肉屋が素手でつかんだ肉を
「この野菜スープ? はなんでこんなにくたくたに煮て煮汁捨てちゃうんですかね?」
「悪くなっていることも多いですから茹でて悪いものを煮出して捨てるのです」
「じゃあ、新鮮ならそんなことしなくてもいいってことですかね?」
「そうですね、そういうことになります」
「では小さい氷室を作るのでなるべく新鮮なものを買ってきてください。あと肉もそうですが買ってきたら凍らせます。それであれば私の食べたい物を作ってもらえますかね」
「差し出がましいようですが、家庭でだされる食事というのはこのようなもので、レストランがおいしいのはコックの技術と高いお金を払って取り寄せた新鮮な食材が揃って美味しいものがでてくるのですよ?」
この世間知らずに常識を教えなければとも思ったのか言い含めるようにいうニコレッタ。
「ちゃんとすればちゃんと美味しくなりますよ。今度からちょっとでも腐ってかなと思った物は、捨ててください。茹でても腐った物はどうにもなりませんから。あ、あと、茹でた水は捨てないでください」
「……? わかりました」
イマイチピンと来ていないような表情で了承するのを確認した。
「1つの料理につき1度だけ作り方を見せますので覚えてください」
立て続けに3つ言うと私の言葉に不満を覚えた様で反論してきた。
「腐っているものを捨てることはわかりましたが、茹でた水は濁って泡立っているのですよ? とても食べれるものだとは思いません」
「まあまあ、そこも任せてくださいな。アンドレアさんは今日の所はもう大丈夫です」
もう用事はないのでアンドレアさんを帰らせる。
「カオル様、報酬を与えてあげてください」
「報酬? 今?」
「犯罪奴隷の更生のために報酬の一部を納めることによって刑期を短くできるのです。相場は銀貨1枚以下ですね、あまり安すぎても次から来てもらえなくなるので適度に」
なるほど、と呟いてきんちゃく袋から銀貨を1枚取り出してテーブルにおいた。
「あ、カオル様」
ニコレッタが呼び止めてくる。
「銀貨で渡してしまうとそのまま収めなくてはいけないので大銅貨で払ってあげるといくらか手元に残せるのでそうしてあげてください」
「詳しいですね」
きんちゃく袋から大銅貨を10枚取り出してアンドレアの前に積み重ね、追加で大銅貨を5枚横に並べた。
「あ、あとこれはこれからもよろしくお願いしますね、って所で。あ、どうやって持って帰ります? 袋とか持ってますか?」
「ありがとう……ございます……。特に持ってないのでこのまま帰るつもりですが」
「きんちゃく袋とかに入れます?」
「それだと音がなってしまうので……」
「寝てる間に盗られたり?」
「まあ、そういう…、あとまだ納められるだろう? と」
「なるほど、じゃあ、難しいですね。預かっておいてあげるよというのも別に専属じゃないですしね」
「お気遣いありがとうございます」
アンドレアはそう言って深々とお辞儀をして玄関から出て1人で帰っていった。
「アドバイスありがとうございます、でも犯罪者を1人で歩いて行かせていいもんなんですか? 逃亡とか」
「あの鎖をつけたまま逃げても逃げられるものじゃありませんし、労働が許されている犯罪者は逃げるほうがデメリットが大きい犯罪者だったりするので大丈夫なのですよ」
「ははあ、なるほど。色々と知らないことが多いので気がついたことがあれば教えて下さい」
「かしこまりました、では何かあればお呼びください」
ニコレッタはスカートをつまんで礼をしてキッチンに戻っていった。
そういえば使用人の部屋もあったっけ。
リビングにいてもしょうがないので空の木箱を持って自分の部屋に向かい簡易的な冷蔵庫を作ることにする。
木箱の内側に魔力を通すインクで文様を描く。
ボーデュレアでマリアの女将さんの所で見た冷気が出る文様を木箱に刻み、その後魔力を込めると吸収する文様を刻んだ魔石を埋め込んだ。
