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57話 ダーク憑依

「えー、クルミンさんスタジオ入りまーす!!」

「よろしくお願いしーます!」

撮影スタジオに入った夢野さんをスタッフさんが明るい声で迎え入れる。

夢野さんはしっかりとメイクをして、ピンク色の衣装をまとったクルミンスタイルである。

手には魔法ステッキ型のマイクが握られていて、普段の少し暗い雰囲気など微塵も感じさせない明るい笑顔を常に携えていた。


「続いて、ダーク役の皆さんスタジオ入りまーす!!」

「「「「Yeah!!」」」」

スタッフさんの案内に従って、俺とマーク、そしてマーティン、マーチス、影薄君が一緒に入っていく。


俺たちは歌って踊るクルミンを後ろで引き立たせるための役である。

今回のクルミンの新曲は、世の中の悪と理不尽に立ち向かえ!というテーマなので、ダークとの戦闘は如何にもテーマに沿っているとのこと。

そして俺は夢野さんへの協力、マークは借金の返済、マーティン達三人は俺の話に連れられてここに来ている。


撮影の段取りをみんなで聞いていく。

クルミンが歌う後ろで俺たちが頑張ればいいわけだが、時間は特に気にしなくていいらしい。

長引いちゃったらカットしちゃうんで、とのこと。

むしろ山場があればあるほどいいとのコメントを頂いた。


ならば、派手にやらせてもらおう。

きっとその方がクルミンのミュージックビデオにも華が出てくる。

やられ役であるマーク達には存分にやられてもらうつもりである。

大丈夫、大丈夫。

ダークが憑いている状態で攻撃をつけても大して本体にダメージが行かないらしいから。味わったことないので詳しくは知らんけど……。


俺の今日の格好はモップを肩に背負った清掃員役である。もう片方の手にはバケツを掴んでいる。水入りである。水は抜いてほしかった。

何か強烈なキャラがSNS映えするらしく、えっ!?本当は強い魔法使いなのですか!?というギャップが欲しかったらしく、いくつか上がった候補の中でこれに決まった。


そういう訳で水琴春鷹、本日清掃員やっています!

マークはダーク役の中でも中心役なので、紺色の高級スーツにブランド物のサングラスをかけた派手な装いをしている。

金持ちが悪役なのは定番である。今の身分となっては悲しい話だ。


マーティン、マーチス、そして影薄君は金持ちマークの取り巻き役である。

皆いいスーツを着こんではいるが、メインとなるマークを引き立たせるために少し地味な灰色をしている。

特に影薄君の影の薄さは素晴らしい。サブポジションを心得たひっそり感だ!


皆いい感じに既に役に入りきっている。

素晴らしい真面目さだ。

全員でクルミンの新曲を盛り上げていこうという意気込みが感じられる!!


……まあ、真実を言うとそんな訳はない。

マークは借金の返済で引き受けた仕事だし、あとの三人は上手い話に乗っただけである。

クルミンと俺ほど熱い気持ちがあるはずもなかった。


なのになぜこうして役に入りきり、文句ひとつ垂らさないかというと……当然理由があるわけだ。


「ねえ、水琴君」

「なに?」

撮影準備が進んでいく中で、クルミンが近づいてきて声をかけてきた。その視線は心配そうにマーク達を見ている。

何か懸念点でもあるのだろうか?

「同学年のマーク君たちだよね、あれ」

「うん、大丈夫。クルミンの正体が夢野さんだっていうことは誰にも伝えていない。撮影に100%集中してくれていいよ」

「ありがとう、その配慮はありがたいけど、そうじゃないの」

懸念点はそれじゃないと?

