犯罪奴隷はちょっと臭う
「国が違うと色々ちがうもんだなあ」
感心したようにロペスが腕を組んでつぶやいたのを聞いたイレーネも小さく頷く。
「だいたいのことはわかりました」
「で、今日はこれからお前らの家財道具服食器を買いに行ってもらう必要がある」
「昨日はかけるものもなくてすごく寒かったんですよ! だから中々寝付けなかったのに寝坊した扱いされて!」
「すまんな、手配するの忘れてた」
イレーネの抗議もさらっと流され私達に金貨を1枚ずつ渡された。
「これは?」
「必要ないかと思ったが一応当面の資金も渡しておく、いらんか?」
「いいえありがとうございますたすかりますもうあたしのです」
言い終わる前にイレーネが金貨を抱きしめてもう離さない旨を全面に押し出した。
正直な話、そこまで困っているわけではないのだけどここの物価がどんなものかわからないし、多くて困るものじゃないのでありがたくいただくことにする。
「じゃ、あとは勝手にしてくれ」
ルイスさんはそういうと自分の荷物をまとめてさっさと帰ってしまった。
と、思ったらすぐに戻ってきて
「あ、仕事の話もあるから明日の朝ギルドに来てくれ」
と言ってから帰っていった。
ルイスさんが置いていったと思われる魔法の明かりの中、どうしていいかわからず椅子に座って惚ける3人と、勝手に発言していいかわからないといった表情でもじもじするメイドと何もしないで1日が終わるならそれでいい荷運び。
「じゃあ、とりあえず家帰ろっか。また明日ね」
イレーネが勢いよく立ち上がってちょっとだけふらつくと2人を連れて出ていった。
「私も行こうかな、布団がないと凍え死んでしまうからね、ニコレッタさん、アンドレアさん行きましょうか」
「カオルはカオルって感じだな」
「何を訳のわからないことを。じゃあね」
帰ると言っても隣の家。
「お邪魔します」
恐る恐るニコレッタが私のあとについて歩き、その後ろにアンドレアが続いた。
「留守も任せるので鍵、持っておいてください」
予備の鍵をニコレッタに渡すとニコレッタはポケットに大事に仕舞った。
「色々足りないので今から買いに出ましょう。でも私はこの街に詳しくないのでおすすめの店とかあればそこに行きましょう。ありますか?」
「いくつか知っています」
「おれもだ」
「助かります。では行きましょうか」
最初は大きいものからということで少し登った所にある中古の家具屋に向かう。
中古といってもやはり高級品だったり素人が切って釘を打っただけの物なんていうのもあるので客層によっても内容は変わる。
ニコレッタに連れてきてもらったのは中級の商人やすこし羽振りが良くなってきたハンターが買うような店。
ちゃんとした家具職人が作って買い替えやなんらかの理由で手放さなければいけなくなった家具を扱う店。
下町の家具屋は家具屋とは名ばかりのガラクタ屋なんだそう。
家具屋では食器棚とワードローブを大小1つずつ。
これは私の部屋のものとニコレッタの物を買った。
わたしなんてその辺においておけば十分だと固辞するのをまあまあ、と押し留めてやや強引にニコレッタのワードローブを買う。
新品はオーダーメイドになるが、作ってもらっているまで待つ余裕はないので、新品を選択する時間的経済的余裕は今のところない。
家具屋に台車を借りてアンドレアに買った家具を乗せてもらって家に運んでもらう。
「寝具は取り扱いありますか」
ふと思いついて聞いてみるとあるらしいのでなるべく綺麗で、できたら新品の寝具を私の分とニコレッタの分を注文し、品物を受け取って次の店に行こうと思ったら寝具は別の店からの配達になるのだという。
「多少お金がかかってもいいので今日中でお願いしますね」
そう言って家具屋を後にした。
次に買うのはは食器と服。
