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血の臭いはまだ苦手

 弾かれるように襲いかかる砂狼(アル・ロッブ)に反応して私にその牙が届く前に前側に出した左足のつま先を軸にくるりと回転し、軸をずらして構える。

 軸をずらした私の目の前を砂狼(アル・ロッブ)が恐ろしい速度で通り過ぎる。

 グリップをギュッと握ると力任せに砂狼(アル・ロッブ)の首めがけて剣を振り下ろした。

 

 借りてきたなまくらのショートソードは鋭刃(アス・パーダ)のお陰で骨が切断される手応えを味わうことなく振り抜けた。

 着地に失敗し音を立てて倒れ込んだのを視界の端で捉え、剣についた血を右手に持ち替え勢いよく振って飛ばす。

 そうしているうちにハビエルが盾をかまえ退路を塞ぎ、私が向かい合っている間に仕留め終わったヘススとホルヘが別ルートの退路を塞いだ。

 

 惜しむらくはショートソードが短かく、十分な踏み込みができなかったこと。

 おかげで砂狼(アル・ロッブ)を一撃で倒せなかった。

 私の技術が未熟なせいだ。

 右前足を切断され、首にも少し刃が届いたようで出血が多い。

 致命傷となる右前足からの出血はすぐに止血をしないと生き延びることはないだろう。

 どす黒い血が流れる様を見て、血なまぐさい臭いを嗅ぎ、私の戦意がしおれていく。

 3本足になってもそれでも生きようと戦意が衰えず、私をにらみ唸る砂狼(アル・ロッブ)を見て胃の辺りがぎゅっと軋んだ。

 なぜさっきまで自信満々に剣を持っていたのかわからない。

 だまって魔石を投げておけばよかった。


 だれでもいいからトドメ刺してくれないかなと思いながら、死を待つだけの砂狼(アル・ロッブ)を前になんとか心を奮い立たせて剣を中段にかまえた。

 まっすぐ行って突き刺す。まっすぐ行って突き刺す。

 フェンシングの突きを放つ様に、バドミントンで遠くの羽を拾う様に思い切り地面を蹴ってショートソードを喉めがけて突きたてる。

 同時に砂狼(アル・ロッブ)が飛びかかってくる。

 一か八かで私の喉をめがけて噛み付いて来た口めがけてショートソードがあっけなく、飲み込まれ砂狼(アル・ロッブ)は最後の力で私の手を噛み砕こうと口を閉じて鍔に歯が当たりがちりと音をさせそのまま力が抜けていった。


 流れ出た血で手をベトベトにされグリップが滑る。

 暖かさとぬるぬるとした血の感触を感じながら、砂狼(アル・ロッブ)の喉からずるり、とショートソードを引っこ抜く。

 どろどろになったショートソードの血振りをしようと思い切り振り下ろすと手が血で滑ってものすごい勢いで飛んでいって地面に突き刺さった。


 その間にハビエル立ちはペドロの方に援護に向かって砂狼(アル・ロッブ)を囲んだ。

 大盾が2枚と片手剣はペドロ含めて4人、刃の長い両手剣を持ったのが1人。

 そしてこちらの戦斧は私が誤って壊してしまった。

 少し水を出して柄と手を洗って突き刺さっているショートソードを引っこ抜いた。


 ハビエルの後ろに立ち状況を確認すると、もう砂狼(アル・ロッブ)は残り2頭でフアンとペドロが2頭倒したらしい。

「ヨンも武器壊して休んでるからリーダーは荷運び屋(ポーター)の所で休んでるといい」

 ハビエルにそう言われて何かあったら呼んで、と声をかけてエッジオの方に向かった。


 武器がないので早々に休憩を取っているヨンとベルニの容態を見ているエッジオの元に着く。

「おう、嬢ちゃん、やるじゃねえかって負けたみたいな面してどうした」

「血の臭いとヌルヌルで気持ちが悪くなっただけです」

「あ、カオル。この水で手を洗うといいよ」

 カバンから陶器の瓶を出してコルクを抜いて私の方に向けたので洗わせてもらう。

 あとでこっそり補充してあげよう。

「ありがとう。あの人はどう?」

 疲れたように首を振って言う。

「手持ちの飲み薬(ポーション)だと等級が足りなかった。肋骨がおれてるし内蔵が傷ついてたら長くは持たないと思う」

 

