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8話 頼み

若いお手伝いさん、文月香はヒールを受けた後、医者に支えられて物置部屋を後にした。

去り際にきちんと俺に頭を下げて礼まで述べる。

俺もお返しに礼を述べた。


二人が去っていくのを早瀬と見守った。

文月香の手にはしっかり限定モデルのシューズが入った箱が抱えられている。そこはしっかりしているんだね。というツッコミは野暮だろう。


若いお手伝いさんの正体が文月香香だったということ、更には先ほどの彼女の一連の会話を思い出して、俺はまた新たな仮説を自分の中で誕生させていた。


今や水琴春鷹がコミュ障であることは俺の中で有力な説どころか、ほとんど100%確定している。記憶がそうだと言っているし、俺自身のことだからよくわかる。

そして、そのコミュ障の春鷹がなぜコミュニケーションオバケの主人公、文月大夜ふみつき だいやにだけに異様にかまってちゃんしたのか。


俺が新たに誕生させた仮説はこうである。


やはりゲーム内でも春鷹と文月香は接点があったのだ。

そして優しく年下への面倒見のいい香は、実家でわがままし放題の春鷹の面倒をよく見ていた。

いつもは寮生活といっても休みになっては帰ってくる。

他のお手伝いさんが嫌がっていることもあって、基本休みで帰って来た春鷹の面倒を見たのは香だったのではないか。


その過程で春鷹は香の優しさを受けて、彼女には次第に心を開いていく。

しかし、そんな恩人相手に、エクスヒール大量使用という恩を仇で返すような真似をして、死なせることになってしまった。

直接的な原因ではないにしろ、春鷹にも当然間接的な責任はあるはずだ。


香に親近感を覚えた春鷹は、いつもは学園でコミュ障ぶりを発揮するのだが、高校入学と同時に香に似た顔と同じ名字の大夜を見つける。

すぐに弟だと気が付いた彼は香に開いたときのままの心で大夜に近づいたのではないか!


もしかしたら、春鷹は大夜と友達になりたかったのではないかもしれない。

……実は謝りたかったとか!?

