引き抜きと友好の証
「魔力は大丈夫かしら?」
「まだ大丈夫です」
「そ、頼もしいのね。じゃあ、次は8段階目の魔法ね」
「おねがいします」
「8段階目からはちょっと難しいの。よく聞いてね」
大地と共に生まれ大地を割る古の巨人よ! 大いなる御身の力の一端を我が手に!
捧げし我が魔力を糧に我らが怨敵を打ち据えん!巨人の一撃!
掲げた手の先に何かの塊が生まれ振り下ろした手の動きと連動して地面を強く叩いて轟音を立てた。
「詠唱が必要になるのよ、すぐ出せないから唱えながら闘うのって大変なのよ」
「1人だと確かに難しいですねー」
メモを見せてもらいながら使ってみる。
読み上げるのに夢中になって魔力を集中させるのを忘れていたが、詠唱が完成すると意図していないのにずるりと魔力が引き出される気持ち悪さで背筋がぞくぞくした。
「メモをあげることはできない決まりだからなんとかこの場で覚えてね、次のも詠唱しちゃうけど、このまま覚えていく?」
「いや、ちょっと無理そうなので今日はここまででお願いします!」
それから何回か使ってみて、後ろから「はぁ~、ものすごい魔力量なのね~」と感心するオケアノの声を聞きながら練習した。
「すみません、時間かかっちゃって」
「いいのよ~、そのために使用料金とってるんだから、覚えきれなくてなかったらまた来て使用料だけで使えるのよ。でもあなたみたいに魔力いっぱいある人だったら1回で覚えられちゃって儲けにならないわね」
カラカラと笑いながらがめつい告白をされた。
「普通は1つ覚えるのにどのくらい通うんですかね?」
「8段階目だと2、3回使うともうふらふらになっちゃうし、家じゃ使えないから覚えては忘れてを繰り返して早い人なら3日って感じかしら」
「それはすみませんね」
「でもストレスがなくていいわ~。ほんとに覚えが悪い子とかメモみても間違う子なんて後ろで見ながらああもう! ってなっちゃって大変なの」
その後も適当に雑談をしながら巨人の一撃を覚え、まだ余裕がありそうだ。
「もう1つお願いします」
「あらあら、ほんとに魔力量すごいのねー。うちのギルドに来て欲しくなっちゃう」
料金を渡すと、コホンと小さく咳払いをして詠唱を開始する。
神の山の炎より生まれし古代の龍よ! 大いなる御身の力を我が手に!
捧げし魔力を牙と変え、我らが怨敵を焼き尽くさん! 燃える龍の牙
掲げた手に大きな龍の口を思わせる炎の牙が現れ、振り下ろした手によって的を粉砕した。
「ふぃー、8段階目の魔法は腰に来るわね、わたしも年ね」
愛想笑いをしながら燃える龍の牙の呪文を唱えて使ってみる。
巨人の一撃のように上から叩きつける魔法らしい。
違うのは炎の牙による攻撃くらいか。
呪文も似た感じだし、何度か使ってみたら覚えられそうだ。
それにしてもここの魔法は本当に応用が効かない。
巨人の一撃と燃える龍の牙でいうと、詠唱に加えて手を上に伸ばすまで揃って1つの詠唱になるようで唱えただけでは発動しない。
手を上げてから詠唱ではだめで詠唱してから手を上げる。
咄嗟に出そうとして同時にやってしまうと発動しないので注意が必要だと言われた。
だから、剣を持ったままとか、盾で剣を受けながら不意打ちをするような使い方はできない。
ここの魔法使いは完全に後方支援か強化して近接特化かの選択しかないらしい。
なんとも不便だ。
暇そうにしてるオケアノに心のなかで覚えが悪くて申し訳ないと誤りつつ、何度か使って覚える。
あとで思い出してメモをしたいのだけど、それも駄目な決まりだそうで完璧に覚えて帰らないといけない。
「ねえ、あなた。そんなに使って倒れたりしないの」
「まだ大丈夫ですねー。あ、お茶ありがとうございます」
覚えるまで延々と魔法を使い続けている私を心配してオケアノがそろそろ休憩しては、とお茶を持ってきてくれた。
「ほんとにびっくりするくらい魔力量が多いのね」
「そうですね、ずっと増やそうとして頑張ってたんで」
「まあ、そんなに増やせるものなのね!」
口にはださないが教えてもらえないかと目をキラキラさせるオケアノ。
たぶん、魔力を操作して炎に変えたりする練習はこっちではやっていないと思うので説明が難しいので適当に嘘をついておくことにする。
「言えない約束になっているのですみません」
「そうよね、残念だわ。うちに来てくれたら教えてもらえたりするかしら?」
「それもちょっと難しいですね」
しばらくどのレストランが美味しいとか、生地の質がいいという話を教えてもらって、練習を再開する。
何度か唱えてみると、見なくても唱えられそう。
そんなことを考えながらまだ行けるかなと思っていると
「そろそろ疲れたかしら?」
「いえ、もう1つ行けるかなって」
「1日で8段階目を終わらせようとするなんて思わなかったわ、やるなら大銀貨1枚と銀貨5枚くださいな」
笑いながら、差し出された手に大銀貨と銀貨、そして使用料を乗せる。
「双頭の風の牙と氷狼の牙のどっちがいいかしらね?」
「呪文が覚えやすい方で」
「じゃあ、どっちでも変わらないね」
「じゃあ、双頭の風の牙にします」
「じゃあ、見ておいで」
嵐より生まれし天空の主、双頭の蛇よ! 大いなる御身の力を我が両の手に賜らん!