なら、ほかに何があるというのだ。クルミンも俺もやる気満々。マーク達は指示にどこまでも従順。すべて順調に見えるけどな。


「マーク君たち、なんで口から黒い煙を吐き出しているのかなーって。耳からも出てるし、それにさっきあいさつしたら、皆同じことしか返事してくれないし……」

ああ、それね。

……ま、当然突っこまれるか。

流石にスルーはしてくなかったらしい。


皆従順で、同じことしか喋らなくて、口から黒い煙を吐いているのには当然理由がある。

素の状態ではないのでご安心頂きたい。


俺は清掃ロボットの先輩方のアジトで日夜訓練を行っているわけだが、先日レベルが上がり新しい魔法を二つ覚えている。

そのうちの一つがダークマスターの力の解放であり、それが今日のこの状態を作り上げている。


そう、俺はようやくダークマスターらしい力を開放している。

『ダーク憑依 Lv1 消費MP50 呪文:闇を握りしめて具現化せよ』


ダーク憑依は、召喚したダークを対象に乗り移らせる魔法である。

消費MPが少ないのが助かるが、今はまだ魔法レベルが低いせいか結構失敗する。


マーク達に目をつむってもらい、ダークを憑依させるのに何度試行したことか。

全員無事にダーク憑依を感りょしてからは、非常にスムーズであった。

彼らの人格は一時的に封じられて、俺の吸収したダーク本体の思考、感情が表に出てくる。

ダークマスターである俺の指示に完璧に従うダークの出来上がりなのである。


俺の指示には従うが、逆に言えば俺の指示以外には従わないし、指示した以外のことはやらない。

だから挨拶しても同じことしか返さない。

あいさつされたら、一言二言返すようにとだけ指示を与えているからだ。

少し不気味ではあるが、こちらの方がトラブルが回避できていい。


ダークたちとは、以前ダークランブルを行使したときにひと悶着起きている。

あの時に言い聞かせたせいか、そこからは非常に素直である。


ダークが黒い煙を吐くのは非常にリアルだ。

実際にダークを連れてくるのは難しい。しかし、こうして憑依させて俺の僕として連れてくれば制御できる。

リアルで迫力のある映像が取れると言う訳だ。


まあ、リアルどころか本物のダークなので突っ込まれるリスクはあった。

そして、黒い煙を吐き続けるマーク達を当然クルミンが不自然に思ったのである。


こんなこともあろうかと、事前に言い訳も用意してある。

「皆今日の芝居に必死だからね。あまり会話する余裕もない」

「そうなの?みんな一生懸命なんだ」

「みんなクルミンの新曲を応援しているからね!」

「ありがとう!でもあの黒い煙はどうしているの?」

そうだよね、単調な返事は説明できても、そこはなかなか理解してもらうのに苦労するところである。

しかし、もちろん言い訳は用意しているのだよ。


「あー、あれね。あれは石炭かませてるから。大丈夫だよ」

「それ大丈夫じゃないよね!?」

ふん!俺の完璧な言い訳も決まったところだし、そろそろ撮影に入りますか。


スタッフさんたちの方を見るとステージの準備がほとんど終えられていた。

ステージにはクルミンが歌って踊れるスペースと、後ろで俺たちがダーク戦できるだけのスペースが確保されていた。

後ろには緑色の板が張られている。

後日背景を合成するらしい。


クルミンがステージの前部分の中央に立ち、その斜め右後方に俺が立つ。

モップをバケツの水につけて、準備完了。


「じゃあ、行きまーす。3.2.1」

撮影スタート。


台本通り、曲が流れてきて、クルミンにスポットライトが当たる。

俺はその後ろでモップがけを始める。


歌い始めるクルミン。大音量の曲と、楽しそうな踊りで魅せていくクルミン。

思わず乗ってしまいそうになる気持ちを抑えて、まだ大人しくモップがけ。


そして台本通りマーク達がステージイン。

マークがクルミンに視線を止めて、言い寄る。

取り巻き三人ももちろん一緒だ。


嫌がる演技をしながら、歌い続けるクルミン。