さて、これをキッチンに置けば肉を買ってきても腐ることなくちゃんとしたものが食べられる。
冷気がでる空の木箱を抱えて1階に降りニコレッタを呼びながらキッチンに行くと部屋からニコレッタが出てきた。
「なんの御用ですか? 呼んでくだされば行きましたのに」
「呼び方がわからなかったので。そんなことより肉を買ってきたらこれに入れてください」
「これは?」
「今仮で作った魔導具です。箱型の氷室で箱氷室とでもいいましょうか。断熱ができていないので常に強い冷気を出しておかないといけない欠点がありますが入れた物を凍らせて保存できます」
「作った? これを? 今? カオル様が?」
心底信じられない顔で私の顔と箱を行ったり来たりさせて困惑しているのがよく分かる。
「そうです。ついでに買い物にでも行きましょうか」
「そんなことは主にはさせられません」
「食べたいものもありますし、おねがいしますよ」
そう言うと渋々と言った感じで従ってくれた。
慌てて部屋に戻ってリュックの中身をぶちまけて空にしたリュックを背負ってニコレッタと一緒に家をでた。
「この街のことはよくわからないので案内お願いできますか」
「かしこまりました。食材を売る店はこちら側には高級なものを扱う物が多くあります、食用の魔物肉などですね」
「オークとか?」
「狩って来るまでの難易度によって人の手も多くかかるので難しい魔物ほど高くなります。下層を抜けますと猪や鹿、うさぎなどの動物肉を売る店がいくつか。今日取れたものがあれば少し値は張りますが購入可能です」
「なんなら獲りに行きたいもんですね」
「そういう御冗談をいう方だとは思いませんでした」
「まあ、期待しててくださいよ」
さらっとスルーされた後、まったくもって会話も弾まず必要最低限喋ると黙るを繰り返し、通りかかった店の紹介を聞きながら目的の肉屋にたどり着いた。
大きな塊肉や鶏肉、ソーセージなんかはフックにかけて吊るされ、
店頭に並べられた小分けにされた塊はすでに腐っていそうな気がする。
「今朝さばいたようなものがありますか」
「今朝のはこの辺のやつだな」
温かい地方で冷蔵もされなかった肉はたった数時間でも表面は乾いて変色している。
なるべく大きいのを買って周りを削げば大丈夫だろうか。
「アンドレアさんがいる間に買えばよかったですね。これとこれとこれとこれを3つお願いします」
「猪と牡鹿2つに鳥3つね」
フックから肉を下ろすとフックが通っていた穴に麻縄を通して渡してくれた。
油紙で包んでくれればリュックに入れられるのに。
素手でベタベタ触るのが気になったがこの後表面は捨てし鳥は洗うからと思って我慢する。
肉屋から持たされた肉塊は1つ5~10kgほど、合計で30kgくらい。
ニコレッタが「わたしが持ちます!」というので持ってもらったらよろめいてしまって1人で担いで帰るのは無理だろうなぁということで、私が主人としていい所を見せようじゃないか。と、ちょっと身体強化をして大きいのをいくつか持つと
ニコレッタに申し訳無さそうな顔をさせてしまった。
「まあ、普通は持てるものじゃありませんからね、ちょっとした力仕事なら任せてくださいよ」
「できるからと言って使用人の仕事をしてしまうとわたくしの立場がございません」
「ニコレッタさんに期待している仕事は家事で荷運びじゃないですからね。次からはアンドレアさんがいる時にお願いすることにします」
「使用人というのは主人に手を煩わせてしまうというのは使用人失格なんです」
「そうですか、まあ、私は堅苦しいこと言わないので徐々に慣れていきましょう。さて、一度帰って肉を処理しましょうか、次から同じことをやっていただきたいので」
リュックにしまえなくて、両手にいっぱいの肉を持て余した私達は一度帰ることにした。