いや、それはないな。

春鷹は基本クズだ。間違っても謝りたいとと思うような奴じゃない。そこは自信がある。


やはり大夜に香の面影を見て、仲良くしてくれると思ったのだろう。

それで横暴な態度に出て、2ターンで早瀬あやに仕留められてしまうという悲劇を巻き起こす。50回も。


「ねえ、わたし達も行こうよ」

早瀬に声をかけられたことで、俺の脳内仮説シミュレーションがストップした。

こんなことを考えても仕方がないのだが、楽しいのでどうしようもなく考えてしまう。

「学園に戻るのか? 」

「うん。そうしようと思ってるけど」

「今日は遅くなったし、ここに泊まっていけよ。学園が始まるのはまだ先だしな」

「いいの? やったー、水琴家の豪邸で寝泊まりできるなんてラッキー」

喜ぶ早瀬を連れて家を案内することにした。

部屋はまた誰かに伝えて用意してもらおう。


それよりも、早瀬をわざわざ引き留めた理由だけど、というか俺が家に残らないといけない理由がある。

それは文月香の件である。


彼女は一年後に病が発覚して死に至るのだが、普通に考えれば既に体の中に病気が眠っている可能性の方が高い。

病気は早く見つかった方が治るのも当然簡単だ。

早くに見つけてやるべきなのだが、きっと仕事に精を出している彼女は体の検査なんて受けやしないだろう。まだ若いし当然か。


しかし、今日は実にいい機会を得た。

彼女の身に大量の荷物が降り注いだのだ。

それを口実に詳しい検査を受けさせることができそうな気がする。


医者に後で頼んでみよう。

あの爺医者なんていったかな? たしか広坂っていう名前だった気がする。


とりあえず、それは後だ。

今は腹が減ったとつぶやいている早瀬の相手をしよう。

せっかく来てくれた客を退屈はさせられない。

我が家の誇る和食をその腹に詰めてやろうではないか。


「おいしーー!! 」

夕食時、部屋で早瀬と二人でお膳にのった食事を頂いた。

我が家は和風な家の特徴に違わず、食事も和食を基本としている。


和風ハンバーグとかそういうなんちゃって和食は基本出てこない。

今日は雑穀米に、昆布だしの豆腐入り味噌汁、キュウリと大根の糠漬け、生シラスのショウガ敢え。

この質素な4品だ。

水琴家は大富豪でありながら、その食事は質素極まりない。

それは春鷹の父親の考えをもとに厳しく決められていることである。


といっても、一つ一つの食材を見れば逸品ぞろいなので、ちゃんとした作り手が作ればシンプルでも非常に美味い。

糠漬けだけで、もりもりと早瀬がご飯を食べ進めていく。

俺も彼女に負けずと食べようとするのだが、春鷹は見た目のひょろさ通り食が細い。


残念ながら早瀬の様に気持ちよくご飯をかきこんだりはできない。

その分ゆっくりと上品に一品一品食べ進めることはできる。


うむ、この家の食事を頂くたびに体と心が研ぎ澄まされていく気がする。

非常に美味しくてありがたい限りだ。


こんな恵まれた環境にありながら、俺の記憶では春鷹はほとんど家で食事をとらずに外で済ませていた。

チーズバーガー、チーズバーガー、チーズバーガー。おかしいくらいチーズバーガーを食べていた気がする。

主人公に戦いを挑むときでさえ、確か15回目と35回目はその手にチーズバーガーを持っている。

チーズバーガー美味いけどさ、こんないい環境にいながらそれは勿体ないよね。

友人が来ているのに、俺が夕食を家で食べると使用人に伝えた時、結構料理場で一騒動あったらしい。


チーズバーガーを出した方がいいのかどうかという論争だ。

父上と同じものをと頼んだら、俺たちが頂いているメニューがようやく出てきたというわけだ。


早瀬が3度目のお代わりをした後、ようやく満腹そうに茶碗をおいて夕食を終えた。その顔には至福が訪れている。

そのころようやく俺は一食分を平らげることができていた。


俺と早瀬、見た目はどちらもスリム体系なのだが、なぜこれほどまでに体力の差があるのだ……。

納得いかん。


「春鷹はいいところに住んでるねー。こんな美味しいご飯が毎日出てくるなら、私は寮なんて入ろうとは思わないよ」

「たしかにな。でもトーワ魔法学園の学食も結構美味しいらしいぞ」

「それほんと? じゃあまた一緒に食べような」

「お、おう」

やったぜ。早瀬とだんだん仲良くなれているようで嬉しい。


そうして談笑していると、食べ終わった食器を使用人たちが下げに来た。

その中に文月香が混じっている。


彼女は仕事中ということもあり、軽く会釈しただけでその場を後にした。

あんなに健康そうなのに、体の中では病気が進んでいるのか。はやく何とかしなければ。


「早瀬、しばらくのんびりしたら風呂にどうぞ。その後部屋に案内するから」

「うん。ありがと。とろこでさ、私も春鷹って呼んでるし、春鷹も私のことあやって呼んでよ」

いいの!? それってもう友達みたいじゃん!

本当の春鷹がそれを得るまでにどれだけの苦労を重ねたと思っている。


実に50回も命を懸けて戦ったんだぞ。

それなのに、俺はこんなに簡単に作ってしまってもいいのか!?

「わかった。よろしくな、あや」

「うん」

すまぬ春鷹。俺はコミュ障ボッチロードは歩まないぜ!

「じゃあ、俺は用事があるから少し出てくる。あやは好きなだけ寛いでいてくれ」

「うん、ありがと」


あやを部屋に残して、俺は広坂の爺さんのもとへと向かった。

医者が常駐しているのは使用人エリアの側だ。


自分の家なのに道がわからないというほんと間抜けな自分を責めながら、俺はようやく目的の広坂爺さんの部屋へ辿り着いた。食後のいい運動になったからいいか。


コンコンと優しく部屋をノックした。

「どうぞー」

扉を押し開く。

広坂の爺さんは畳に腰を下ろして、スマホから射出された光が作る人間の形をしたホログラムに印を付けているところだった。


「これはこれは、春鷹様」

立ち上がろうとする爺さんにそのままでと伝えて、側に座った。

「これはなに? 」

「最近のカルテはこうなっているんですよ。あ、カルテから説明したほうが良かったですかな? 」

「いいや、知っているよ。医者が付ける記録みたいなものでしょ? 」

「そうです。これは先ほどの使用人、文月香殿の記録です。打ったところをタップして印をつけておいて、記録をつけるのですよ。こうして強く推すと重症。軽くタップすると軽症ってな感じです。便利ですなー」

