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7話 正体

良い雰囲気のまま、俺たち3人はワイワイやりながら探しものをしていく。

そして、遂にお手伝いさんが荷物の間から喜びの声をあげた。


「坊ちゃんー! ありましたー! 」

声がしたところに俺たちも入り込み、輝く100周年モデルのシューズを目にした。

嬉しさのあまり早瀬と抱き合って喜んだ。いや、正確にいうと喜ぶ彼女に物理的に振り回されている。俺は非力なんだ。多少手加減してくれ。


箱に入ったままの10足を全て広いところに取り出した。

中からは紛れもなく新品の限定モデルが出てくる。

ひときわ目を輝かせていたのが早瀬だった。


「約束通り、それは早瀬のだ」

「ありがとー。春鷹だいすきー!! 」

ぎゅっと締め付けられる。非力でか細い俺を早瀬の怪力で抱きしめるのはよしてくれ。

息が詰まって死にそうになるから。


それにしても後9足あるんだよな。どうしよう。俺の分を1足確保しても8足余る。

いらねー。ちょうど荷物を処分したいと思っていたし、誰かにあげてしまおう。


そこで俺は思わぬ熱い視線を感じた。

若いお手伝いさんが俺の手にする限定モデルに熱い視線を向けているではないか。

ああ、ファンもう一人見つけちゃいました。


「手伝ってくれたお礼に、これ一足あげるよ」

俺がそう提案すると、彼女は大げさに首と両手を振って遠慮した。

「ダメです! ダメです! そういうのは余り良くないと先輩から言われていますし、なによりこれキンドレッド社の創業100周年を祝って創業者一族が新年に集まって手作りで仕上げた10足限定のスカイフットボールシューズじゃないですか!! 」

めっちゃ知っているね!!

絶対好きでしょ!


「いいから、いいから。仕事が増えた分、俺はその賃金を増やしてやる権利もないし、せめてこれで支払わせてよ。9足あっても困るしね」

彼女は貰いたい気持ちと、こうあるべきだという自分の理想像の間で揺れ動いているみたいだった。

けれど、俺が靴をその手に握らせると彼女の硬いガードも陥落する。


「ああっ。実は私スカイフットボールに目がなくて……。プレーもしていたし、プロの試合も見るんです。それに弟もスカイフットボールが大好きで。よく二人で見に行くんですよ」

だろうね。

だってシューズを見る目が早瀬と同じだもん。

それにその後の行動も。


俺は、微笑ましい顔して頬にシューズをこすりつける奇特な女性を二人も見る羽目になったいたのだから。


「坊ちゃんは優しんですね」

「そんなことないさ」

今まで悪いことばかりして来たからその償いである。

「実は水琴家で働くってなったとき、友人たちには反対されたんです。坊ちゃんの悪い噂が独り歩きして、みんなそれで心配してくれたみたいで。でも私自信があったんですよ。坊ちゃんとうまくやれるって」

噂の独り歩きではない。正しい噂もときにはあるということだ。


「実は私、坊ちゃんと同い年の弟がいるんです。その子も手がかかる子なんですけど、それがまた逆に可愛くて」

それで俺の面倒も見られると自信があったのか。


そういえばゲーム内でも春鷹は休みになると絶対に実家に帰っている。

てっきりバカンスに行っているのかと思っていたのだが、実は彼女の存在があるので家に帰っていたのかもしれない。お世辞にも学園内で春鷹に好意を向けていた人はいないといっていい。それならばお手伝いさんでも自分を優しい目で見てくれる人がいる、実家のほうが遥かに居心地が良かったのだろう。

