人の上に立つとは
「いらっしゃい」
気怠げな声と古着独特の臭いを感じながらやっぱり古着は好きになれない。
そして、衣食住の面倒を見ろと言われたことを思い出しニコレッタに服を選んでもらう指示をだす。
「ニコレッタさんの仕事着2枚とニコレッタさんの服を2枚、アンドレアさんの服も買えればいいんだけど」
「鎖があるので着替えられませんよ」
「あぁ、そうだったか」
せめて臭くないようにしたいのだけど。
「アンドレアさん、奴隷だから風呂とか入れてもらえてないよね。どうにか臭わなくできないかな」
「わたくしに洗えというのはちょっと……」
「いや、せめてうちに来たときはまず体を洗ってもらうとかできないかな」
「そう言えばそれが命令になりますわ」
そういうものか。
ニコレッタに自分の服を選んでもらっている間に私の服を探す。
店内を見てみると、売り場はスカートかワンピースか、そうじゃないかというざっくりとした判断で分かれているようだ。
端から順番に見ていき、サイズが合いそうな薄手のシャツと部屋着によさそうなゆったりとした厚手の上下、丈夫な布で作られた作業着の上下。
本当は試着をしないといけないんだけれども、着る前に洗いたいのでなんとなく少し大きめならいいや、と片っ端から取ってくる。
アンドレアにはマントならどうだろう?とそんなに私とニコレッタのものに比べるとそんなに高くないグレーのマントを1着ハンガーから取るとニコレッタの服と一緒に店主の待つカウンターにどさっとおいた。
牢に帰れば鎖を外して着替えができるんじゃないかと思い、今着ているよりましな古着を上下で追加した。
「ちょっと精算するんで待っとれ」
ピカピカの頭を下げて木札を読んではメモ書きをしている様を眺めて待つと、銀貨1枚と銅貨45枚だということで銀貨1枚と大銅貨2枚と銅貨5枚を払った。
アンドレアは外にいるのでニコレッタと二人で買った服を抱えて独特な匂いにうぇーと思いながら表にアンドレアの台車に載せ、帰路についた。
ニコレッタに食器と衣服の洗浄を支持してリビングにアンドレアと2人になる。
「アンドレアさん、こういうと申し訳ないのですがきっと衛生的な生活をさせてもらえてないと思うのですが、もしよければ汚れを落とすというのはどうですか、いや脱げないと思うので服ごと洗うことになるんですけど」
犯罪を犯してしまうような人を怒らせるのは怖いので、怒らせないように注意しながら提案をする。
無表情でぴくりともせず全身からすべての感情を読み取ることはできない。
「あなたがそういうなら従います」
というので浴室に案内し、奥の方に立ってもらって首だけを出して全身まるごと水で洗い、石鹸を渡してなんてこと無いように装いながら言った。
「ついでなので洗濯もしてしまいましょう」
アンドレアは自分で全身に石鹸を塗りたくって擦るが泡が立たない。
何度か流しては洗ってもらい数回の後、やっと汚れが落ちたようだった。
あ、髪なんか鎖が足とつながっているせいで腕が上げられなくて体育座りで洗わなくてはいけなくて罪を犯したといっても鎖に繋がれて頭洗うのを見下されるアンドレアを見ていると少し可哀そうに思った。
「なんか、こんなことまでしてもらって、すみません。貴重な水もたくさん使わせてしまったし」
無骨な風貌から意外としおらしいことをいうアンドレア。
「これからいっぱい働いてもらうんで清潔にしていないと病気になったりして働いてもらえなくなるのは困るのでお互い様ですよ」
と、やっぱり思ってもいないことを言う。
戦えば私のほうが強いと思ってても怖いものは怖い。
「ちょっとびっくりしますけどだれにも言わないでくださいね」
そういうと返事も待たずに熱風のつむじ風でもみくちゃにする。
心底驚いた顔で私をじっと見るアンドレア。