「ふーん、俺のもあるの? 」

「もちろんですよ。春鷹様のは私だけでなく、病院本部に毎朝健康情報が飛ばされて詳細にチェック後、記録されます」


ちょっと待て。何その情報。知らんのだけど。

プライベートというものを知らんのかね。


「検査なんてされていないと思うんだけど」

「ああ、春鷹様の部屋には部屋ごとスキャンできるセンサーがあるんですよ。それで寝ている間にチャチャっとスキャンして、翌朝データを確認する訳です」

「こわ。知って良かったような。知らなくてよかったような」

「まあ、知らないほうが良かったですな」

なら言うなや!


「それはいいか。広坂の爺さんに文句を言うことでもないし。それより頼みがあって来たんだ」

「はい、私にできることであればなんなりと」

「今日背中を打った文月香さんだけど、もっと精密な検査を施して欲しいんだ。彼女はヒールで治ったと思っているみたいだけど、結構強く打っているから」

「ええと、私は春鷹様の専属でして……」

「田辺だろ。全部言っておくから」

「そういうことでしたら。私はスキャン魔法を使えますからね。そのくらい朝飯前ですわい」

「スキャン魔法か。どのくらいの精度を誇るんだ? 」

「病気の兆候まで分かる優れものです。老いぼれに見えても、これでお昔は名をはせた医者なのですよ」

本当か? そうは見えないけどな。

けど水琴家にずっと待機している医者だ。

大会社を動かす父の信頼は得ているのだから、あながち嘘とは決めつけられないな。


「じゃあ頼んだよ。広坂さん」

「はい、そちらもお願いしますよ」

田辺のことか。

「分かった」

「それと春鷹様。私の名前なんてご存じとは知りませんでした。広坂通、これからも水琴家のためにしっかり働かせて頂きます」

と述べて、広坂の爺さんは頭を下げた。

うーん、これだよ。名前を覚えているだけでこのありがたみ具合だ。

爺さんに名医だと褒めた日にはそのまま天国に登られるのではないかと不安である。


「春鷹様は大きく遠回りをしましたが、父上同様立派に育っております」

「そうか。広坂がそう言うならそうなんだろうな」

そう言い残して俺は部屋を出ていった。


その足で、秘書田辺がいる部屋へと向かう。

彼の部屋は洋室仕様となっている。夜も遅くなってきているというのに、デスクの上で変わらず仕事をしていた。

俺が入ると浮かび上がっていたキーボードのホログラムをしまう。メガネも定位置へと直した。


「広坂の爺さんに頼みごとをして来たんだ」

ことの顛末を田辺に少し大げさに伝えた。

文月香が落ちてくる花瓶から俺を守ったこと。

その破片が彼女の背中を強打したこと。一時は呼吸が止まるような重症だったこと。

だから広坂に治療と、再検査を頼んだこと。


「ええ、一切畏まりました」

「文句は言わないんだな」

「春鷹様の判断に口出しをするような真似はいたしません。ただ、少し変わられたなとは思います」

またか。

「そうか。じゃあそう言うことだから爺さんをあまり陰でいじめないであげてくれ。またな」

田辺は忙しそうだから、早々に部屋を出た。

なんだか田辺の顔が少し嬉しそうだったのは勘違いだろう。きっとそうだ。


用事を一通り済ませた俺は、そのまま風呂へと向かい、檜風呂を楽しんだ後自室へ帰った。

情けないことに自分の家で迷いながら要件を済ませたため、結構時間が経っていた。


あやはもう眠っただろうか?

まあどこの部屋に泊まったかも聞いてないので、会いに行くことはせずおとなしく自室へと戻ることに。


「あれ? 」

「やあ、春鷹。布団隣に敷いて貰ったから」

「へ? 」

畳の上に敷かれた布団が二つ。

「来客室は? 」

「だって洋室だったんだよ? こんな素敵なお屋敷で私だけ洋室ってあんまりだよ。だから春鷹の部屋にきたよ」

「ああ、そう……」

えー、コミュ障脱出1年生の俺にはレベルが高すぎませんかね!?

今日出会ったばかりですよ!?


無理無理無理……!。


「ぐー」

「うー、おかわりー」

とかいいつつ、次の朝までたっぷりぐっすり眠れたけどね。


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