ひげは男のステータス
「髭は長すぎても短すぎてもいけない。
口ひげは両側を剃ったり真ん中だけ剃るような形の髭は詐欺師の髭といって良くない髭なんだ。
口を囲うように上下がつながってしまうようなのは野蛮に見えるからやめておいたほうがいい」
エッジオが人差し指と中指を鼻の下に当てたりしてだめな形を手で示しながら教えてくれる。
ちょび髭はだめで馬蹄形やサークルは野蛮らしい。
流行りは口ひげを伸ばして正面から見るとあごひげとつながっているように見えるけど横から見るとつながっていないワイルドな装いらしい。
聞いてみたもののさっぱりわからない。
髭の説明を聞き飽きたのでロペスのちょび髭を想像してニヤニヤしているとイレーネが私の顔をみて変な顔をしていた。
メモを取り出してちょび髭を書いて紙とロペスを重ねて見せるとブフッと吹き出しロペスがちょっとムッとしていた。
「あごひげは口の下だけを残して左右は剃ったほうが無難かな、整えすぎてると偉そうにしてると見られる場合もあるし、整えてないとだらしがないといわれるしな」
そんな話をスルーしながらエイブラハム・リンカーンの髭を書いてイレーネに渡すと背中を丸めてヒクヒクと震え始めてロペスに睨まれた。
それからカイゼル髭とか色々書いてはイレーネと一緒にロペスやエッジオに透かしてこれが似合うとかありえないと笑いながら過ごしてどのくらい経ったか。
「遅かったな!」
少し痩せ、まばらなひげをはやしたルイスさんがいつの間にか私の後ろに立ってひげメモを眺めながら言った。
「お久しぶりというほどではないですけど、お久しぶりです。少し痩せました?」
「副団長?!」
「は?! 副団長?!」
「ああ、そうそう、黄金の夜明け団の副団長やってんだわ。フェルミンが団長でトミーとアイランが団長補佐やってる。ってお前は輸送やってくれてる……たしか、エッジだったか」
「えっえっエ、エッジオです」
「ああ、そうそう、エッジオ君、なんでこいつらと?」
「それについては私から説明しましょうか」
間に入って砂漠で水がなくなったエッジオ達と合流したこと、ルディとピエールフが砂獣に襲われたこと、宿に泊まって体力の回復をしてからロペスと合流してからエッジオにここまで案内してもらったことを説明した。
「あー、運び込まれた重症者ってルディだったか、とっさとはいえ、運が良かったな」
「ルディ君のおかげでピエールフも仕事続けらりことに感謝すると思います」
片手、片足無くしてもこんな感じにしか思わないことには未だになれないが、命が安いのだからそういうものなのだろう。
「そのうち飲み薬でも作ってあげたらいいですよ」
「簡単にいうが10級はなかなかなあ」
頭をガシガシとかいた。
きっと飲み薬作りの師、リタ先生を思い出して作り方を復習しているのだろう。
「取りに行かないと手に入らない材料はお前らで用意しろよ、おれはここから動けないからな」
「もちろんです」
ロペスが力強くうなづいた。そしてひと段落ついて思い出した。
「エッジオのギルドゴールデン何とかって違う名前だったよね」
「黄金の夜明け団だ」
「で、正しくは?」
ルイスさんに話を振ると「黄金の夜明け団だ」という。
どういうことかと聞くと、ルイスさんがギルド作成を頼んだ時の書類に読み方を書き忘れたのでみんなが好き勝手呼ぶことになったというなんともばかばかしい話だった。
「まさか自分が下っ端やってるギルドの幹部候補生だと知ってたらさっさと逃げてた」
「あたしとカオルを口説こうとしてたもんね」
エッジオのぼやきをイレーネがからかった。
「ルディとピエールフはどういう顔をするだろうな」
ルイスさんとロペスは面白そうに今ここにいない2人の反応を予想して面白がる。
素直に喜んでくれればいいけど、幹部候補の片腕を失う原因になってしまったとピエールフさんが責任を感じなければいいが……。
「じゃあ、ギルドに行くか」
ルイスさんを先頭に岩山をまるで巨大な巻き貝のように削って作られたバドーリャの街を歩きながらこの街やこれからのことについて色々教えてもらった。
今は砂獣や魔物の退治や荷物運びなんかをしながら戦力を集め、育てている所で、いずれ『ファラスを占領したアールクドットの討伐』をハンター協会に仕事として発注したいそうだ。
自分で発注して自分で受けて自分に支払うというのも手数料もあってバカバカしい気がするけれど、発注者が全員戦場に出てしまう。
すると払う者も受け取る側も全員無事に帰ってこれる保証もないので支払いについては事前に取り決めておかないと受ける側が嫌がるというのもわかる。
命からがら帰ってきて発注者が死んでしまったから誰が金持ってるかわからないなんて容易に想像がつく。
そういうわけで数千人分を雇えるくらいの資金稼ぎと、その戦力を増強するという気の長い計画なんだそう。
そう思って最初ファラスから移住した元教官達で仕事をうけたそうだ。
仕事自体は上手くいったが、過程に問題があったそうで、ここでは『魔術師ギルド』というものがあり、魔法はお金を払って教えてもらうんだそうだ。
そんな事情も知らずに仕事を受けていたが、魔術師ギルドとしてみればファラスから来たやつらときたら金も払わずに魔法を使ってけしからん、ということでハンター協会に行っても仕事が受けられなくなった。
どういうことだと話を聞いてみるとこの街の有力者の1人である魔術師ギルドの長が裏から手を回して仕事をさせないようにしたのだという。
これはまずいと慌ててわびをいれ、以降この街で使う魔法は魔術師ギルドから買ったものを使用するよう約束した。
ファラスの魔法は基礎を終えると威力や性能を決めるのは本人の才能次第なのだけど、ここバドーリャの魔法は威力や進度によって段階が定められていて、1つずつお金を払って教えてもらう必要があるらしい。
そこによそからきて後ろ足で砂をかけたものだから魔術師ギルドのプライドを傷つけ干されることになったのだ。
「そういうわけだから騒ぎを起こしてくれるなよ、カオルとイレーネ」
イレーネはともかく、なぜ私が騒ぎを起こすと決めつけているのだろうか。
「目立たないようにしますよ、くれぐれも」
「カオルはともかくあたしは騒ぎなんて起こしませんよ」
はっとしてイレーネをみるとふふん、と勝ち誇っていたがロペスに「どっちもどっちだ」と言われ傷ついたふりをしていた。