いい肉はおいしい
使い勝手がわるいなぁと悩んでいる様がつかれたと思ったのか嫌味を込めてクレフが言う。
「どうだ? そろそろ魔力も尽きて多く払った金が無駄になったか?」
「まだまだいけそうです」
素直に感想を答えるとクレフは舌打ちをして、次の段階に進む。
「どれ、やるぞ。次の段階からは力を取り出すために詠唱する必要がある。全部覚えろよ?
爆炎の蕾よ! 我が魔力を糧とし形を成せ! 火炎弾」
詠唱と共に出現した赤く燃える球体は出現と同時に的に向かって飛んで行き、爆炎を上げ壁を焦がした。
続けて私が使うと全く同じ火球が同じように的に飛んでいき爆炎を上げた。
だれが使っても同じというのはそれはそれで利点なのかもしれない。
「冷気の爪よ! 我が魔力を糧とし爪と成せ! 氷結の爪!」
氷の爪がついたグローブが手に生まれてクレフが的に手刀と突きを叩き込んだ。
「近接攻撃の魔法なんですね」
同じように詠唱して生み出した氷の爪をまじまじと見る。
冷たさは感じないが冷気がそよそよと足元を冷やす。
広げたり閉じたりして動かし方を確認してから手を閉じて的に向かって突き刺した。
「余裕ぶった態度は腹立たしいが覚えが早いというのは助かるな。暴れ狂う風よ! 我が魔力を糧とし形を成せ! 空裂弾」
見えないはずの風が渦巻いてうっすらと向こう側が歪んで見える球状の風を飛ばし、的をずたずたに引き裂いた。
なるほど、そういう魔法か、と使って覚える。
それにしても雑じゃないか?
「これで最後だ。石塊の爪よ! 我が魔力を糧とし爪と成せ! 岩石の爪!」
見た目も使い方も氷結の爪と同じようなものらしい。
「ありがとうございました」
教えて貰う予定だった魔法をすべて覚えたのでクレフさんに礼をする。
「金はもらっているからな、いやはや、こんな魔法使ったのは久しぶりだよ。疲れた疲れた。さ、店じまいだ」
疲れたと首をもみながらカウンターに向かって歩き出した。
改めて礼を行って「酷く疲れたからしばらく来ないでくれ」というジョークを聞きながら魔法ギルドを後にした。
結構時間が経っていたようで、日が傾きかけてそろそろ早めの夕ご飯か、という時間。
遠くから鐘の音が11回聞こえた。
そういえば、ルイスさんにここの魔法は気持ち悪いと言われたのを思い出し、たしかに調整が効かないまま吸い出される感覚は気持ち悪かった。
イレーネ達にあったらこのことを話そう。
そう思いながら通り道で新鮮な豚肉を買い、暖かくならないように冷やしながら家に帰る。
「お早いおかえりでしたね」
「魔法ギルドでいくつか魔法を覚えてきただけなので。あ、これ、通り道で豚を買ってきました」
「まあ、ずいぶん新鮮でいい豚肉を買ってきたのですね、岩山産の豚だなんて初めて見ました」
どうやら適当に買ってきた豚肉は良いものだったらしい。
外で飼育するとどうしても肉食獣や魔物が寄ってきてしまうので畜産は岩山の中腹をくり抜いてその中で養豚場や養鶏場が作られている。
狩猟によって入荷する肉は自家消費か大型の魔獣や獣肉なので高価になっていまっている。
この街の有力者の1人がその畜産場を管理する一族なんだそうだ。
「じゃあ、今日の晩ごはんはそれでお願いします」
「どんな味か楽しみです」
晩ごはんの準備をしてもらっている間に、自室でラフな部屋着に着替えてダイニングで本を読む。
しばらくするとニコレッタがワゴンを引いてやってきた。
「いい肉はやっぱり料理をしててもわかりますね、柔らかいです」
「それは楽しみですね」
晩ごはんは、少し硬いパンを切って中をくり抜いて具を詰めたものと、野菜スープと、何かのハーブと塩コショウだけで味をつけた豚肉が用意された。
野菜スープにはパンからくり抜いた中身をスープの具にしてぐずぐずに溶けてあまり美味しそうな見た目はしていない。
「いい豚肉の調理法がわからなくて」
ニコレッタは焼いただけの豚肉について私がなにか思う所があると考えた様で言い訳をするが、別に焼いただけでもいい肉は美味しいので文句はない。
スープだって、見た目がよくないだけで美味しくないわけじゃないはずだし。
そう思って一口飲むと思った通りの野菜スープだった。
