新たな魔法と新たな魔物
「大空の支配者たる我が名によって命ずる! 我が眷属よ静謐たれ! 災よ去れ!」
オケアノの大豪雨に私の災よ去れをぶつける。
自分の大豪雨にぶつけた時とは異なる反応を見せ、ぱっと四散していた黒雲はオケアノの言う通り私の魔法に抵抗してみせる。
押し返される感触を手に感じて大豪雨の奥から引き裂くように力を込めた。
「真正面からはぶつからずに相手の弱点を探すタイプなのね。そこを埋めると……、あら、自分に自信がないのかしら。挑発には乗らないけどかと言って隙に向かって攻め込むこともしないのね。慎重なのか余裕があるからなのかしら」
オケアノが私の災よ去れの運用から性格診断をする言葉が小声で私の耳に届いた。
性格診断が当たってるとは思わないが恥ずかしいのでやめてくれと思いながらしょうがなく正面から魔力をぶつけて大豪雨を霧散させた。
「本気でやったほうが早いでしょう?」
「確かにそうですが……」
「わかったと思うけれども、弱点を探って霧散させるのは魔力消費が少なくていいんだけど、余裕があるなら一気に押し切ってしまったほうが被害が少なくて済むから全力でね」
それだけを言うために恥ずかしい思いをさせられたのか。
「それなら、そう言ってくれれば」
「わかってくれる子とわからない子がいるからそこはやっぱりね」
ちょっと困った笑顔で言葉を濁すオケアノを見るとそれ以上文句をいう気も薄れてしまう。
そう言われてしまうとたしかにそうだなぁと思う。
「わかってもらえたようでうれしいわ。さて、大豪雨は覚えたみたいだし、災よ去れはまだこれからも使うし、今日の所はわたし疲れちゃったから帰りましょうか」
「そうですね」
そう答えてローブの裾を持ち上げ、濡れた裾が足にびちゃり! と張り付く気持ち悪さを味わう。
「ローブだとそうよね……」
気の毒そうに私の足元を見るオケアノの表情と、このまま裾を持ち上げて全力ダッシュをしなくてはいけないということにげんなりとする。
ケェー!
遠くから鳥とも動物ともしれない鳴き声が聞こえた。
帰る時間かな? とのんきに考えているとオケアノの顔色が目に見えてさあっと青くなった。
オケアノにはこの声の主に心当たりがあった。滅多に会うことはなく、できれば会わずに過ごしたい相手。
その様子をみて訝しげに声をかける。
「どうしたんですか」
「ひとまず小屋に隠れましょう、なるべく音は立てないでね。さ、早く早く」
オケアノは大急ぎて小屋へと戻り、急かされてなるべく足音を立てないようにしながら小屋に向かった。
オケアノはしいっと人差し指を立てしゃべらないように指示をすると、リュックから紙片をまとめた物を取り出し、鉛筆でなにか書き始めた。
『あれは大怪鳥の鳴き声』
そう書いて私の顔を見るので知らないというつもりで首を振った。
『大怪鳥は家より大きく素早く走る大型の魔物』
『耳は良いけど、臭いにはあまり反応しない』
『嘴は石化の呪い、爪は衰弱する毒を持っていて、尾は蛇の頭』
特徴を短く記していく文字を目だけで追う。
毒と大きさ以外は想像通りのコカトリスだと思う。
問題は武器はもっておらず、私とオケアノだけで、私は水を吸ったローブ、オケアノは動きやすいだけの服のみ。
氷結の蔦なんかを使えればいいのだけど、向こうの魔法は使うなと言われているのでオケアノの前ではギリギリまで我慢したい。
ここで息を潜めていたらどこかに行ってくれればいいんだが……。
ケェケェと鳴く声がだんだんと近くなってきている。
『水は貴重だから色々な動物が飲みに来ちゃうのよね』
のんきにオケアノがそんなことを紙切れに書いた。
芯を細い竹で挟んだ鉛筆を借りて書いた。
『それなのに武器の一つもないってどういうことですか』
『魔法使いは武器を持って戦うものじゃないわ』
そういうものだと言われてしまえばそれ以上いうこともなく、魔法使いとはこうあるべきだ、なんていう議論も土地が変わればあり方も変わるであろうことは想像に難くなく。
完全に論破された私はがっくりと項垂れて、息を潜める以外に今できることを探す。
しばらくすると大豪雨で降らせた水を飲みに色々な動物の声が聞こえるようになった。
唸り声や暴れまわる音が聞こえ、どこかにいなくなってくれと祈る。
オケアノも拳を胸に抱いて青白い顔で息を止める勢いで固まっている。
このままでは話もできないと地霊操作で入り口を土壁で埋めた。