まあ、仮説ではあるけど。実際はバカンス行ってたりして……。いや、やっぱりバカンスだろ。春鷹的に。


「物は見つかったし、取り敢えず今日はこれでいいだろう。うーん、この積み上げられた荷物たちは……、また今度にしようか」

今日は引っ越しもあったし結構疲れた。

ほとんど俺は作業してないけど、運動不足のひょろい男にはこれだけでも十分応える。

ということで、俺たちは買い占め専用物置部屋を出ていくことにしたのだが、そこで思わぬことが起きた。


一瞬地面が揺れたような感覚がして、直後に大きな揺れが来た。

地震だ。

その場で踏ん張り、動くことができない。


背後からガタリと音がして、振り向くと荷物が倒れてきているのが見えた。

俺が適当にあさった辺りが崩れたのだ。


ドドドドドっと荷物が倒れてくる。

直撃する直前、俺は誰かに抱えられた。


地震が収まった。

俺の上には堅い荷物、じゃなくて柔らかい感触が。

包まれた空間の外で、早瀬が荷物をどけている音が聞こえる。


荷物は倒れてきたみたいだけど、どうやらお手伝いさんが俺を抱きしめてかばってくれたみたいだ。

早瀬が荷物を全てどけて、俺とお手伝いさんはそこ脱出した。

「坊ちゃん血が!? 」

ハンカチを取り出して、お手伝いさんが俺の額に当てる。

どうやら俺は額を切ったらしい。しかし、傷らしい傷はそれだけだ。


それよりも俺をかばって背中を荷物で打ち据えられたお手伝いさんの方が大変だ。

それなのに彼女はすぐに立ち上がって、医者を呼びに行った。

「早瀬、怪我は? 」

残った早瀬に怪我を確認する。

「全部避けた」

ピースしながら早瀬は得意げに言った。限定シューズもきっちりと抱え込んでいる辺り、流石運動神経抜群女子。


しばらくして、若いお手伝いさんは家に常駐している医者を連れてきた。

医者は急いで診断し、切り傷を認めた。

「大変です。では、急いで回復魔法をかけます。いきますよ、エクスヒー」

ガシっと医者の手を掴んだ。


馬鹿ですか、と言いたい。


エクスヒール!? 額を少し切っただけで不治の病をも直すと言われるエクスヒール!?

1か月まともに回復魔法を使えないんだぞ!

エクスヒールを使える医者自体がこの国に何人いるか。


こんな馬鹿げた怪我で使うものじゃない。

「ヒールでいい」

「しかし、田辺様にしかられてしまいます」

あの糞真面目の秘書か。


「なら今日のことは内密に」

「それはもっと無理な話です」

田辺は家を知り尽くしているからな。それもそうだと思った。

けど、俺にエクスヒールはいらないんだよ。何度か繰り返せば、それを田辺もわかるだろう。

だから今回は叱られてくれ、医者よ。


「ヒールで頼む。田辺には俺からも言っておくから」

そうとなればと医者もヒールに切り替えて傷を癒してくれた。

医者も本来はヒールが十分だとわかっている分、了承してからはスムーズだった。


見る見るうちに傷が癒えていく。

治療を終えた医者が戻ろうとしたのだが、まだやることがある。

「お手伝いさんも背中を強く打っているから、彼女の治療も頼む」

「しかし、私は水琴家専属の医者ですので……」

「田辺には俺から言っておくから」

「ではっ! 」

この爺さんは結構医者としてのモットーは持っているらしい。


怪我を癒せるとあって喜んで治療を開始していた。

実は相当痛めていたみたいで、若いお手伝いさんは黙って治療を受けていた。

「坊ちゃん、ありがとうございます」

「ありがとうはこっちのセリフだ。あなたがかばってくれなかったらこんな傷じゃすまなかった」

「そうですぞ。いい働きをしました」

医者も彼女を褒めた。


「一応診察記録に残したいから、名前と年齢と部署を教えてくれんか。後で薬も持っていくからの」

「あ、はい。部署は奥様のお手伝い全般で、年齢17、名前は文月香と申します」

……はいはいはい。


彼女に抱いていた違和感を俺はここで知ることになった。

この人、主人公の姉だ。

そして主人公が13歳の時、病で死ぬ人である。


エクスヒールさえ使えれば助かる命だったのだが、金銭面ともう一つの問題が理由でエクスヒールを受けられずに死んでしまった人。

そう、俺が下らないことでエクスヒールを連続使用したために医者が一か月魔法を使えなかったのだ……。

何度思い返してもクズだな春鷹!



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