 表面上、傷は治っているようだが、それは軽傷の傷が治る程度の飲み薬(ポーション)の効果で重症が治るのは7級だったか。

 飲み薬(ポーション)でなんとなく体力が回復したのか呼吸は安定しているがどうなるかわからない。

 早く砂狼(アル・ロッブ)を倒して病院につれていかなくてはいけないのに。

 遠くから8人で取り囲んで倒す様を眺める。

 4人で1頭。すぐ終わるだろう。


 大盾でぶつかり、砂狼(アル・ロッブ)が頭で受け押し返して隙ができた瞬間、左右から剣を突き出し刺せても刺せなくてもさっと下がって追おうとしたのを矢で牽制する。

 あっ、違う! そこで切りつけて! ああ、そうじゃない! とこれは時間がかかりそうだ、とハラハラしながら観戦する。

 自分でやるときはさっぱりなのに人のを見るときは理想の動きが見えるという不思議。

 それからしばらくしてやっとのことで砂狼(アル・ロッブ)を倒すと皮を剥いで、せめて1頭だけでも肉を持ち帰ろうか、と相談してベルニの様子を確認したら移動しようか、と話をしたところだった。


 「ハビエル!」

 エッジオが叫ぶ。

 ハビエルではなく、ペドロの隊のルベンという大盾の男が盾を放り出してベルニのもとに駆け寄った。

 苦しそうに呻くベルニを抱きかかえると息を引き取るのを静かに見守り、呟いた。

「もっと早く仕留められてたら間に合ったか」

「いや、無理だろうな。元々傷が深かったのを飲み薬(ポーション)で傷を癒やして生きながらえたんだ。痛みの中で死んだわけじゃない」

 内蔵だけの傷だけなら痛みがない場合もある。

 飲み薬(ポーション)で傷を治したお陰で、痛みに苦しんだ中で逝ったわけじゃないというのはせめてもの救いか、とルベンの背中をみて感じた。

「そうだな」

 そう言ってベルニを抱きかかえ、少し離れた木陰に寝かせると全員でキャンプの準備をし始めた。


 バドーリャの街は墓地が少なく、弔いをしようとすると、ギルドの幹部や大商人などの金持ちの家では魔法で焼いた灰を風魔法で空高く巻き上げ自然に返す。

 魔法使いを雇うことができない庶民は神殿の施しによって祈りを捧げられたあと、鳥葬で弔われる。

 どちらにしても自然に返すという弔い方が一般的なんだそうだ。


 旅先やギルドの仕事中の事故では、血縁など親しければ無理にでも遺体を持って帰ることはあるが、通常、遺体は持って帰らない。

 旅や仕事中に死人が出た場合、そんな時は一晩一緒に過ごして明朝に別れを告げる。


 こんな仕事をしていれば生きていた証を残せるのは一握りの中の一握りの英雄くらい。

 英雄になれない大多数の彼らは歴史の中に埋もれ死と共に忘れ去られる。

 だからだれかの記憶に欠片でも残ることを祈って一晩一緒に過ごして弔いをする。

 死ぬことは構わないが一人で忘れ去られるのは寂しいから。

 おれはこうして死んだ仲間の思い出を語り、ここにいるだれかは死んだおれの思い出を語ってほしい。

 狩猟と闘争を司る神を信仰する彼らの最後の祈りが思い出だとでもいうのか。


 砂漠に飲み込まれた森に埋めても土に還ることはないので野生の動物や魔物が命を循環させるんだ、たまにスケルトンになったりするやつがいるけどな、と後にハビエルに聞いた。


 その日の夜、焚き火を囲んで食事をしながらルベンを中心にベルニの思い出話しを聞いて過ごす。

 ベルニとルベン達は昔からの知り合いだったわけでもなく、バドーリャで生まれ育ったベルニと他所の土地からやってきたルベンがなんとなく黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)に登録して、なんとなく組まされた縁なんだという。

 一緒に仕事に行き、仕事終わりに飲みに行って、そんな当たり前の日常の話をみんなでして、あんなことがあった、あいつはこうも言っていた、そうして夜は更けていった。

 「番はこっちでするから先に寝てくれ」

 寝ずの番は同じ班でするからと少し離れたところで野宿することになった。

 柔らかい砂地のベッドは思ったよりも寝心地がよく、マントさえ被ってしまえば冷えることもなさそうなので、木の根を枕にして丸くなって寝た。


 寝る間際までは冷えを感じることはなかったが、マントにくるまったまま寝られるわけもなく、はだけたせいで早朝の冷えは体の芯まで冷えて目が覚めた。

 ここで寝る正解は木に寄りかかって座って丸くなって寝るのが正解らしい。

 少し離れた所でペドロの所のイサークとかいう元猟師が焚き火に枝をくべるのが見えた。

 私の周りではハビエル達がまだ寝ているので起こさないようにゆっくりと立ち上がり、付近を一周してきた。

 寝ていた木に戻ってきて今度は木の根と幹の収まりのいい箇所を探して背中を当てマントにくるまり2度寝をした。

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