02 『中年ウサギと女の子はいかが?』
どうも!
『あぁ、ウサギのぬいぐるみが喋ってやがる...?って顔だな?オレは超高性能の人工知能だ。スウィートジェムの野郎がこのモフモフにオレを埋め込んだんだ』
短い手足、太った体型、ボタンの目。
長く伸びる耳が片方千切れた、可愛らしいウサギのぬいぐるみ。
にしても何で宙に浮かんでるんだこのウサギ?
「は、はぁ...にしても」
『おっと?今度は、にしても何で宙に浮いてるんだって顔だな?オレは何に関しても「超高性能」って事だ。覚えとけ』
「かわいいな...」
『あぁっと!それは二度と言うな?オレはこのモフモフボディに不服なんだ。セクシーじゃねぇ。いつかはあの野郎の頭に乗り移ってやろうかって考えてる』
仲間内で色々揉め事があるみたいだ。
このウサギは怒らせない方がいいだろう。キュートさの中にやばいテイストをビシビシ感じる。
超高性能人工知能が頭に乗り移るとか夜中のカーテンの隙間より怖い。
喋る空飛ぶウサギのぬいぐるみと共に、青白い電球で薄く照らされた通路を進んでいく。
「えぇっと、スウィートジェムさんってどんな人なんですか?」
『まぁ、名前からはどんなヤツか想像つかないわな。しかし意外と名前通りかもしれないぞ?』
このウサギの表情が動くのなら、多分今はニヤつきながら言ったのだろう。
スウィートジェム。
声的にプッチとペッチの様な奇人変人ではなさそうだったが...
宙に浮くウサギに薄暗い通路奥へと連れられ、突き当たりにボロい引き戸が見えた所で、
『ほれ、この先にスウィートジェムとこれからの同僚がいる、そいつとは一緒に暮らすんだから挨拶しとけよ』
同僚?俺の他にもこの組織を志望する人が居たのか。
年頃の男として、やっぱり女の子がいいな。とか思ってしまう。
「俺以外にもこの組織で働きたい人が居たんですね」
『働く?オマエ何言ってんだ?あと、これから活動していくために、お前達には超人手術を受けてもらうからよ』
「なに!?超人手術!?ちょちょちょ、もしかして俺もそれを───」
『───ったり前だぁ。受けないとあっという間に死んじゃうよん?』
超人手術ってなんだ?!手術台に縛り付けられて、注射で得体の知れない液体を目から注入されたりするのか?!
顔がクルミの殻みたくゴテゴテになったり、首にエラが出来たり、はたまた、手術失敗で皮膚と肉が溶け落ちてデロデロの化物になったりだとか...
「ウサギさん、すいませんちょっと俺気分が悪く...面接はまたの機会に...」
『なぁぁぁに言ってんだオマエ?ここまで来て無事に帰れると思うなよ』
「いやぁぁぁ!!失礼しまぁぁぁす!!!」
『わめくな新入り!』
「すいませんまた今度の機会に!」
瞬く間に回れ右をして、飛ぶように逃げ出そうとした時、ウサギが慰めるかの様に、
『安心しろって、今まで手術失敗で奇形になったり死んだりしたヤツはいないから』
「...」
『それにオマエは、目的もなくまた灼熱の砂漠に戻るのか?それは...感心しねぇぇな?』
「...超人手術って、その...痛いんですか?」
『今のオマエ程は痛くない。シャキっとしろって、女の子の前でそんな姿見せるのか?あの子はカァァァワイィぞ?』
俺の同僚は可愛い女の子なのか!くそ、手術って言葉に怖気付いて女々しい言動をしてしまった。しっかりしなくては。
「わかりました。行きましょう」
『すっかり改まりやがって、わかりやすいなオマエ。ほら、ドア開けてくれ、古風なドアは開けられねえ』
「あ、はい」
ガラガラと音を立てながら引き戸が開いていき、そこで見えて来たのは...
