防御魔法の効果は自分の身で
「こっちの仕事をするだけで向こうも我がギルドのメンバーが10体の砂狼を討伐しました! と言えるから何もしなくても評判が上がると思えば売れるだけ恩を売っておけと思わなくもないのは正直なところだ」
フェルミンが私の顔をみてニヤリとした。
「売れそうなら売っておきますよ」
思わずがくりとうなだれた。
そうこうしているうちにフェルミンの家がある層まで降りてくると、別れ際に「頼んだぞ」と声をかけられた。
関わる人を増やすと面倒も一緒に増える。
そう思ってため息をつきながら帰路についた。
「ただいまー」
「おかえりなさいませ」
帰宅を笑顔で迎えてくれたニコレッタに軽く癒やされ、着替えてくると言って自室に戻った。
家で迎えてくれる人がいるというのはなんだかいいことだと思う。まだ何日も経ってないけれど。
着替えてまだニコレッタに呼ばれるまで時間がありそうだと、本でも読もうと椅子に座ると、ちょっと体が重く感じる。
思ったより魔力を使っていたようで少し眠気を覚えつつ、本を開いた。
少しずつ読み進めるが目がちかちかして読み進めることができなくなり、天井を仰いで目頭を押さえた。
眠気はあるけどそこまで眠いわけでもなく、かと言って何かするほど元気があるわけでもない。
何をする気にもならずにだらだらと過ごし、ニコレッタが来てくれるのを待った。
結局椅子に座ったまま寝入ってしまい、ニコレッタに揺さぶられて起きた。
「お食事を……」
「あっ、はい」
口から垂れたよだれを袖で拭ってダイニングテーブルにつく。
ニコレッタに気にせず一緒に食事をしてくれていいとは言うのだけれども、どうしても当たり前の顔をして主人と一緒に食事を取るというのは恐れ多いというので、毎度「一緒に食べましょう」と誘っている。
基本的に料理の味について以外の話題はないのだけれど、しばらくして酒を出してもらって飲みながら食べているとつい、お互い口も滑らかになり、今日の出来事を話たりする。
魔術ギルドに勧誘された話を聞いたニコレッタは、この主人は当たりだ! と確信し、表情に出さないように気をつけながらテーブルの下で拳を握った。が、口元の緩みはどうしても隠せず「優秀な主人に使えることができて嬉しいです」とお世辞で誤魔化した。
次の日も魔法の習得。
氷狼の牙と厳つ霊の詠唱を教えてもらって、使ってみる。
数多の眷属を統べる凍てつく牙を持つ冬の王! 汝が眷属に大いなる御身の力を賜らん!
捧げし魔力を牙と変え、我らが怨敵へ氷の粛清を! 氷狼の牙
氷狼の牙は他の牙の呪文と同じく氷の上あごを叩きつける。
使用者の介入する余地はないと思っていたけど、叩きつける距離くらいは変えられるようだ。
とは言っても狭い室内、眼の前に落とすかちょっと向こうに落とすかくらいの違いしかないのだけど、どこまで遠くの的を狙えるか今度試してみたい。
こうして色々覚えてみると、王とか主とか出てくるが、実際にいるのだろうか。
厳つ霊はちょっと特殊なもので、街から出る必要があるのでまた明日、と言われてしまい今日覚えられる魔法はなくなってしまった、とがっかりしていたら
「どうせすぐ覚えて9段階目にいくんでしょ?」とのことで9段階目、3つ目の身体強化を教えてくれることになった。
「身体強化だけは詠唱要らないの不思議よね」
「たしかにそうですね」
「筋力向上(大)」と「|防御力向上(大)《ダイアモンドプロテクション》」を使った。
その名付けのセンスはどうなのかと思ったが、この魔法を作った人のネタ切れだろうか。
ということは実際に主だの王だのは存在しないのかもしれない。
「これを使えばわたしみたいなおばあちゃんでもこのくらいはできるようになるの、ちょっとまってね」
部屋をでてしばらくするとツーハンデッドソードを持って帰ってきた。
「筋力向上(大)を使わないとここまで持ってこれなくて」
ニコニコしながら剣を振り回してみせた。
ローブ姿の老婆がニコニコしながら背と変わらないくらいの大きさの剣を軽々と扱う異常な光景に思わずちょっと笑ってしまい、まあ!笑うなんて! と、ちょっと怒られてしまった。
「すみません。そうですよね、魔法使いですからそれくらいできますよね」
