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味が薄い料理が普通という文化

「この辺はどこもこんな家で狭くて仕方がない」

 ペドロが文句を言いながらここがキッチンと使用人の部屋、ここがトイレ、ここが洗濯場、と説明をしながら廊下を通り、ダイニングへ案内された。

「あとは2階におれの寝室と書斎がある」

「今の話で浴室がなかったと思うのだけど」

「ここいらでは水は貴重だからか、せいぜいぬるま湯で体を拭くのが精々で金持ちになると頻度があがる程度だ」

 ペドロの召使いがお茶を出してキッチンに引っ込むのを見届けると、声を少し小声で

「魔法で出すにしても無尽蔵に使えるのはお前らくらいだからな」

「おれを一緒にしないでもらおうか、変態はこの2人だけだ」

「こっちから見ればお前も似たようなもんだ」

「変態ってなにさ!」

「おお、自覚がないとは生きづらかろう」

 ペドロが笑いながら空になった私のお茶を継ぎ足した。


「まあまあ、努力した結果なんだからいいじゃない。ね? とはいえこっちで仕事しないといけないならペドロとルディも魔力を増やさないと。こっちの魔物は向こうのより強いみたいだからさ」

「そうなんだ、聞いてくれよ。おれらは東の山脈を超えているルートでこっちに来たんだがな。あ、その前に昼は食べたか? まだなら一緒に食べていくといい」

 テーブルにあるベルを鳴らすと召使いの女性がキッチンから出てきて「御用でしょうか」とペドロの傍らに立った。

「パオラ、すまないが昼食を彼らにも用意してくれ」

「かしこまりました」

 礼をして下がる召使いの女性を見送って「彼女は?」と聞くと

「明日辺りお前らの家にも派遣されてくるぞロードーシャをコヨーするシャカイテキセキニンを果たすんだとさ、支払いはこっちもちだし、その、な」

 言いづらそうにだんだんと声が小さくなりながら言葉を濁した。

 なんだろう、と思っているとパンが入ったバスケットとスープの入った鍋にスープ皿をカートに載せたパオラが現れた。

 テーブルの真ん中にバスケットと調味料入れを置くとスープを給仕する。

 スープ皿が置かれ、スープが注がれるとベーコンと細かく刻んだ野菜のスープの様だった。

「さあ、いただこうか」

 主人であるペドロの声で食べ始めるとパオラは礼をしてキッチンに向かった。

 ペドロは心配そうな目で私達を見回し、私が食べるのをじっと見てくる。

 パンを2つに割り食べてみると普通のパンの味だった。

 なんてことはない、普通のパン。硬さは少しあるが焼き立てを買ってきたであろう味。ペドロの表情が変わらないのでこれではないんだろう。

 イレーネを見るとイレーネも訝しんでる様子でお互いに頷きながらスープに手を付けた。


 なんというか、味がない。

 ベーコンの油と塩味が遠くにうっすらと感じられる。

 野菜も食感がなく、口に入れた瞬間にどろりと崩れた。

「自分で、塩を足して味を調整するんだ」

 小さなスプーンが刺さった小瓶を渡された。

 サラサラ、と塩を足して食べてみると、味のないドロドロが塩味のドロドロになっただけだった。

 微妙な顔の私たちを見てペドロが満足そうにうなづく。

「そうだよな、それが普通だな。文句を言ったらこちらではこれが普通ですよっていうわけだ。だが向こうで食べてたものがどうやって作っていたかなんて平民や料理人の子供じゃあるまいし知るわけがない」

「たしかに。それで?」

「お前らのところにも大差ないのが送られてくるわけだ」

 ぐっと喉を鳴らして苦々しい表情を浮かべるロペスと眉間にしわを寄せてどうにかこのドロドロがおいしく食べられないかとスプーンを持ち上げたり下げたりするイレーネ。

 私はというと貴族じゃないしやり方を指示すればやってくれるだろうと楽観的に考えていた。


「料理できないのに身の回りの世話をするなんてどういう人なんだろうね?」

「料理以外は普通にできているからこれがこっちの普通なんだろうさ」

 まあ、いつかだれかに聞いてみようと心のメモ帳にうっすらと書き記し、ここの食材を確認して改善できそうならいい方法考えておくよと私が言ったことで今日の所は解散となった。


 ドアの鍵、と言っても現代で使っていたようなきちんとしたものではなく、おもちゃの宝箱についているような頑丈で安っぽい形の鍵を差し込み半時計回りに回す。

 中に入って鍵の形をみてみると、円を切った板が鍵の回転とともに出てくる仕組みで意外とちゃんとしてる、と感心した。


 一通り家の中を物色してキッチンや風呂に使用人の部屋、テーブルと椅子だけのダイニングに寝室、書斎と一通り見て回った。

 ひんやりとした石造りの1階にいると気温は低くないのに体温を奪われるような気がしてぶるっと体を震わせると増築された木造の2階に上がりペドロに書斎と紹介された部屋に入る。

 真っ暗な室内に(イ・ヘロ)の光を放り投げ書斎の机に座ってぼーっとする。


 一体これから何をさせられてしまうのか。

 部下が付くならめんどくさいから自分でやってしまうという選択肢を取ってはいけないことになる。

「ああ、めんどくさい」

 背もたれに体重を預けてぼやいた。


 窓がないので外の時間がわからず、うだうだと考えながらぼーっとしているとどれくらい時間がたったか。

 階下からかすかにドアノッカーの音がした。

 もう使用人とやらが来たのかな、と重い腰をあげて玄関に向かう。

 のぞき穴なんてものはやっぱりないので「はーあい」と返事をしながら鍵を開けてみるとイレーネが立っていた。

「あらま、どしたの」

「家になんにもないし、ちゃんとしたもの食べに行きたくて」

「ああ、そうだね。皿の1枚もないもんね」


 苦笑いして荷物を漁って銀貨を適当に何枚か取り出してポケットにしまおうとしたが、女性物の服はポケットがないらしい。

 しょうがないので小さな巾着に入れ一緒に外出する。

 1階層上にある渡り鳥の翼亭という中規模の商家が接待で使うことがあるというちょっといい店に行った。


「当店はドレスコードがあるのですが、初めてですので今回は多めにみます。ですが次回からはきちんとしたドレスでいらっしゃってください」

 入店した私とイレーネを見比べ、いやそうな顔をして受付の男は言った。

「はあ、すみません」

 とりあえず謝ってはみたが、次回からはどうしよう。


 受付の男はお客様を3番テーブルに、そうウェイターに告げ、呼ばれたウェイターの男は私たちを席に案内する。

 椅子を引いてくれるような店に来るのは初めてだ。

 きれいなクロスがかけられたテーブルに向かい合わせで座った。

 席に着くと「ありがとう」というとウェイターはメニューを置いて引っ込んでくれると思ったがにこやかに指をムニムニと動かし、にっこりと笑った。


 ああ! チップか! と思いつき巾着から銀貨を渡した。

 渡された硬貨が銀貨だったことに驚きつつも喜色を満面に浮かべ恭しくメニューを開いておすすめを教えてくれた。

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