二台の手術台───。
『ほらしっかりやれよ、ヨシ!』
「ヒャッ!?」
ドアが勢いよく閉まり、驚いたあまり小恥ずかしい声が漏れ出してしまった。
あのドアは自力で閉まるタイプだったようだ。
何やらあのウサギに自身の名前を呼ばれた気がするが。
その部屋の状態はと言えば、汚れた白いタイル張りの床を、真っ白い蛍光灯が少しばかり不気味に照らしている。
まるでモダンホラーだ。
そして、手術台の上で、同年代と思しき女が座り込み、苛立ちと警戒の表情を浮かべながらこちらを睨んでいた。
おっおぉ。確かにすっごい可愛い。
Tシャツの胸元まで伸びる髪は全体が薄い紫色に染まっていて、こちらを睨む黒い目はまるで...不良だ。
「アンタら一体なんなの?人を誘拐しておいて、何が目的...?」
手術台の女が自分の身体に両手を回し、こちらにケダモノを見るかの様な視線を送ってくる。
「まてまてまて、俺はまだここのメンバーじゃない」
「まだ?まだって何?面接にでも来たわけ?これから犯罪組織とナカヨシコヨシ?」
「...そう言うこと」
「へぇ?だけど物事が都合よく運ぶなんて思わないことね、アタシに触れた瞬間そのアゴ外すわよ」
「誤解だ誤解!この曇り無き眼を見て?」
「ヘンタイの目だわ...近づかないで」
なんて失敬な!ヘンタイの目だなんて、年頃の男の心情は何かと目に現れるものなのか?
うむ。今言われた事は否定出来ない。
「ところで君はなんでここに?入団希望?」
「アンタ話聞いてた?誘拐されたんだってば。地上で路頭に迷ってる所をね」
「それは災難だったね。外の空気はどう?とにかくあっついけどさ、陰惨とした地下とは違って開放感がすごいよなぁ」
「え、ちょっと待って。もしかしてアンタ、地下シェルターの出身?」
この子、まさか俺と同じ、地下シェルターから逃げ出した...?
「君も?!そうそう!人口四千人の超大型シェルターだよ、君もそこから?」
「四千人?そんなにいないでしょ?私の知る限り二十四人よ」
二十四人?そんなに少ないはずは無い。俺がいた場所は食料問題を抱える程の大人口だ。
「嘘だろ?そんなに少ないなんて、一年前に内部で起こった暴動なんて二千人超が参加してたんだぞ?」
「なにそれ、そんな事起こった事無いわよ。食料なんて十分過ぎる程あったし、どこの家族も平和に暮らしてたわ」
は...?十分な食料?暴動もなし?この子は何を言って...。
そう言えばこの子の服装は黒のTシャツにジーンズ、小綺麗なスニーカー。
小汚いカーキ色の作業着姿の俺とは打って変わって物凄く育ちが良さそうに見えるのだ。
富裕層が暮らす別の地下シェルターが存在するのだろうか?
「君って歳いくつ?」
気になったから聞く。
「十九。そっちは?やけに汚い格好してるわね、ここでは清掃員希望?」
「違う。それに俺も十九だ。自己紹介するよ、元住 禧、出身はシェルター030。君は?」
「こんな状況で暢気に自己紹介させるなんてどうかしてるわ」
「いいだろ?これから一緒に仲良くやってくんだから。君、名前は?」
「は!?いつの間にそこまで話進んでるわけ?アンタ家族が恋しくないの!?」
「よろしくねこれから。君の名前は?」
「こんなイカれた奴らばかりの地上で、私もアンタもその日の食料にされるのがオチよ!」
「あれ?おっかしいな。君の名前は?」
「弄ばれようとも、私は抵抗するわよ?拳でね!」
んもう!この女めんどくさい!
名乗れって言ってるんだから名乗れよ!?
俺は出身も歳も実名も晒してんだぞ。
「それじゃあ、これからの仲だね。はい、握手」
もう名前を聞くことは諦め、ただ友好の証だけを交わす事にした。
すると、気を改めたのか手術台から立ち上がり、こちらへ歩み寄った後に俺の顔を覗き込んで、
「イヤ」
「こんのショーワル◯ッチがぁ!!!」