大魔法を使おう
「あなた、魔法ギルドに入らないかしら?」
パタンと本を閉じると唐突にオケアノが口を開いた。
そういうこともあるだろうと事前に話をしていたお陰でスムーズに話を進められる。
これで断られてもこちらは譲歩したことになるので角も立たないと思いながら回答を口にする。
「黄金の夜明け団は辞める気ないのですが」
「掛け持ちでもいいのよ? 負担金が半分になるのはもちろんだけど、分前も半分ずつになるから嫌がるかなって思ったのだけど」
「掛け持ちならいいとは言われています」
「そう? 話が早くて助かるわ」
あっさりと掛け持ちを受け入れ、機嫌良さそうに小屋の隅にあるテーブルにおいたリュックの口を開けて手招きをした。
「掛け持ちで良いんですか?」
「本当は独占したいんだけど、仲良しを別々にしちゃうのも気が引けるし」
「そうしていただけるとありがたいです」
「これで最初に教えられる9段階目までの魔法はすべて修めました。その証としてこの魔除けを授与します」
「はあ、ありがとうございます」
金色の二重丸に紐がついたものを私の手に乗せ、リュックを漁り次に放射状にトゲトゲが伸びたネックレスのようなものを取り出した。
「そしてこれがギルド員の証よ、このトゲトゲが魔法をイメージしているんですって。それで魔除けと組み合わせて1つに……あら、硬いわね……! これでよし」
パチン! と音をさせて組み合わせた2つのネックレスは、ネックレスというには重く大きいものだった。
手の上でずしりと意味のない重さが手のひらにのしかかる。
「ギルドに来る時は付けて来てね、あんまり来ることもないかもしれないけど」
そう言いながら目が笑っているところを見ると、まだなにかありそうだ。
「さて、快く正式に魔法ギルドに入っていただけたということで」
「快く……?」
私の心から溢れたつぶやきは彼女には聞こえなかったようだ。
「さて、魔術ギルド員が9段階目までの魔法を修めた場合、どうなると思う?」
「え? 名誉会員とか?」
「……だれがそんなものになりたがるのよ、それとも黄金の夜明け団は名誉職があるのかしら」
一瞬、何が起こったかわからない表情を浮かべたが、ずいぶん馬鹿らしいことを言ったらしく半笑いで言った。
「ないです、ないです」
「そうよね、答えは10段階目の魔法がでてくる、でしたー」
「えぇー」
まあ、そうだよね。という気持ちとまたお金払うのかという気持ちがないまぜになって押し寄せる。
「今日覚えていくわよね? あ、お腹すいたでしょ?」
リュックからサンドイッチを取り出して薄汚れたテーブルの上に直に置いた。
「えぇ? あ、はい」
どっちに対しての返事をしたらいいかわからないが、テーブルへ直に置いたサンドイッチはあまり食べたくないと思いながら金貨1枚を渡す。
まるで私がサンドイッチの対価が金貨1枚であるかのようにオケアノが金貨を受け取りサンドイッチを1つこちらに渡してくれた。
今思えばここに来る前のファラスは古いながらも清潔だった。
向こうにいても、こっちに召喚されても特に意識することなく暮らしてこれていたが、バドーリャに来てからはいちいちギョッとしてしまう。
バドーリャでは多少腐ってても当たり前の様に食卓に並べ、当たったら運が悪かったねといって笑うのだ。
見た目でわかるくらい傷んでる場合は、パンを多めに食べると悪いものを押し流して当たりづらくなるという迷信からパンを無理に詰め込んで食べるのだと聞いた。
うちではニコレッタがきちんとしてくれているお陰で変なものを食べずに済んでいることを思うといくら感謝してもしたりないくらいだ。
「最初はなにがいいかしらねー」
持ってきたサンドイッチを頬張りながら頬に手を当ててしばらく考え込む。
変な臭いと酸味を覚悟して私も恐る恐る口に運ぶ。
全然そんなことはなく、柔らかいパンとハーブの香りがするソースが塗られた鳥肉が新鮮さを主張するようにいい歯ごたえで噛み切れた。
「美味しいですね」
「今日はうちのコックの腕によりをかけてもらったの。やっぱり楽しくお話するなら美味しいものが一緒じゃないとね、カオルちゃんのコックさんとどっちが美味しいかしら?」