「あなたもこれからやるのよ」
言うやいなや振り回していた剣を右手で片手持ちをして、自分の左腕にぶつけた。
がいん! と音がしてとても軽いとは言えないツーハンデッドソードが弾かれる。
「これをやるときはいつも緊張するのよ、失敗したら神殿にいかないといけないから」
「大丈夫だと思ってても心臓に悪いです!」
思わずつっこんでしまうとオケアノはカラカラと笑いながら
「あなたでもそんな顔するのね、涼しい顔以外の表情が見られてよかったわ。さ、あなたもやってみて」
ツーハンデッドソードを受け取り筋力向上(大)を使う。
強めにかけた身体強化くらいか。
「|防御力向上(大)《ダイアモンドプロテクション》!」
魔法を使うことに慣れてしまっていたので、筋力向上(大)と|防御力向上(大)《ダイアモンドプロテクション》のお陰で久々に恥ずかしいという感覚を思い出した。
「さ、剣で防御力を確かめられたら終了よ。怪我をしたら神殿への寄付は魔法ギルドが払うから安心して」
怪我って切断じゃないか。と思いながらはい、と返事をして手首の回転でくるりと回して前腕部に刃を落とした。
オケアノと同じようにがいん! と見えない鎧に阻まれて軽い衝撃のみを腕に伝えた。
「今日もすばらしいわね、じゃあ、明日は街からでて、南に、そうね……1時間くらい言った所に魔法ギルドの外の訓練施設があるの。小屋も建ってるし行けばわかると思うわ」
カウンターで簡単な地図を書いてもらってオケアノのサインを入れてもらって魔法ギルドを後にした。
晩ごはんを食べながらニコレッタと今日1日の話をする。
ニコレッタは朝私を見送った後、下町に買い物にでかけたそうだ。
「下町でもタイミングが良ければ新鮮な肉等が手に入るので。
行ってみたらちょうど肉が運び込まれるタイミングで運がよかったです!」
嬉しそうに言って肉を頬張った。
「カオル様が凍る保管庫を作ってくれたので腐りかけたものを香辛料で誤魔化して調理しなくても美味しい食事ができて嬉しいです」
なんて幸せそうな笑みを浮かべて言っていた。
「明日の魔法を覚えたらもう教えてもらえる魔法がないんだけど、最後の魔法は街の外に出かけなきゃいけないらしくて帰り遅くなるかもしれないです」
「わかりました。お早いお帰りをお待ちしてますね」
「なるべく早く帰ってきます」
「全部の魔法を覚えたお祝いに何か食べたい物があれば作りますが、食べたいものはありますか?」
「特にはないですねー。ニコレッタさんの得意料理とかあれば」
「じゃあ、母に教えてもらった料理を作ってお待ちしています」
「楽しみにして帰ってくることにします」
その後、少し話をしてニコレッタが「わたしはこれでおやすみさせていただきます。」と自室に下がった。
じゃあ、私も寝ようかな。と
ウイスキーを注いだコップを持って自室で少しだけ本を読んで寝ることにした。
イベントがあると思うと妙に早起きをする。
テーブルの上の飲み残したウイスキーがあるのに気づいて捨てようと思ったのだが、こっちのウイスキーは高いことを思い出し、水を足して一息にぐいと飲み干した。
焼け付く吐息を吐き出してベッドに転がって本を開き、ニコレッタが着替えを持ってきてくれるまで読むことにした。
呼んでもいいんだが、まだ寝てたら悪いし。
本を読みながらどのくらいたったか。
時計がないのでまったくもってわからないがおそらく1時間半ほどだと思うが、過ぎた頃ニコレッタが呼びにきてくれた。
この生活、奴隷やメイドやらを雇う主の生活というのは結構、思ったより、大層不便で窮屈かもしれないと思い始めた。
生活のすべての世話をしてもらうということは、世話係を待たなくてはいけないと思わなかった。
貴族とかお金持ちって我慢強いな。
やることもなくダラダラと無為に過ごし、いい加減起きてしまおうかと思った頃、やっとニコレッタが来てくれた。
挨拶をするニコレッタから、待ってましたと着替え受け取り手早く着替える。
買った覚えのない色と形の服を渡された。
広げて見るとフードがついていて足元まで隠れるロング丈のフード付きのワンピース。
紺色の生地に黄色い糸でレースが編み込まれた華やかでそれはそれは可愛らしい長さローブのだった。