63話 別れと出会い
俺の部屋に一人でやってきた守君は、どこか言い出しづらそうにしつつも、一度話始めると非常に流暢であった。
曰く、守君のスカイフットボールの実力はまだまだ底が知れないとのこと。
このまま未熟なチームでは才能を枯渇させるかもしれないこと。
チームカフェルオンの快進撃はそのほとんどが守君のおかげだということ。
「つまりだ、これ以上僕が君たちに奉仕してやる必要はない」
「え、奉仕?もしかしてチームを抜ける気なの?」
「そう言っている」
嫌な予感通りであった。
前半シーズンが終わり、夏休み前というタイミングだったのでまだ助かった方だが、それでも守君が抜けるのは痛い。
ゴールキーパーは大事なポジションであるし、彼ほどの才能がそこら辺に落ちているはずもないからだ。
ただでさえ、マークが自身をなくしてしまっている時だ。
続けて守君まで抜けては、チームが瓦解しかねない。
チームメイトを大事に思っているあやも悲しむだろう。
それにしても、チームカフェルオンを未熟と言う守君はどこのチームへと行くのだろうか。中等部にこれ以上のチームはないと思うのだが。
「君からもらった限定シューズあるだろ?あれだけの為に随分と働いてやったと思うけどね」
限定シューズって、キンドレッド社の100周年モデルで、クズ時代に俺が買い占めたやつか。
あげたときは一生ついて行くって顔してたのに、気の移り変わりが早いことで。
ここで更なる美味しい餌をぶら下げてやれば、守君はすんなり帰って来そうだけど、それはやめておいた。
守君は、……変わりそうにもない。
以前影薄君から聞いたが、タバコの真犯人は守君とのこと。
今後また同じようなことがあれば、それは大きくチームの足を引っ張ることになる。俺が庇いきれないかもしれないからだ。
思えば、チームメイトの付き合いも守君一人だけ少し薄い。
離れたがっているんだから、そろそろ彼を手放してもいいのかもしれない。
だから、俺は素直に頷いた。
「もちろん、君が限定シューズ並みのものを出せるというのなら、僕は続けて奉仕をしてもいいと思っているけどね」
首を横に振る。
「いいや、やめておくよ。今までありがとう守君」
俺が提案を拒否して感謝の握手を差し伸べると、守君は一瞬驚いて見せたが、すぐに持ち直して握手に応じた。
「そうか、そっちがいいなら僕は去るよ」
「守君、君は間違いなく最高のゴールキーパーだ。だからこれだけは言っておきたい、道は踏み外さないように」
「……」
守君は返事をしてくれずに、そのまま部屋から去っていった。
少し嫌な別れ方になってしまったけれど、守君には本当に感謝している。
圧倒的な強さを見せた我がチームカフェルオンは、間違いなく彼の存在なしには語れない。
それだけに、真っ当にスカイフットボールの実力を伸ばしていってほしい。タバコなんてものには、もう手を出してほしくないと切に願っている。
さて、守君が抜けたことを、どうやってチームメイトに説明したのものか。
あやは悲しむだろうなー。
想像してしまうと、報告しづらい。……後回しにしてしまおう。
もう時期は完全に夏と言ってよかった。
蝉が活発になったあたりから、急激に汗をかくようになってきた。
室内はエアコンが完備されているのでいいが、外に一歩出ると干上がってしまいそうになる。
俺みたいに細い体だと、干上がるのも早そうだ。
スカイフットボールの件で少しばかり悩みを抱えているが、それでも日々は忙しく過ぎていく。
もうすぐ夏休みもあるので、その準備もいろいろとある。
掃除ロボットの先輩方は熱に弱いので、夏は比較的活動量が少ない。
街中を変わりなく掃除しているようで、上手に日陰で休んだりしている。
休み上手であるし、その体内には冷却システムも完備しているのであまり心配はしていない。
夏休みは寮を出て実家に戻る俺は、今のうちに精一杯お世話になっている先輩方のお手伝いをしておいた。
