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思えば遠くへ来たもんだ


 名前だけではどんな料理で味なのかイマイチわからなかったので、適当に美味しいのを、と注文するとまるで貴族に対するような態度で引っ込んでいった。

 教育が行き届いているようで何よりだが、他の客からはなんだか見られている様な気がする。


「なにあれ?」

「チップっていうのでね、サービスに対して直接お金を払うんだよ」

「カオルの所だとそうだったの?」

「そういうわけじゃないけど、そういう国もあるって知ってただけ」

「そうなんだ。そういえば髪の色ちょっと戻ってきてるの気づいてた?」

「え? ほんと?」

「うん、うっすら黒くなってきてるよ」

「白いままだと目立つなぁって思って染めようと思ってたところだからよかった」

「目立つのが嫌ならまだ薄いグレーだから染めたほうがいいかも」

 そう言ってちょっと笑った。


「じゃあ、明日来る使用人とやらにお願いしてみようかな」

「あたしらの所に来る人もあの味なのかな」

「いやー困っちゃうねー、仕事で外出てたほうがまともなもの食べれそう」

「そうだよ、カオルのありあわせパスタの方が絶対おいしい」

 前菜のサラダを突きながらぼやくイレーネを見て、そもそも家事能力がないのに使用人やるってどういう人なんだろう? と思ってイレーネにも聞いてみる。

「やったことはないですがやる気はあります! みたいな?」

「できることで稼いだほうがよさそうなのにね」

 そこらへんも事情があるんだろう。結局はそういう結論になり新しい使用人についての話は終わった。


 パンのバスケットとポタージュがだされ、周りを見てみると知ってるものよりどろっとした粘度の高いポタージュをパンですくいながら食べるのがこのポタージュの食べ方のようで真似をしながら食べる。

 接待をするような役目でもなかったので高級な食事なんてしらない私はイレーネと周りの様子をうかがいながら恐る恐る食べ進める。

 なんだかんが言ってもイレーネは貴族なので落ち着いていて奇麗なもんだなぁと感心した。

「なにさ」

「いやあ、食べ方奇麗だなぁと思って」

「ほめたって何にもでないよ」

「褒めコインとか出て溜まったら賞品と交換できたらいいのにね」

 そういうと何それといって声を出さずに令嬢らしく笑った。

 ちゃんとした所ではちゃんとできる意外な一面を見た。

「変なこと考えてるでしょ」

「まさか」


 スパイスのソースがかけられた見たことがない肉質のステーキがテーブルに乗せられ、羊肉のステーキですとウェイターが解説した。

「当方のステーキソースは高級店にも引けを取らない味ですのでお楽しみいただけますよ」

 なんて言って引っ込んでいった。


 どれどれ、と食べてみるとマトンらしくちょっと臭みが強くて私には辛かった。

 ソースを目一杯つけて添えられたハーブを乗せて食べてみるとだいぶ臭みが薄れなんとか美味しく食べられるようになった。

「ソースおいしい」

 イレーネがつぶやく。

「肉の臭みがすごくない?」

「羊ならこんなもんじゃない? 何年か毛を取ってから肉にするからどうしてもね」

「そうなんだ、1年以内の肉しか食べたことなかったから」

「ほんとに平民だったの? 貴族だったんじゃないの?」

「普通に平民だったよ、ただちょっと仕事しすぎで妙にお金持ってただけでね。お金持ちはもっとレアなものを食べるんだよ」

「例えばどんなの?」

「サメの卵とか変な匂いがするきのことかおいしくなるように育てた牛とか……あとは数が少ない動物の肉だね」

「牛を食べるためだけに育てるんだ。牛なんて怪我して処分されるか働けなくなったのしか食べたことないよ」

「だから牛肉は煮込み料理にしか入ってないのか」

「牛なんて働くための動物だからね、囲って育てても餌の量も多いし魔物が来て襲われちゃうから食べるために育てるのなんて早く育つ豚くらいなものよ」

 家畜をあまり見ないとは思っていたけど肉食獣がうようよしてる場所で放牧なんてできないか。


 また一つ世界の謎を解き明かして感心しているとテーブルへ1人の男が寄ってきた。

 1本足の椅子と8弦のギターのような不思議な楽器を持った男はいかにも吟遊詩人ですと言わんばかりにヒラヒラした服でキラキラした笑顔でどうです? なんていい声で声をかけてきた。

「お嬢様方、1曲いかがですか? 数十年前に召喚者が書き残したという歌やこの地に伝わる英雄譚、東の国の神話などきっとお気に召すものがありますよ」


 うさんくさいと思いつつも表に出さないように切り分けた肉を口の中に放り込みながらイレーネに目くばせして華麗で華やかな流しの男の対応を任せた。

「召喚者の曲をお願い」

 追い返してくれるのを期待したのにイレーネは興味深そうに大銅貨を弾いて飛ばすと吟遊詩人は目にもとまらぬ速さでヒラヒラの袂にしまい込んだ。


 吟遊詩人はニッと笑うと1本足の椅子に軽く腰を掛けるとギターのような楽器を奏で始めた。

 あぁ、この曲は知っている。

 所々違うが私がここに呼ばれる前の年か前々年に流行った曲だ。

 さっき数十年前と言ったか好きな時間から呼び出せるのか? どんな基準で? 考えてはみても答えがでない疑問が後から後から湧いてきて頭の中を埋め尽くした。

「知ってる?」

 小首をかしげながらイレーネが声を出さずに口の形だけで聞いてきたのでわずかにうなづいてみせると妙に目を輝かせて嬉しそうに吟遊詩人をみた。


 知ってる曲とだいぶ違うけれど似た雰囲気の曲をイレーネのリクエストで奏で歌う吟遊詩人。

 しかし不思議だ。

 私がここにくる3年前の時点からたしか2年くらい前にヒットチャートの1位だったはずの曲がこんな所でずっと昔から歌われてきたなんて。

 楽しげに歌を聞くイレーネを見ながらぶどう酒を頼み、吟遊詩人の男にも勧めながら昔話や遠い地の英雄譚なんかも聞いて。

 周りで食事をする他の客も段々と食事を終えて吟遊詩人の男の歌に耳を傾ける。


 有線放送かジュークボックスみたいなものか。

 そう思いながらだらだらと出てくるものを食べていたらいつのまにかすべて終わっていたようだ。

「おや、そろそろお帰りの時間ですね。では最後の1曲はサービスさせてもらいますよ。故郷を離れてバドーリャに来たお嬢さん方にぴったりの曲を」

 そう言って歌った曲は20何年か前の曲だった。

 所々歌詞がこっち向けにアレンジされていたけれど故郷を離れて故郷を思う曲を聞いて思わず目の奥が熱くなってしまったがなんとか堪えて歌い終わった吟遊詩人に銀貨を差し出した。

「ありがとうございますお嬢様方」

 日本からファラスに攫われ、ボーデュレアからバドーリャに。

 私はこの先どこまで行ってしまうんだろうな。


 ふらふらのイレーネに強引に手を掴まれブンブンと振り回されながら一緒に歩いて家まで帰った。

「カオルの世界の曲もっと聞かせてね」

 家まで送り届けて私も家に帰る。


 いい具合に酔ってるしおなかもいっぱいなのでさっさと寝る準備をして簡素なベッドに横になる。

 横になって気づいたがかけるものが用意されていなくて少し肌寒い。

 (フェゴ)を出してぷかぷかと空中に浮かべ(ほの)かな暖かさの中、酔いも手伝ってあっというまに意識が闇に引きずり込まれるように眠りに落ちた。

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