コミュ力
土曜日の夕方。
「お兄ちゃん、準備出来た?」
「こんなんでいいのか?」
少し肌寒くるこの季節。
黒のハイネックに黒の引き締まったズボンに、
灰色のジャケットで、靴は革靴。
なんとも…動きずらいし、藤恋がセットしてくれた髪がチクチクと目に入ってきて煩わしい。
「いいじゃーん!クール系だよ!さすが遺伝子!」
藤恋は満足気に玄関を出る。
私は外に出る前に玄関の姿見で軽く前髪をふわっとあげ、目にかからないようにした。
電車に乗って、都会に出る。
久しぶりすぎて、昨日パスモを探した。
なぜか少し見えない位置の棚に置いてあり、埃がかぶっていた。
「欲望の街!新宿!」
藤恋が元気に電車から降りる。
「新宿でなにするんだ。」
「んー。とりあえず腹ごしらえかな?」
ただ食いに来たかっただけか。
「わかった。」
と言って、藤恋が行きたい場所について行く。
新宿の歌舞伎町にどんどん向かって行く藤恋。
私はもう人がいすぎて、ストレスだった。
藤恋に連れられて来たのは、串カツ屋。
バカ高いところに連れて行かれるのかと思っていたので一安心した。
扉を開けて、店内に入る。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「二人です!」
「じゃあ、こちらのカウンターにどうぞ。」
と、店の人が席に案内しおしぼり、ソースとキャベツを持ってくる。
「お兄ちゃん、なに食べるー?」
私はメニュー表の品を指さして行く。
「はーい。私はこれこれこれこれ!お兄ちゃん頼んどいて。」
ピッとメニューを渡される。
クッソォ…私が人と喋れないこと知っててやってるだろう。
「お兄ちゃん。なんでも練習して場数踏まないと、出来るもんも出来ないよ。」
藤恋に耳打ちされる。
「こういう時、彼氏がリードしてメニューを店員さんに伝えてくれる方が嬉しいんだよ?」
わかってるけど…。
緊張して声がどもってしまうんだ。
「お決まりですか?」
注文しないで10分。店員さんが聞きに来た。
俺はメニューを開いて、指で全て伝えて行く。
店員さんはびっくりしていたが、すぐさまメニューを取り始める。
「…でよろしいですか?」
店員さんにメニューの確認をされて、私は頷いた。
「すみません!キャベツください!」
「はい!」
10分の間、藤恋はずっとキャベツを食べて待っていた。
その長い時間の間にも私は喋る決断が出来なかった。
[ガラガラガラ…]
と、どんどん客が入ってきて、料理が届く頃には満席になっていた。
「結構人気なんだねー。」
藤恋がずっと私に話しかけるが、人が近いし多いしなんだか怖くて声を出せずにいた。
すると、藤恋は隣に座っていた女性2人で来ていた客に声をかけ始めた。
わいわいと賑やかな店の中唯一声を発さない私。
勝手に孤独を感じていた。
「これ!私のお兄ちゃん!イケメンじゃない?」
「「イケメーン♡」」
藤恋が話していた2人が私を見る。
とっさに目をそらして、皿にある串カツを食べる。
「ごめんね。こんな図体して人見知りこじらせてるんだ。」
「でも、目の保養って感じ?藤恋ちゃん羨ましいー♡」
「こんなんでいいなら、結婚してあげてよ。今絶賛結婚相手募集中。」
「えー!私立候補しちゃおうかなー笑」
私が会話に入れないからと知っててのトーク。
藤恋が私のジャケットに入っていた携帯を勝手に取り出し、2人と連絡先交換していた。
…若くて健康?そうではあるけど、口は硬そうじゃないので後で連絡先は消しとくことにした。
あの2人は、これからホストに行くらしいので私たちより先に店を出て行った。
「お兄ちゃん。自分でアタックしないと。」
「…よ、余計。」
「ま、あの2人は実験台だから。お兄ちゃんがどれだけコミュ力乏しいか見ただけ。」
くぅっ…実の妹にそんなこと言われるときつい!
「それ食べたら、次のとこ行くよー。」
と言って、私の皿のホルモン焼きを指す。
私はとりあえず早く帰りたいのでパクパクっと食べて、次の所に案内してもらった。