きちんとした食事
大量の肉を持って帰ると行きと違ってまっすぐ帰ってきたので、10分ほどでうちに着き、キッチンに向かうと作業台にどかどかと肉を乗せた。
「表面はもう悪くなっているので捨てます」
ナイフを当てると中古で買ったからか思ったより切れ味がなくてブニブニするだけだったのでこっそりと鋭刃と呟き切れ味を上げて表面を削いでいく。
これもあとで魔道具にしておこう。
乾いて古くなった周りを切り落とし終わった赤い肉を1回分くらいに小分けに切り分けて凍える風で凍らせて箱氷室に入れる。
「こんな感じで少し多めにお願いします。切り落とした古い肉は捨ててください」
ニコレッタがナイフを持って刃を当てた瞬間シャープエッジをかけてあげた。
妙に切れ味が上がったことに多少困惑した様子をみせたが気にする素振りを見せずに悪くなった部分を切り離し、できました。と脇に寄せたものを凍らせて冷凍箱に入れる。
すべての肉を同じようにしまって最後に鳥肉を2つ凍らせて1つは凍らせずに冷凍箱にしまった。
次は野菜とパスタを買いにいくことにする。
水を用意しなければいけないという欠点はあるが、パスタは茹でられればパンより美味しく食べられるという理由でパスタを選んだ。
大きめの麻の袋を持ったニコレッタについていき、食料品の店でショートパスタを。
次に野菜を売る屋台に行きなるべく新鮮そうな野菜をいくつか。
いらない木箱がほしいと言ったら木箱の他に果物がおまけで付いてきた。
ニコレッタは美人だからな。
調子に乗って色々買い込んだらニコレッタに持てないくらいの重さになってしまって、店のおじさんはちょっと心配そうによろめくニコレッタを見る。
「さて、任せてくださいな」
野菜とパスタの袋が入った木箱を身体強化をかけて持ち上げるとニコレッタは困った顔をして、野菜を売る屋台のおじさんが驚いていた。
「肉のときも思いましたがカオル様は力持ちなのですね」
「魔法使いですからね」
あまり大っぴらに言うことじゃないのでこっそりと囁いた。
もらってきた木箱を抱えて自分の部屋に戻り急いで冷気がでる箱を作る。
こっちは凍らない程度の冷気を。
魔石をはめるとゆるゆると冷気を吐き出した。
空の箱氷室を抱えてキッチンに行き、野菜と果物を入れる。
「わざわざこうしておく必要はあるんですか?」
「冷やしておくと腐りづらくなるんですよ。腐らないわけじゃないので早めに使ってくださいね」
凍らせなかった鳥肉を冷凍箱から冷気箱に移して晩ごはんの準備をする。
前の住人が残していった薪を竈に放り込んで大きめの火で着火する。
火力でいうと中火から強火くらい。
「そんなに小さい火では火が通らないのではありませんか?」
「強いと中に火が通る前に焦げてしまうんですよ」
雑に作って食べられるトマトソースのパスタと鶏肉と野菜を適当に切って入れたスープを作る。
赤いのでトマトと呼びたくなるが、こっちではタタンプ。
何年経っても一旦トマトを経由しないと正しい名前がでてこない。
茹でたパスタとトマトとにんにくで簡単に作るパスタ料理、塩辛い干し肉は砂漠で食べきれなかった分を使った。
野菜に根菜、あと鶏肉を切って全部鍋に入れて煮込む。
灰汁が出てきたところでニコレッタが心配そうに覗き込む。
「そろそろ一度お湯を捨てませんと」
「捨てなくて大丈夫ですよ、でもこうして、灰汁っていうんですけど、美味しくないので取ってください」
灰汁をすくいながら手順を説明する。
灰汁をすくうのは好きだ。鍋をやるならずっと灰汁をすくっていたい。
塩で適当に味付けをして味見をしてもらう。
「なんです……? これ……」
「新鮮な食材できちんとした調理をするとこんな感じになりますから、煮汁は捨てないでくださいね」
ニコレッタに手伝ってもらってパスタとスープを取り分けて2つともリビングの食卓に運ぶ。
「あの、一緒に食事をするわけには」