溶けかけたパンの食感がよくないけれど、美味しいスープだ。
具を詰めたパンも似たようなものをどこかで食べた気がするのだけれど、思い出せないが美味しい。
焼いただけの豚肉も元々の肉がいいものだからみずみずしくて美味しい。
豚肉を切り分けて一口、ニコレッタが恐る恐る口に運ぶのを見守り一緒に口にする。
「美味しいですね!」
「本当においしいです……」
ニコレッタは自分で作ったものなのに驚いて目を瞬かせる。
そのあとニコレッタと目を合わせてはむふふと笑いながら夢中になって食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
そう言って手を合わせるとニコレッタは嬉しそうに微笑んで「はい!」と、返事し、食器を片付けた。
そろそろ部屋に戻ろうかなと、機嫌良さげに片付けを終えたニコレッタに声をかける。
「今日はもう部屋に戻ります」
「おやすみなさいませ。今まで冷めた食事が当たり前でしたが温かい食事は美味しいです。ありがとうございます」
そう礼を言って自分の部屋に戻っていった。
確かに今日のは冷えてしまった後だったら美味しさ半減だっただろう。
無理にでも一緒に食事を取るようにしてよかった。
部屋に戻って寝る準備をしながらここの気持ち悪い魔法を覚えれるだけ覚えたいと思うのだけど、どうにも調整が利かないのが気持ち悪いというか変な感じで好きじゃないんだよなぁと暗い天井を仰ぐ。
今日覚えたのは5段階まで、店で見せてくれたメニューでは9段階めまであるらしい。
6段階目は身体強化の2つ目、7段階目は防御魔法、8段階目は攻撃魔法、9番目が身体強化の3つめで終わりというのは中途半端な気がする。
考えながら横になっていたらいつの間にか寝てしまっていて、朝起こしに来たニコレッタにちゃんと布団に入らないと風邪を引きますよ! と怒られてしまった。
休暇2日目。
今日も魔法ギルドに行って覚えれるだけ覚えたい。
「おはようございます。今日は6段階目から教えてください」
「げえ! 本当に来たのか!」
「いやー、すみませんね」
「昨日の今日で魔力なんかないよ。ちょっと待っとれ」
そういって奥に引っ込むとクレフと同じくらいの年代の老婆を連れて現れた。
ストレートの白髪が混じった水色の髪が綺麗で、若い頃はきっとモテたろう。
「来るなと言ったのに来たおかげで今日はこやつの世話になることにした」
「クレフの妻のオケアノと申します。とんでもない魔力を持った人が来たってお話は聞いていますよ」
「あ、よろしくお願いします」
「昨日来たなら詳しい説明は不要ですね」
そう言うとカウンターからメニュー表を持って返事も待たずに歩き始めた。
椅子に座るとメニューをこっちに差し出して問う。
「さて、今日はどこまで覚えましょうか」
「行けるところまでは行きたいですね」
「じゃあ、9段階目まで行きましょうかね。厳つ霊は今日は無理なのだけど」
せっかちなのか、やることが決まるとすぐに見本を見せようと構えた。
「身体強化の2番目は前3つ習得すると4つ目のすばやさ向上を習得する資格が与えられるが、まあ、全部覚えるのだものね」
筋力向上(中)、防御力向上(中)、攻撃力向上(中)を真似して覚え、続いてすばやさ向上を覚えた。
1つ銀貨15枚で合計60枚と場所代4枚。
「さあ、次にいくよ。次は防御のための壁を作る魔法だね。土の魔法はどれも人気もないし、使い勝手もそこまで良くないんだけど覚えないといけないものだから我慢しとくれね、硬いし目隠しにもなるから防御以外には使えるよ」
そう言って立ち上がる土壁の呪文を唱えると、地面から土の壁が立ち上がった。
「慌てて使うにはちょっと遅いのよ」
ずるりと、魔力を引き出される感触に背中をぞくぞくさせながら立ち上がる土壁を成功させる。
「本当に物覚えがいいのね、水壁! これは炎とか雷の魔法から身を守るのに使えるのよ」
唱えた瞬間に水でできた壁が立ち上がってうねうねと波立つ。
その後も色々注意事項を聞きながら焼け尽くす炎壁と不可視の風壁も覚え、どれもこれも使いづらいという説明は間違ってないな、とオケアノと笑った。