明り取りの小さい窓だけでも心細いので木の板の扉を下ろして潜むことにする。
光、小さな明かりを宙に浮かべ、で筆記に不自由をしない程度に明るくして、鉛筆で紙切れに『大丈夫ですか?』と書くと細かく何度も頷いて大丈夫だと伝えるがそうは見えない。
外からの唸り声は本気の喧嘩の声になり、ぎゃあぎゃあと騒がしくなった。
声の大きさからして大型の獣とそれより小さい複数の獣が縄張り争いをしているようだ。
「大丈夫よ」
よろよろと机に寄り掛かるようにしてなんとか姿勢を保ってオケアノが言った。
「大丈夫、外がうるさいから小声なら聞こえないわ、入り口も塞いでもらったし」
オケアノが私を安心させようとしたか、自分に言い聞かせるか、そんな口調で呟いた。
「騒いでたら大怪鳥が寄ってこないとかないですかね」
「大怪鳥はこの辺の動物の上位にいる捕食者で弱い者いじめが好きなものだから大喜びでやってくるわ、それにしても他所の魔法は秘密のはずなのにごめんなさいね」
オケアノは脳裏に石化させた獲物を足で踏みつけてバラバラに壊して歓喜の声を上げる大怪鳥を想像しさっき食べたものが胃をぎゅっと締め付ける痛みを感じ、カオルはぎゃあぎゃあと喧嘩をする声を聞きながら大怪鳥がどれだけ恐ろしいものなのか想像したが石化させるだけの大きい鳥というだけならどうにかならないかと実態もわからず想像を巡らせた。
息を潜めて小屋の中で数分、外の争いが収まってきてもう大丈夫かと外を覗きたい好奇心に駆られた頃、一際大きな叫び声とその声に驚いて逃げていく悲鳴、威嚇する声が響いた。
テーブルにおいた手にオケアノが手を重ね動かないようにかギュッと私の手を握った。
「身体強化をかけて一緒に街まで逃げることは可能ですか」
「無理ね、あなたは逃げ切れてもわたしは無理よ。街まで逃げ切れたとしても街に大怪鳥を連れてきたら結果的に倒せてもただじゃ済まないわ」
「死ぬか倒すしかないってことですか?!」
「連れて帰れば下町のほとんどは石化した死体だらけ、街から引き剥がして逃げ切るか逃げ切れず死ぬか、倒すしかないのよ」
「魔法は?」
「ちゃんと通じるわ、当たれば」
そう言ってため息を付いた。ここの魔法使い勝手悪いからなあ……。
武器になりそうなものは、と見回すが何度見てもないものはない。
せめていい感じの木の棒でもあれば。
外の声が収まり始めてきたのでオケアノは再び筆談を始めた。
『身体強化した貴女が逃げ回りながら、わたしが魔法攻撃をします』
武器がないので脅威度が低い私と、魔法攻撃で脅威度が高く見えるオケアノではどちらを先に仕留めにくるか考えなくてもわかる。
『しかしそれでは』
そう書いた所でオケアノが私の手を握って首を振った。
あなたが狙われてしまいますと書こうとしたが、改めて書き始める。
『きちんと2人で生き残りましょう。私が前衛をします、武器になるものを探すので時間ください』
そう書くとオケアノは私の手をじっと見つめて思い詰めるような表情で考え込んだ。
『貴女には大きく負担をかけてしまいますがよろしくおねがいします』
震える手でそう書いてオケアノは大きく頭を下げた。
私は頷くとファラスの身体強化をかけ、少しでも狙われないようイリュージョンボディをオケアノにかけてあげた。
口に人差し指を当て「これもないしょでおねがいします」と口の形だけで伝えた。
それをみたオケアノはちょっとだけ微笑むと私の手を取って小さな声で囁いた。
「体を鋼とし剣を持て」
なにかの強化が私の体にかかったのはわかったがそれがなにかはわからない。
オケアノをみると人差し指を口に当ててからペンを取った。
『わたしの育った所の魔法で手刀を刃とする魔法です』
外からは喧騒がおさまり、水たまりをなにかが歩く音とクゥと小さく鳴き声が聞こえ、硬いものが砕ける音が聞こえた。
『あと1つ教えたかったけど時間切れね』
小屋の周りを大きな足音がぐるぐると歩き回る音がする。
いよいよ、この小屋に目を付けたようだ。
小屋の入り口は塞いでしまったのであるのは大怪鳥の頭も入らないような明り取りの小さな窓が入り口の反対側に1つだけ、それも板が下がっているので持ち上げないと中は見えない。
屋根を啄いているのかコツコツと聞こえ、蹴破るつもりか丈夫さを確かめているのか、軽く揺れるくらいの強さで壁に爪を立ててガリガリとひっかく音がした。