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あの後、彼の家へ来ていた。
連れて行かれる前は、元婚約者なのに大丈夫だろうかとか不安でいっぱいだったけれど
懐かしい顔ぶれが温かく迎えてくれた。
「まぁ!坊っちゃんがついに正門から雪美様をっ」
「雪美様、お元気そうで何よりでございます」
テンションの高いメイドさんと執事さんたち。
私たちは婚約時代、一緒に正門から入った事はない。
婚約発表する日まで隠す予定だったからだ。
いつも裏門から入れてもらっていたから景色が違って見える。
「別に、もうコソコソ入る必要がないだけだ」
「と、いうことはお二人は正式なご関係という事でよろしいですか!?」
「なぜそうなる…」
良かった。婚約破棄が突然だったから心配だったけど、前と同じ対応をしてくれてる。
「急で悪いが、いつもの部屋を使う」
「ええ、ご準備はできております」
どうぞ、と案内されたのは言葉の通り、いつもの場所だった。
習い事・生徒会・社交界と忙しい景人さんが時間を作って過ごしてくれる場所。
高校生の時は本当に忙しくて、一週間に一度、一緒に勉強してお夕飯をご一緒したりする程度だったけど。
夕日に照らされる姿、本を読む真剣な表情、お茶の合間にお話できる穏やかな時間…
ほとんど変わっていない部屋にその頃の思い出が溢れ出す。
「どうした?」
「あ、いえ…懐かしくて」
部屋を見渡すフリをして、体ごと景人さんの反対を向いた。
きっといま、泣きそうな顔をしてるから。
コンコン
「失礼します」
メイドさんが持ってきてくれたのはいつものお茶セット。
コーヒーと紅茶と洋菓子だ。
「わぁ!私、景人さんのお家の洋菓子大好きなんです」
ありがとうございますと言うとクスッと笑うメイドさん。
「うちのパティシエ、雪美様が来るのをずっと心待ちにしていたんです。
新作がいっぱいできたので、時間がある時は寄ってくださいと言っていました」
そうメイドさんが私に耳打ちし出ていくと
大きいソファーに座るよう促される。
「紅茶で良かったか?」
「ええ、ありがとうございます」
私は紅茶。彼はコーヒー。
甘さ控えめで美味しいお菓子。
もうこの時には5年も時間が空いていた感覚がなくなっていた。
いつの間にか、前と同じように近況を話し合って、距離感もあの頃に戻っていた。