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72話 誘い

「これは……」

軽く目を通しただけで、先輩方の作り上げた技術力の凄さを思い知ったのか、父冬之介は開いた口が塞がらない状態になった。

なんだか俺が得意な気分になってしまう。


「いいのか?こんなものを貰ってしまっても」

「まあ、しっかりとお互いに利益が出せればいいんじゃないかな?」

先輩方は器が大きいから、契約に反しない限り怒りはしないだろう。

存分に活用してもらって構わないはずだ。


「ふむ、流石だ。迅速で、予想以上の見返りだな。……それにしても、すまなかったな」

褒められるのは嬉しかったが、謝れるのはいまいちわからない。

先輩方にはお世話になったが、ほんの片手間程度の作業だ。大したものじゃない。

真剣な表情をする父の意図が少し読めない。父も先輩方の恐るべき実力を知っているだろうし。

それでこの依頼をしてきた訳だしね。


「別にいいですよ。今後は簡単に借りを作らないように気を付けます。いい勉強になりました」

「そうだな。それでも、ジュール君との友情に罅が入らないか、心配だ。今更に申し訳なさがこみあげて来た。お前たちの友情に大人の事情を差し込んでしまい、本当に申し訳なかった」

頭まで下げてくる始末。

ほんと、どれだけ重く受け止めているんだ。

先輩方がたった一日で生み出した技術だぞ。凡人と天才を同じ秤で測るものではない。

凡人がどうしてもたどり着けない領域に、たった一日で到達する、それが天才ってやつだ。先輩方にとって、これくらいは朝飯前。

つまり、全然気にしなくていいということだ。

「顔を上げてよ。今までさんざん迷惑かけて来たんだ。これくらいいつ頼まれても問題ないくらいだ。それに……」

「ん?」

思わせぶりな台詞回しに食いついてくれた。


「それに、俺たちの友情がそんなに儚いものだと思っているなら大違いだ。友情は永遠……ズッ友だから!」

「……よくわからんが、大丈夫そうなら安心した。この資料は絶対に上手に使いこなして見せる。水琴グループの、世界への逆襲を見ていてくれ」

「ああ、楽しみにしている」

父冬之介と強い握手を交わし、仕事に戻っていくその背中を見送った。

仕事を頑張っておくれ。俺の安定した人生の為にも。


部屋に戻る時にふと気になったのだが、父の言っていた友人のジュールって誰だろうか?

先輩方は番号で振り分けられているはずだが、いよいよ個体名を付け始めたか?そうだとしたら、……覚えるのが大変そうだ。


またすっかり暇になってしまったので、文月大夜と話でもしたいのだが、彼はあいにくと仕事が忙しい。

俺の専属ではあるが、変に茶々を入れたくはない。

夏休みの課題もほとんど終えたし、さてどうしたものか。

しばらくのんびりすることにした。水琴家の屋敷はただいるだけで安らぐ空間なのだ。

存分にだらけてやろうではないか。ぐでーと畳の上に横たわった。


そんな折に、使用人が部屋へとやって来た。

少し恥ずかしい姿を見られそうになった俺は、鋭い視線で誤魔化す。

どうやら俺に連絡があったみたいで、電話を持ってきてくれていた。

「花崎家の美知留様から連絡が入っています」

花崎家といえば、金髪さんの実家だ。

金髪さんの名前は朱里なので、別人。美知留って誰だったかな?

とりあえず、電話に出てみた。


「電話変わりました。春鷹です」

「ちゅうちゅうしますか?」

「はい?」

「熱海まで来てちゅうちゅうしますか?今ならアイスキャンディー2本ちゅうちゅうさせてあげますけど」

「……はい」

美知留か、このやり取りでハッキリと思い出しました。

金髪さんの妹で、一度姉のことが恋しくて中華屋まで会いにきたあの娘だ。

見た目は大人しそうで、上品な可愛らしい少女だが、その実結構生意気なところがある。

俺の作った麻婆豆腐定食が気に入って、全部嬉しそうに食べてくれたのは素敵な部分である。


「ちゅうちゅうしに来るんですか?そう認識していいんですか?」

何かやたらと急かすじゃないか。

そういえば、美知留はお礼をするたびに自分の咥えていたアイスキャンディーを俺にくれようとしていた。

今はお礼されるようなことはしていないが、どういうことだろう?

いや、そんな変なことは考えないようにしよう。

素直に歓迎されているんだ。きっと、そうに違いない。


「わかったよ。金髪さんもいるんだろ?」

「おねえもいるよ。後、ユッキーもいるよ」

ユッキーというのは雪美先輩のことだろう。

長女なのに、その呼び方か……。たぶん”姉”してないんだろうなー。

なんとなく三姉妹の関係性が見えた気がした。


「暇してたしな。夏休みの課題ももうないし、しばらく滞在できるけど、どのくらいいていいのかな?」

それによって用意する着替えの量もあるし、長くなるようなら一度母親にあいさつの連絡も入れて貰おう。

トーワ魔法学園に通う生徒はその実家がエリート揃いだ。間違って俺が相手側の家に迷惑をかけたら、それは水琴家の恥となりかねない。事前の挨拶や、お礼などはやって貰っておいて損はないだろう。


「長くいるだけ、ちゅうちゅうさせてあげる量も増やせますよ。おねえ的には長くいて欲しいんじゃないかな?」

ほう……。

つまり、どれだけいても構わないと?

そして、その言い方だと金髪さんが俺に会いたいように聞こえてしまう。

金髪さんめ、さてはしばらく俺に会えなくて寂しいと見える。

ふふっ、からかう相手がいなくてこちらも少し退屈していたところだった。

「よし、じゃあしばらくお世話になる。今日にでもこっちを発つけど、大丈夫か?」

「うん。来るのは早ければ早いほどいいよー。おねえもユッキーも喜ぶから」

まさかの雪美先輩も俺に会いたがっていると。はは、これがモテ期ってやつなのかい?

大人の世界に入ってしまうかもしれない、水琴春鷹12歳の夏!


電話を切った後、俺はさっそく家の者に花崎家のところにしばらくお世話になることを伝えた。

挨拶等はやっておいてくれるらしいので、俺は自分のことだけに集中したらいい。

着替えを準備して、忘れ物がないかを確認していく。

家を出る少し前、使用人エリアで忙しく、そして仲良さそうに働いている文月姉弟の姿を覗いておいた。

「大夜、春鷹様がそろそろ出るから、荷物を持ってあげて」

「オッス」

……平和そうで何より。香が無事で済んだから、見られた景色か。

悪くない。

俺の数少ない善行が生んだ結果だ。これからも続けて行きたいものだ。

二人を中心に、明るく働いている使用人たち。これなら安心して家を空けられるだろう。

俺はその場を去って、部屋に戻った。

既に部屋の前で待っていた文月大夜の付き添いで、一緒に屋敷の外へと向かった。


「では、熱海でしばらく楽しんでくるよ」

「いってらっしゃいませ」

見送る使用人を後にして、空港まで送迎してもらったのだった。



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