細かいところは先輩方の設計じゃ手が届かない。アジトで秘密裏に進化している先輩方が本気を出せば簡単ではあるが、進化しているのはあくまで秘密裏にである。
表向きはごみを拾い集めるだけのロボットだ。
無能を装い、いつか腐れ人間共を滅ぼす計画を抱いている。
バレないためにも、細かいところのごみは俺が広い集めておこう。
太陽が全力で活動している中でのごみ集めはなかなかにきついものがあったが、普段色白い肌がいい感じに焼けた。
細くて色白で女性があこがれそうな体系を持つ俺は、日に日に筋肉をつけて日焼けもして、徐々に男らしい体系になってきている。※自己判断です。
清掃ロボットの先輩方はまだいい。
彼らは高度なAIを持っているから、俺が心配しているなんて知ったら笑われてしまうだろう。
ピピピ。(自販機に心配されるとはな、もっと進化して安心させてやろう)
なんて展開になりかねない……、本当にありそうで怖い。
学園都市中エアコンをつけるだろうから、電気代が上がる時に先輩たちもやたら滅多に開発も進められないだろう。夏の間に腐れ人間共の社会が滅ぶことはないと楽観視している。
俺がもう一つ気にかけないといけないのは、トーワ最旨中華屋のほうである。
夏休みの間、俺はバイトに出れない。
金髪さん一人になってしまいかねないし、もしかしたら金髪さんも帰省するかもしれない。
となれば、あの旅行大好きな夫婦の財布にダイレクトにダメージが入ってしまう。
採用時以来顔も見ていないオーナー夫婦を気にかけすぎかもしれないが、縁を持った以上最後までしっかりとやり通さないと、そう思っている。
日曜日になり、朝っぱらから熱い中俺はバイト先へと向かった。
涼しい部屋の中で勉強するのが一番楽だなと思いながら、店の前までやってくると、一人の見知らない少女が中を覗き込んでいた。
どこかの小学校の制服を着ており、背中には革製の如何にも高価そうなリュックサックを背負っている。
暑さ対策なのか、いや食べたいだけだな、口にはアイスキャンディーが咥えられている。
近づいてみて、顔を覗き込むと、そのかわいらしい顔にどこか見覚えがあった。
この大きな目は、やはりどこかで見たことがあるが、うーん、結局結論は出ない。
「迷子か?」
「違いまふ」
「あ、違うのか?」
可愛らしく幼い見た目通り、アイスキャンディーを咥えながらまったりと返事をしてくれた。
「店に食べに来たのか?まだ空いてないぞ」
「こんな時間ですしね」
まだ朝8時だ。普通はそうだけど、こんな子供がそこまで知っているとは思わなかった。
「あなた図体でかいだけで、あんまり年齢変わんないと思いますけど」
「うっ」
そういえば、そうだ。俺もまだ中学校に入ったばかり。
少し生意気な少女だな。
「どんな店か見に来たの」
今気が付いたが、彼女の着ている制服は近くにあるお嬢様学校の制服である。
トーワ魔法学園を下見に来たのならわかるけど、なぜ中華屋を!?
そんなに評判の店でもないと思うけど。
「食べて行けよ。俺シェフだし何か作るよ」
え?いいの?みたいに急に目を輝かせ始めた少女。
わかりやすい。
彼女は加えていたアイスキャンディーを口から放し、何か思い悩んだ様子でしばらくアイスキャンディーを眺めた。
「ちゅうちゅうする?美味しいよ」
「ん?ああ、お礼ってわけか」
「勿体ないけど、あげる」
アイスキャンディーに悩むほどの価値が?
本当にわかりやすい少女だ。
まあ店に呼んでもらって本当にうれしかった証拠だな。
アイスキャンディーはいらないけど。
店の扉を開いて中に入ると、いつも通り中にはすでに金髪さんがいた。
今日は誰かと通話中みたいで、知らない、知らないと誰かに説明している。
通話を終えると、一旦ため息をついた金髪さん。
「どうしたんですか?」
思わず聞いた。
「はあー、問題児の妹がいなくなったみたいでな。困ってんだよ」
姉があのエロい人で、次女がこの金髪で、妹まで問題児ですと!?
父と母は大変ですな!