乾いた頃を見計らって買ってきたマントと着替えを渡した。
「どこに帰るか知りませんけど、鎖外してもらえるなら着替えてから着てください。その服のまま連れ歩くとなんだかいじめているみたいで気分がよくないので」
ぽかんとした表情のままのアンドレアに服を受け取らせ今度はニコレッタの様子をみにキッチンに向かう。
熱風のせいで気温があがり暑くなってしまったので靴を脱いで裸足になると冷たい床が気持ちいい。
アンドレアの洗濯に時間がかかっている間に、食器類はすべて洗い終わって今は洗濯をしているようだ。
「どんなかんじですか?」
「わあ! 音もなく忍び寄らないでください」
「靴だと暑くて」
「今度革のサンダルを買ってきますね、洗濯ももうすぐ終わります。干し終えたら食事を作るのでもう少し待っててください」
わかりました、とリビングに戻ろうとした所、ニコレッタがあっ!と声を上げた。
「ハンガー買うの忘れた!」
絞り終わった洗濯物を前にしてがっくりと肩を落とすニコレッタに熱風を浴びせかける。
「魔法で乾かしましょうか」
「今回だけ、今回だけお願い致します」
気まずそうにシュンと小さくなったニコレッタがあまり責任を感じないようにちょっと笑って熱風で濡れた洗濯物に温風を叩きつける。
最初のうちは水を含んで重い衣服がだんだんと浮き上がりはためくようになっていくさまをぽかんと口を開けて凝視するニコレッタ。
「面白いですかね?」
「カオル様は魔力量がずいぶんと多い魔法使いなんですね……。だから使用人を手配されるのですね」
将来性もありそうで安心しました。そうニコレッタは心の中で付け加えた。
「まあ、そういうことですね。お金以外でも足りないことがあれば言ってください」
「ありがとうございます」
そんな話をしているうちに乾いた洗濯物が宙を舞うようになったのでニコレッタが手を入れても火傷をしない様に温度を下げ回収してもらう。
「乾燥も早くていいかもしれませんね」
「そんな何度も手をわずらわせることはできません」
「そんなもんですかね? まあ、私は貴族でもなんでもないのでそこまで気にしなくてもいいですよ」
「人の上に立つ者がそれでは困ります!」
ニコレッタの返事を聞かずにリビングに戻ると部屋の角の方でアンドレアが所在なさげに立っていた。
「あ、放っておいちゃってすみませんね」
私の言葉に頷きで返事をした。
座れと言っても頑なに立ったままのアンドレアさんとダイニングで待つとニコレッタが洗濯物を抱えて2階、おそらく畳んだ洗濯物を私の部屋に置きに行き、戻ってくると今度は食事の用意をいたしますね。と言ってキッチンに向かった。
まな板をナイフが叩く音を聞きながらペドロの家で食べたようなものがでてくるんじゃないかと心配していたらやっぱりぐずぐずの味のない肉野菜スープと硬いパンに焼いたソーセージだった。
ニコレッタは私の分を並べるとアンドレアに声をかけて一緒にキッチンに引っ込んでいった。
「一緒に食べないんですか?」
キッチンを覗き込んで小さなテーブルで一緒に食事をしている2人に声をかけた。
「主人と使用人が一緒に食卓を囲んではいけないものなのですよ?」
ニコレッタはおねえさんが弟妹に言い聞かせるようにいうと給仕にもどった。
気にしないんだけどなあ、と思いながら薄味のくたくたスープに塩を足して味を調整しても尚、美味しくない食事を1人でたべる。
我慢して最後の一口のパンをスープで含み嚥下を終えると、まるで苦行を乗り越えたかのような精神的な疲れを感じた。
これを毎日食べないといけないのかと思うとすべて外に食べに行きたい。
食器を片付けているニコレッタの横顔を見ながら勇気をだして質問することにした。
この食事をずっと我慢することはできないから。