アンドレアが表情を変えずに台車を引き、ニコレッタの案内で食器を買いに向かう途中で私の家に寄り、家具を一旦家の中に運び込んでもらった。
無言で作業するアンドレアを不安げなニコレッタと私が自分でやるのが一番早いのにと思いながら搬入が終わり。
「またせた」
ニコレッタを先頭に、私、台車を引いたアンドレアが続く。
このまま借りた台車を引っ張って行きそうだったのでニコレッタに
「台車返さなくてもいいの?」
「食器と服は荷物になりますから」
ちゃっかりしてるんだな、とちょっと笑った。
木の車輪がゴロゴロと音をたて螺旋の道を足早に下る。
「食器は下の方に向かうんですね」
「消耗品ですから安いものを多めに揃えようかと思いまして」
「陶器と金属はいずれ買わなくてはいけません」
「どうして?」
「お客様がいらしたときに使いますから」
「あぁ、見栄ですか」
「そうですね、あ、ここが雑貨屋です。アンドレアさんはここで待っててください」
そういうとアンドレアは頷いて台車に寄りかかった。
「さ、カオル様。行きましょう」
ぎぃとドアを開けてさっさと中に入っていった。
「どんな物がいいですか?」
「んん~、統一感とか気にしないので良さそうなのを4人分くらい揃えてくれるといいですね。私とニコレッタさんと、予備が2人分」
「では、そのように」
ニコレッタが必要なものを注文してくれている間に私はふらふらとそんなに広くない店の中を見て歩き、店主は注文に合わせて木箱にいそいそと食器を詰めていく。
細かい模様の入った高そうな銀の食器やら陶器の食器はいくらするんだろうと間違って触らないように時間つぶしをしていると、太ったおじさんが声をかけてきたことで存在に気付いた。
「あ、あの、終わったのでお支払いを」
「あ、ああ、すみません。おいくらですか?」
「銀貨2枚と大銅貨2枚でたくさん買っていただいたので銅貨の端数はおまけにしておきます」
「そうですか、ありがとうございます」
そう言って巾着から取り出した銀貨3枚を渡すと大銅貨8枚になって返ってきた。
「お荷物は外の台車に積んでおきましたので、あ、木箱は返却おねがいしますよ」
「お手数おかけします」
「これからもごひいきに」
ニコレッタにドアを開けてもらって表に出た。
表に出るとちょうど木箱を2つ積み終わったところで中をのぞいてみると買った食器は木製だった。
「銀は高いですし、陶器は持って帰るまでにぼこぼこの地面と台車の揺れで粉々になってしまいますから安くて丈夫な木製が使いやすくていいですよ」
「あーなるほどねえ、次は服屋ですか?」
「そうです、すぐそこですよ」
ガタガタゴロゴロと台車の音を響かせて服屋に向かう。
「ニコレッタさんは荷物とか持ってきてますか? この後ついでに取りに行ってもいいですが」
「わたくしは荷物ありませんわ、前にいたところは使用人服を貸していただいていました」
着の身着のままであちこちに行っているらしい。
なんで私が彼女の衣服を買うことになっているのだろう?
ニコレッタがそうならきっとアンドレアも今着ている薄汚れた服1枚しか持ってないのだろう。
ちらっとアンドレアを見ると無言で無表情のまま台車を引いていた。
私の視線にきづいて一瞬こちらを見たがすぐに視線をはずして台車を引き続けた。
いくら犯罪奴隷とはいえ、一緒に歩く人が小汚い格好で同行すると思うとそれが当たり前だとしてもちょっと嫌な気分になる。
ここ数年で小汚い慣れをしてるつもりだったのだけど、それでもちょっとどうかというくらい汚い。
近くに寄るとちょっと臭いもする。
「……様! カオル様! 古着屋に着きました」
考えながら歩いていたらとっくに着いていたらしい。
すまんすまんと思いながら偉そうに頷くとアンドレアを外に待たせてニコレッタと一緒に古着屋のドアをくぐった。