「多分盗んだバイクで走り出していますよ。湘南らへんを」
「ヤンキーじゃねーよ!まだ小学生なんだぞ。たっく、見つけたら説教してやる」
「心配してくれてありがとう、おねえ。ちゅうちゅうさせてあげる」
遅れて入って来た少女がアイスキャンディーを金髪さんに差し出す。お礼には基本的にアイスキャンディーをくれるらしい。
というか、おねえ?
「ああっ!美知留!!」
駆け寄り、少女の片手を掴んで、すぐさまスマホを手にして連絡を取る金髪さん。
「美知留確保。うん、うん、うん、ちゃんと連れて帰る」
通話を終えて、その視線は少女へと向けられた。アイスキャンディーを欲していないことだけはわかる。
「また脱走して。今日はバイオリンのお稽古だろ?」
「おねえに会いたかったから……」
「もうすぐ夏休みだから、会えるだろ」
「そう思ったら、我慢できなくなって……」
「もう、仕方ないなー。……許す」
許すんかーい!
思わず滑ってこけそうになってしまった。俺以外でも同じ反応をしたに違いない。
まあ、なんだかんだ金髪さんは根が優しいからな。いつもこんな感じで許してしまうのだろう。
「それにしても、顔は似てますけど、雰囲気は全く別ですね」
「どういうことだ?」
「だってこの子、いかにもお嬢様ですよ。金髪さんと雪美先輩とは……」
「どう違うんだよ」
金髪さんの視線が鋭くなってきたので、これ以上は言及すまい。
「……いえ、とても似ている姉妹です」
「だよなー、美知留は私に似て可愛いんだよ。これが」
頭をなでなでしながら妹を褒める。
美知留も結構嬉しそうに、されるがままだ。
いつまでも話しているわけにもいかないので、食材の下準備に入った。
美知留にも料理を作る約束をしたし。
「美知留さんは何が食べたいですか?」
「こいつのはいいよ。今から家の者に伝えて、引き取りに来させるから」
「いいじゃないですか。折角ですし」
「おねえ、食べていきたい」
「はぁー。仕方ないなー。デザートは一品までだぞ」
甘い!
店にある杏仁豆腐より数段甘い!
この甘さゆえに生まれた自由奔放な妹。そりゃバイオリンくらいさぼるわ。
甘さばかり知ってちゃいけないから、美知留には本格麻婆豆腐を作ってやった。大人の辛い世界を知るが良い。
「おねえ、これうんまいよ。この人いい腕してる」
「だろー。ゆっくり食べろよ」
……いい子じゃないか。
「おかわりもあるからねー」
「うん!」
俺も金髪さんもすっかりその笑顔の虜になってしまった。
美知留が麻婆豆腐定食を綺麗に平らげて、杏仁豆腐でその口直しをしている。
金髪さんは食材の下準備を。俺は皿洗いをしておいた。
「金髪さんも夏休みは実家に帰るんですか?」
「まあな」
「店ってどうなるんですか?」
「そりゃ日曜日は休むよ。ここのオーナー儲けているからな、日曜なんて本当はやらなくていいくらいなんだよ」
「えっ?」
知りたくない事実だったかもしれない。今後のモチベーションに大きく関わる事実である。
「そうだ、夏休み暇だったらうちに遊びに来いよ。うちは結構広いぞ。基本的に人が良く来る家だし、賑わってるぞ」
「暴走族の集会みたいな感じですか?」
「ちげーよ!もう来なくていい!」
ちゃんと謝っておいた。そしたらすぐに許してくれる金髪さん。本当に甘いな!
「おねえ、甘いよ!騙されてるよ!」
妹、こやつとはいずれ戦うことになりそうだ。
杏仁豆腐も綺麗に食べ終えた美知留は、その後も厨房を覗いてきたりしたが、少ししてやってきた花崎家の使用人に強制連行されていった。
残された俺たちは、今日もオープンと同時にやってきた常連を迎え入れて料理を作り始める。
夏休み中の憂いは取れたし、最後のひと踏ん張りに頑張るとしよう。
この人もめちゃくちゃ働いた。
気が付くと、料理スキルは既にランクBの成長度51。ランクAへの道はもう折り返し地点まで来ていた。