捧げし魔力を牙と変え、我らが怨敵を引き裂かん! 双頭の風の牙
通せんぼするように手を大きく開くと透明な蛇の頭が現れ、柏手を打つように腕を閉じるのに合わせて挟み込むように的を砕いた。
なるほど、この魔法は両手が必要なのか。ますます使いづらいという感想を抱いた。
オケアノに促されて詠唱しようと前にたつ。
メモを見ながら、他の2つとの違いを意識してゆっくりと詠唱する。
が、ちょっとずつ詠唱が変わってくるのがだんだんと覚えられなくなってきた。
巨人の一撃と燃える龍の牙と双頭の風の牙を順番に唱えて何周かした所でやっと違いを覚えることができた。
「ほんと、底なしねえ」
「今日はもう無理そうなのでまた来ます」
肺の中の空気をすべて吐き出したような長い長い「は~」という感心した吐息を聞きながらもう帰ると告げた。
「今いるギルドがいやになったらいつでもおいでね」
ニコニコと手を振って見送られ、愛想笑いで答えて帰宅した。
帰りに黄金の夜明け団の前を通りかかったら団長ことフェルミンが帰る所なのかトミーとアイランを伴って出てきた。
久々にみたフェルミン達はこっちの風習に合わせて髭を伸ばしているようで、まばらに髭を生やしているが、伸び切っていないせいでただの無精髭に見える。
「カオルではないか、久しぶりだな」
「そういえばエルカルカピースを出た時以来ですね、変わりはないですかね?」
歩いて帰るフェルミン達に合流して一緒にあるき出した。
「私もトミーもアイランも事務仕事ばかりでだいぶ体が鈍ってしまったな。な」
偉そうな一人称も身分を隠すために『私』になっていることに気がついて少し驚いた。
「吾輩もたまには砂狼やら砂熊でも狩りに行きたいものですな!」
「バカなことを申すな、アイラン。そろそろ立場を自覚しろ。そんな雑務で死なれてたまるか」
トミーが大きなため息をついてアイランをたしなめた。
こっちに来てから尊大な言い方が抜けて砕けた話し方になっているようだが、アイランの脳筋は体が衰えても変わりが無いようだ。
「で、今日はどこに行ってたんだ?」
気を取り直すようにフェルミンが私に言った。
「あぁ、ルイスさんが魔法覚えに行けっていうから昨日から行ってるんです」
「こっちの魔法使いづらいというか、気持ち悪いだろう?」
会う人会う人に同じ話をされて愉快になってきた。
「込めた魔力が無視される感じが気持ち悪いんですよね」
フェルミンを始めトミーとアイランが各々頷いて返事をした。
「で、どこまで進んだんだ? カオルなら魔力も多いし、2日なら5段階目と言った所か?」
「8段階めの3つ目まで行きましたね」
「暗記しただけの魔法は覚えたと言わんぞ?」
「もちろん、ちゃんと使えますよ。残ってるのは氷狼の牙と厳つ霊です」
「それでなんともないのか……」
「少し? あ、そうそう。そのお陰で魔法ギルドから勧誘されました」
「まあ、そうだろうな。私だって同じ立場ならそうする」
フェルミンが納得した様に大きく頷く。
「引き抜かれてもいいんですか!?」
「ハンターギルドと魔法ギルドなら対立しないから掛け持ちしたらいいだろう? むしろ敵対の意志はないと友好的になるかもしれんな」
「こっちの仕事を優先してくれれば文句はない」
「カオル殿を交流があまりないギルドに送り込めば友好な関係が結べるかもしれませんな、わははははは」
口々に勝手なことを言ってくれる。