そして、いよいよ出番だ。


俺がモップを肩にかけながら、マーク達のもとへ行く。

明らかに不機嫌な態度をとるマーク達。


俺たちは一旦クルミンから離れる。

ここからカメラはクルミンと俺たちの戦い組と、それぞれ別々で撮影していく。


曲内に収まらなくてもいいらしいが、できるだけ時間内で終わらせてやろう。

まずは取り巻き1号のマーティンが飛びかかてくる。バケツで撃退。

続いて取り巻き2号のマーチスが飛びかかてくる。モップで撃退。

取り巻き3号影薄君は俺が磨いた辺りで足を滑らせフレームアウト。


曲がサビ部分に突入。

戦いもダークマークとの戦いに突入。


大量のダークパワーで身体能力を向上させて、自慢の上腕二頭筋をさらに膨れ上がらせるマーク。

ブチっと高級スーツを破った演出は素晴らしい。

カメラがしっかりとらえていることを確認して、今度は俺が魔法の詠唱に入る。

右手の甲に触れて、ダークブレイドを行使した。

右手に現れる黒い炎の剣。


筋肉マークが突っ込んでくる。

躱す。

黒い炎の剣を振る。

ここでダメージが入ったかのように倒れこむ演技をするマーク。


しかし直後に立ち上がって、俺を投げ飛ばす。

ステージ端まで飛ばされて、なんとか足で着地する。……これ結構危ない。


両者走り寄って、黒い筋肉とダークブレイドがぶつかり合う。

顔をアップに撮っているのがわかったので、頑張っている風の顔をチラリ。


一旦離れて、ダークフレイムでマークの足元を焼く。

苦しむふりをするマーク。


その隙に転がっているモップを拾い上げて、左手に清掃員の剣、右手にダークブレイドを構える。

走り寄って、二刀流でダークマークを切り捨てる。

唸り声をあげながら、倒れこんでいくマーク。


ここで曲も終わり、最後まで歌いきったクルミンが決めポーズをとる。

その顔には満足げな笑顔が浮かび、額には汗が流れていた。

完璧なタイミングで終えられた撮影。


「カアァットー!!」

喜んで駆け寄ってくるスタッフさん方。

とても嬉しそうな様子から、いい映像が取れたのだとわかる。

ダークに憑りつかれたままのマーク達を起こして、俺たちもクルミンの輪に集まる。


「いいよ!いいよ!これいいよ!いいの撮れたよ!」

監督さんが嬉しそうに声を張り上げる。

クルミンも全員に労いの言葉と、感謝の一礼をしていた。

こんなにしっかりとした子で、これだけ華がある。やはりクルミンは俺たちが手を貸さずとも売れたんじゃないかと思えてくる。


撮影が終わったことを今一度確認した俺は、クルミンにだけ一声かけた。

「じゃあ、俺たちはこれで」

「え?もう行くの?この後打ち上げとかあるよ?それにまだ水琴君たちへのお礼が……」

「いや、俺たちスカイフットボールの練習があるから」

じゃ、と声をかけてそそくさと退散していった。

ここら辺はダークに憑りつかせているので統率が取れている。


服装もすべて着替えて、急いで撮影所を後にする。

人目のない建物の隅まで向かった。

ダーク憑依を解除して、ダークたちを手の中に戻していく。


煙を吐いていたマーク達からそれらが消えて、正気に戻っていく。

目の前で手を振ると、目玉が追いかけてくる。

大丈夫そうだ。

「あれ?ここどこですカ?」

「確か春鷹が仕事あるっテ」

「今からですカ?」

「ウィ」

全員がいつも通りなのを確認して、俺は仕事が終わったことを告げた。


何が何だかわかっていない彼らに、給料を握らせる。

もう危ないバイトはやめるんだぞ。


「よし、じゃあスカイフットボールの練習に行くぞ!」

撮影の為に午前練習から午後練習にしてもらっている。

あやが待っているだろうし、俺たちは急いで走って学園に戻ることにしたのだ。

「遅刻したらボスに殺されるヨ。もっとスピード上げるヨ」

「「「Yeah!!」」」

「ウィ」


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