心の中で嫌味を言ってやった。
カオルの家は岩山に登り始めてすぐの所で、オケアノにペコペコしながら「家、ここなので」と言って1軒の家に向かっていった。
カオルと別れたオケアノは下の方の家賃はいくらなんだろうと考えながら岩山に作られた道を歩き、馴染みの仕立て屋さんに手を振ると帰るところだった服飾師ギルドに勤めるラズが出てきたので一緒に帰る。
ラズはわたしがここに来てからの付き合いなのでかれこれ13、4年位。
赤毛と髪の毛に合わせた様に赤い瞳と彼女の悩みでもある童顔で若く見られるという顔立ちは出会った頃からずっと彼女の活発で元気な印象を抱かせた。
たしか、3つ年上で確か今年で35になるはず。
「魔法ギルドにすごい新人が入ったの。明日、急で悪いんだけどローブのオーダーメイドをお願いしたいんだけど」と伝えると二つ返事で了承された。
「そんな新人に使う生地はやっぱり結構いい布を使った方がいいのよね」
「割と上等な生地がいいかしらね」
「最高級じゃなくていいから少し丈夫で長く使える感じでいくつか持ってきてくれるといいかな?」
「レースに使うのは金糸と銀糸に生地に合わせてもっていくね」
「いつもありがとう」
長い付き合いのラズはいちいちそんなこと言わなくてもいいと言うけど、わたしが辛いときに一番支えてくれたのは彼女だ、友達であり仕事仲間でもある彼女には最低限礼は尽くしたい。
思い出して指輪を外す。
瞬間、わたしの姿は老婆の姿から本来の年齢相応の姿に戻る。
「魔道具だってわかってても不思議なものね」
特殊な認識阻害の紋様を組み込んだ指輪は、わたしをクレフと同じくらいの年齢の老婆に偽装させる。
最初のうちは若い嫁さんをもらって他の男に取られないか心配なんだよ、なんて言われてそうなのかな? いい年して嫉妬しちゃってと少しは可愛げがあると思っていたのだけれど、長く付き合ってみるとそう揶揄されること自体が面倒でプライドが許さないというだけで、わたしのことなんかなんとも思ってはいないのだ。
結婚の話が来たのも『ハンターやってる魔法使いの魔力量がハンターやらせておくには惜しいくらい多い』という噂を聞いた当時の魔法ギルドの世話係が42と19なら丁度いいだろうなんて言って。
偉い人がたくさん来て自分がどうされてしまうのかわからないまま流されていたらあれよあれよと話が進んで断るに断れない所まで来てしまったのだ。
せめて男親同士が話し合って決めたというのならそういうものだからしょうがないと思えるのだけど。
結婚してから何度同じことを思い返したかわからないが逃げて別の街に行ってもよかったし、きちんと断れたら断れていたはずだったのだ。
ずっと過去の自分を責めて、ため息を付いて、しょうがないんだと思っていたのだけど、カオルという少女に出会ってなぜだか過去に囚われていてもしょうがない事に気づかされた。
「ラズ、わたし、離婚する!」
「えぇ?! 急に?!」
「なんか自由になろうと思って。思っちゃって」
「ずっとつまらない人生だって言ってたもんね。決心したんだったら応援するよ!」
「ありがとう!」
わたしの手を取って、まるで少女のように大げさにぴょんぴょんと跳ねて元気づけようとしてくれる。
外した魔道具の指輪はポケットにしまって道の端でいつも通りしばらくラズとおしゃべりをしてから、これからもよろしくね、とハグをして別れる。
「やっぱりオケアノはこっちの方が良いよ」
そう言ってくれたラズのためにも自分の人生を取り戻そう。
魔道具をつけて年老いた姿をしていたために心も一緒に老いてしまっていたのか、本来の自分の動きもなくしてしまっていたようで、元の自分に戻って歩いてみるとまるで足に羽が生えているようだった。
これからはもう我慢しないで好きな服だって着るし、食べたい物だって食べるんだ。
帰ると家にはメイドしかおらず肩透かしを食らった気になったがまだ日が高いのだからいないのが当たり前といえば当たり前か、と思い直した。
わたしの心を縛っていた指輪をテーブルに置いて夫の帰りを待った。