一生懸命に生きるって
「1人でいいもの食べてるのね」
そう言ってイレーネが私の肩に手を置いた。
「パスタだよ、赤いけどね」
イレーネはうっという顔をしてから隣に座り同じものを、と頼んだ。
出てきた赤いミートボールパスタをまじまじと観察して恐る恐る口に運んだ。
「味はタタンプと一緒だったね」
「こっちの土地は魔力があまりないから赤くなっちまうんさ」
料理人のおじさんが、受付した人とは違う頭に布を巻いた筋肉質で背の高い、おじさんが皿を拭きながら話しかけてきた。
「チーズをかけるともっと美味しいよ」
銅貨2枚を置きながらいうと、料理人のおじさんが奥に行き、しばらくしてからチーズの小皿を持ってきた。
「おお! おいしい!」
チーズを混ぜたパスタを食べ感激の声をあげる。
「そのチーズは普通に作るときより発酵を多くしてるから臭いは強くなるが料理によくあうんだよ」
店のおじさんによるチーズの講釈を聞き、感嘆の声を上げながらイレーネがパスタを食べ終えてふうと息を吐いた。
「2日ぶりに食べたね」
「そういえば2日ぶりだったね、急に食べて胃がびっくりしないかな」
「まあ、大丈夫じゃない? おじさん、ビールください」
「ビール? エールかい? ラガーかい? エールは1杯銅貨4枚、ラガーは大銅貨2枚だ」
「ラガー? なんでそんなに?!」
「ラガーはあっしが知る限りではここでしか作ってないビールだからな」
「作るのに低温でないとだめだから作るのが難しいんだよ」
「ほう! 詳しいなお嬢さん!」
「そういうのがあるって聞いたことがあるだけなのでちゃんとした作り方なんて知りませんけどね」
「魔道具がないと作れないからここにしかないからな」
そう言ってニヤリとした。
「じゃあ、ラガーを2杯」
「ほい、まいど!」
ラガーがなみなみと注がれた木のジョッキがどん、と置かれる。
「あ、腸詰めかなにかあてになるものもらえますか」
「あいよ」
乾杯しようと思ったが乾杯するような状況でもないし、と思ってジョッキを持ち上げたままなにかいうのかと譲り合ってたら無言でジョッキをぶつけることになってつい吹き出してしまった。
「なんかいいなよ」
「イレーネだって」
でもやっぱり言葉はでてこなくて2人でジョッキを持ち上げてから口をつけた。
ちょっと薄いが確かにこの味だ。
久しぶりの味に思わず一気に飲み干してしまった。
「苦くない?」
「そうかな? まあ、私は飲み慣れてる味だからね」
小声でささやくとあたしはエールの方がいいわと返事をした。
久々の酒をイレーネと楽しみ日付が変わる辺りまで飲んで、やっぱりふにゃふにゃになったイレーネを担いで部屋まで連れて行った。
「鍵どこ?」
「もう無理ー、眠いー」
ああ、またか!
そういえば、今日は少しペースが早かったな。
イレーネの飲みっぷりを思い出しながら仕方なく私の部屋に連れ込み、ベッドに放り投げ靴を脱がせ毛布をかけた。
初めから2人部屋を取ればよかったということに今始めて思い当たった。
見た目は同性でも異性だからと分けていたけど宿代も少し高くなるし、イレーネは気にする素振りはないしなんだか腹が立ってきた。
歯を磨きながら弱々しい光の光を反射して煌めくサラサラなイレーネの髪と酔って真っ赤になった寝顔を眺め、酒さえ飲まなければいいんだけどなぁと思いながらイレーネの横に潜り込んだ。
あれだけ寝たので目が覚めたのは翌朝、割りと早い時間だった。
そろそろロペス達もたどり着いたか、もしくは着いてるけど連絡が取れないのかもしれない、と思い出した。
すまない、ロペス。
イレーネが置きたらエッジオの家に行ってみよう。
まだぐーすか寝ているイレーネのほっぺをつまんで揺らしてみるが起きる気配はないのでゆすり起こして自分の部屋に帰らせる。
自分の荷物をまとめてあくびをしながら階段を降りていると足を踏み外して転びそうになり、思わず飛び降りると着地で大きな音を立ててしまって店のおじさんやら朝食を取っていた旅人っぽい商人やらの注目を集めてしまって愛想笑いですみませんと謝った。
「すみません、朝のメニューとかありますか?」
騒がせてしまったので恐縮してカウンターの奥のコックに聞いてみると
「ここらの朝食は1種類しかないよ」
とのことなので「じゃあ、それお願いします」というと鼻でふん、というと奥に引っ込んでいった。
しばらくするとにんにく臭い真っ白な目玉焼きとフライドポテト、そして半分に切られたガーリックバターたっぷりのバゲットが差し出され、銅貨3枚だよ、と言われた。
朝からにんにくか……と思いながら、しかし出されてしまったからには食べなくては。
鼻の奥に残る強烈なにんにくの臭いに毎日でもいいくらい美味しいけど、今日はもうだれにも会えないな……。と思いながらフォークで卵焼きを切ってパンに乗せて食べる。
強烈な臭いのボリュームに思わずぽかんとアホみたいに口を開けて臭いに色があるなら口からにんにく色の臭いが立ち上ってるだろうなと口から黄色いモヤが立ち上ってる姿を想像した。
「にんにくの臭いが消えるって言われてるお茶いるかい?」
「ああ? ああ、お願いします」
「よく口開けてたらにんにくの臭い消えないかなってぽかんとしてる客が多くて出すようにしたんだよ」
それならにんにくの入ってないメニューを出したほうが早いんじゃないのかな、と思いながらへえ、と愛想笑いしておいた。
そろそろロペスは着いた頃だろうか。
それならイレーネと一緒にエッジオの家までいかないといけないな、と思いながらにんにくの臭いが消えるお茶をちびちびと飲みながら考える。
結局お茶を飲み終わってもイレーネは起きてこなかったしにんにくの臭いは消えなかった。
店主に文句を言いたかったが「と、言われている」と言っていたので実際は違ったねえと言われるとどうにもならない。騙された気分だ。
そういえば、エッジオにはここの宿にいる話をしているのだから、ロペスたちが着いて落ち着いたら訪ねてきてくれるんじゃないだろうかと閃いた。
何度か読み終わった本を取り出して、どこから読もうかな、と半分くらいを開いて読み始める。
女神に魔王討伐を命じられた少年ニースが仲間と一緒に魔王を倒す英雄譚での最初の仲間、ポールというひ弱な魔法使いが仲間に入った辺りから読み始めるのが好きだ。
大きな音を立てられると驚いて固まってしまうほど気弱だった彼は、冒険によって成長し、龍の息吹を身一つで防ぎ仲間を救うが魔力を使い切った彼は勝利と引き換えに戦う力を失ってしまう。「最後までいけないけど、ボンクラな身じゃここらが潮時、これからはのんびり幸せに暮らさせてもらうよ」そう言って笑って見せる。
そういう先を知った上で気弱だった所から読み返すと応援もひとしおだと思う。
一生懸命生きるってこういうことだよね、と彼の退場を見届け大きく息を吐いた。