「うちのニコレッタはまだ若いし、来たばかりで勉強中なんですよ」
きっとこれは招待しろか作ってもってこいという意図なのかなと思ってやんわりお断りをさせていただく。
「きっと美味しいものを食べてると思ったんだけど残念ねぇ」
「逆に簡単につくれる料理とかあったりしますか」
「わたし料理とかしないから~。だって手汚れちゃうしわたしの仕事じゃないものね」
「使用人を連れて歩けたら私も料理とか覚えなくて済むのですけどね」
「そうよねー、あ、そうそう何覚えましょうか」
「私はなんでもいいんですが……」
「そうね、大豪雨とか大嵐辺りでどうかしら。この辺りは雨も少ないし」
「豪雨と嵐ってどんな基準なんですか!?」
「だって、焔の竜巻を呼ぶ魔法とか、大地を割るとか、辺り一帯を凍りつかせるとか物騒な魔法よりいいじゃない?」
両手を使って竜巻やら地割れのジェスチャーをしながら10段階目の魔法を説明してくれた。
「そんな魔法しかないんですか」
「10段階目の魔法は災害を起こす魔法なのよ、でも乾燥しがちな地域だから豪雨とはいえ雨を降らせるのはすごくよろこばれるのよ」
「じゃあ、それでお願いできますか」
「はあい。じゃあ早速覚えましょうか」
ニコニコと笑いながら魔法メニューが書かれた紙をくるくると巻いてリュックにしまった。
帰り支度をするオケアノを見守る。
立ち上がって砂ホコリをぽんぽんと払って私の方に背中を向けた。
「払っていただけるかしら」
そういうオケアノのお尻を無言で払ってあげた。
人を使うことに慣れている人は自然と人を使い、人に使われることに慣れている人は自然と人に使われる。
そう思うと少し悲しい気がするが持って生まれたものとして染み付いてしまったのだからしょうがない。
オケアノは小屋からでてぐいっと背伸びをすると何を覚えてもらうか思いついたようで明るい顔で言った。
「じゃあ、大豪雨にしましょうか。水はいくらあっても困らないものね」
本当にそうだろうか? とは思ったが口に出さずに教えてもらうことにした。
「長いから頑張って覚えてね」
晴れた荒野のど真ん中で太陽に向かったオケアノはそう前置きをすると詠唱を開始する。
大空を司る我が名によって命ずる! 空駆ける風よ、我が前に来たれリ! 降り注ぐ雨を生み出す雨雲よ、命を育む慈しみの雫よ、大いなる流れよ!
我が魔力を糧に育てよ黒雲、不浄を流せ! 我が魔力を求めよ飃風! 大豪雨!
詠唱をすすめるに従いだんだんと雲が生まれ、厚くなり日の光を遮って薄暗くなっていき、詠唱を完結させるとぽつぽつと大粒の雨粒が落ちてきたと思うと、あっというまに土砂降りになった。
少し離れると雨で煙り遠くが見通せないほどの豪雨が土と砂の大地に叩きつけられる。
ずぶ濡れのオケアノがなにかを叫んでいるが雨音にかき消されて何を言っているかわからないので近くに寄ってみると自慢していただけだった。
「このままだと大変なことになるから打ち消す魔法も覚えてね」
万物を司る我が名によって命ずる! 我が眷属よ静謐たれ 災よ去れ
大豪雨の雨雲はあっというまに四散し元の青空が広がる光景があまりにも、散々魔法を見てきた経験からしても現実離れをしているように感じて口をぽかんと開けたまま、言葉が出てこなかった。
「大豪雨が自分の魔力でできたものだったからあっさり消えたけど、抵抗されたりすると中々打ち消せないからえいやっと力を入れて打ち消すのよ」
「そういうもんですか」
「そうね、あとでやってみましょうか」
余計な作業が1つ増えてしまった。
覚えるために大豪雨で雨を降らせては災よ去れで打ち消すのを繰り返したせいで地面は泥濘んでどろどろになってしまい、跳ねた水と泥を浴びたローブは水分を含んで私の足にまとまりついて冷たくて気持ち悪い。
「いいわぁ~、あなたやっぱりすごくいい! もう覚えたかしら?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
「じゃあ、最後にわたしの大豪雨を災よ去れで打ち消してみてね」
わたしの返事を待たずに土砂降りを降らせ、災よ去れの使用を促した。