「まあまあ、一人で食べてても味気ないので付き合ってくださいな」
恐縮しているのか不機嫌なのかよくわからない顔をしたニコレッタと食卓を囲む。
「失礼があれば申し訳ないのですが」
「そういうのうるさいほうじゃないので大丈夫ですよ」
一緒に食べると言ってもなんで奴隷になったのかとズカズカ踏み込んでいい話じゃなさそうだし、ファラスから逃げてきたって話をしていいものかもわからないので、結局向かい合って無言で食事を取った。
それでも何もない空間と向かい合って食事をとるよりは全然いい。
「どうです? 作り方は覚えましたか?」
「美味しいですね。こんな美味しいものはお店でしか食べられないと思っていました。作り方もおもったより簡単で」
「機会があればイレーネとロペスの所にも教えてあげてください」
「わかりました」
これでメンバー内の食事のクオリティの上下が均一になるだろう。
あとで知ったことだけど使用人同士だからと言って交流があるわけじゃないらしく、イレーネやロペスの食卓にまともな物が並ぶことはなかった。
「あ、お部屋に戻られるまえにこれを」
ニコレッタは慌ててキッチンから小さなハンドベルと手のひらに乗るサイズのピラミッドのフレームの中にベルがぶら下がっている置物を持ってきた。
「御用の際はこちらを鳴らしていただけるとわたくしの所にあるベルが鳴るので伺います」
ハンドベルを鳴らすとピラミッドの中のベルが一緒になってチリンと音を立てた。
ファラスにあったものも同じ様なもんだろう。
「ありがとう」
礼を言って部屋に戻った。
ひとまず暮らすのに不便がない程度に落ち着いたはずだ。
明日辺り黄金の夜明け団とやらに顔を出してみようか。
ベッドに座るといつのまにか運び込まれていた厚手の布に包まって寝た。
「おはようございます、カオル様」
呼ばなければ来ないのかと思っていたら朝は来るらしい。
「あ、おはようございます」
「食事の準備ができました。お着替えはここに置いておきます」
昨日洗濯をした服を置いていってくれた。
立ち去る背中に礼を言って着替えをする。
リビングに行くとすでに皿が置かれていた。
昨日のスープの残りと硬いパンをニコレッタと一緒に食べる。
パンを割るように毟りとりスープに漬けて柔らかくしてからスープがたれないように注意して食べる。
スープと一緒に食べると臭みだと思ったパンの臭いは香ばしい感じになっていて意外と美味しい。
そうニコレッタにいうとニコレッタもそう思っていたのか同意してくれた。
「あ、今日はギルドの方に顔をだしてきますから昼間は自由にしててください」
「かしこまりました」
食事を終えて部屋から荷物を取ってくると洗い物をすませたニコレッタが長い布を持って立っていた。
「なんですかそれ」
「昼間は日差しが強いのでフードを被るかこちらを巻いた方がよいですよ、さ、こちらに座ってください」
言われるがままに椅子に座ると後ろから長い布を頭にぐるぐると巻き付けた姿はまごうことなくターバンだった。
「なんか落ち着かないんで、しないで外にでたいのですが」
「ターバンやフードもなしに顔を晒して表を出歩くなんて淑女らしくありません! 砂埃で髪も汚れますし良くありません」
「屋台のおばさんとか巻いてなかったと思うのですが」
「下町は基本的に貧民なので長くてきれいな布を買う余裕がないだけです」
ここでは着けるもんだ、と、そう言われると反論もできず大人しくターバンを巻かれる。
髪の毛を全部仕舞われてしまった顔は髪があるときより大きく見えるんじゃないかと気になった。
「できました。とてもよくお似合いですよ」
本当だろうか?
ぴっちりと巻かれて軽く叩いてみると布のお陰でよほど強く叩かなければ頭部にダメージもなさそうで手でポコポコと音をさせながら叩いてみる。
「はしたないですよ、さ、マントを付けて差し上げます」
「すみません」