56話 時給の高すぎるバイトには気をつけろ
停学を受け入れたのは自分の意志だったからよかったものの、次の週に学校に登校したときに起きた変化を敏感に感じ取ってしまった。
……明らかに、ビビられている。
廊下を歩けば道を開けられるし、トイレに行けば用を足している生徒が急いで社会の窓を締め出す。
発射前ならいいものの、発射後の子は大丈夫なのかと真剣に気になってしまう。
昼に食堂に行けば俺の周りだけテーブルが開くし、俺のテーブルに足をぶつけた生徒が土下座してくる始末である。
印象最悪なので急いで立ち上がらせるが、辺りから胸倉をつかんでいるわ!という更なる誤解の声が飛んでくる。
負の印象というのは一度加速してしまえば、なかなか止まらないらしい。
それもそうだよな、と自分でも思ってしまう。
中等部生徒のまだ前期課程にも関わらずすでに停学処分を受けるって、何をしたんだよって普通は警戒する。
そういえば、入学当初も少し警戒されていた気がする。
小声で、あれが水琴家の御曹司か、なんてことをコソコソ言われていたのが懐かしい。
あれが原因なのか、それとも俺のコミュ障が原因なのか、しばらく友達作りに苦労したものだ。
そしてまたこうして警戒されることにより、俺の友達作りの機会損失がさらに増すこととなる。ああ、いと悲し。ほろりと涙が流れそうである。
教室に戻ってもすっかり腫れ物扱いとなってしまった俺に敢えて接近し来る人はいないかと思えたが、ここにはしっかりと天子様がいてくれた。
宇佐ミミさんが同級生の静止を振り切って事あるごとに声をかけに来てくれるのだ。
来る前にいつも友達から、子供作られるよ!と警告されているのに健気に来てくれる宇佐ミミさん、本当に天使。
……子供作られるってなんだ!!
どんなデマが流れているか想像するだけで気分が悪くなってくる。
これならどうどうと背中にタバコを吸って停学になりましたと自白した方がまだダメージが少ないかもしれない。
とにかく、宇佐ミミさんには救われてばかりである。
いつかお礼をしよう。
そうだ!彫刻スキルを高めた暁には、宇佐ミミさんの木彫りでも彫ってみるか。
タイトルは『宇佐ミミさん(天子様)』で。
そういえば、宇佐ミミの作品である『早瀬あや』はどうなったんだろうか?そろそろ首らへんをスパーンとはねられてないといいけど。まあ、彼女の渾身の作品だから大事にされることだろう。そう願ってやまない。スパーンしてないよね!?
オアシスは一か所あれば十分なのだが、この教室にはありがたいことにもう一か所オアシスがあった。
夢野くるみさんである。
彼女もちょくちょく声をかけてくれるのだ。
こちらもありがたい限りである。
そして、夢野さんからは今日の放課後に大事な話があるとも言われた。
以前それを告白と勘違いして痛い目を見たことがある。
しかし、既に痛い目を見て学習した俺は、もう二度と同じ失敗は繰り返さないだろう。
女の子に屋上に呼ばれたからと言ってそれは告白とは限らない。むしろそうでない可能性の方がはるかに大きい。
そういう告白イベントは、主人公文月大夜のようなイケメンコミュニケーション能力お化けどもに起こりうることであり、コミュ障で子供作られる危機がある俺には到底訪れない!子供は作らないけどな!
夢野さんのことだから、恐らくアイドル関連の話だろう。
彼女は今も、そしてゲーム内でもクルミンというアイドル名で隠れて活動している。
日々更なる活躍の為に尽力している彼女だが、先日協力を頼まれて俺はそれに同意した。
きっと進展があったから、そのことだろうと予測ができた。
放課後になり、生徒たちが俺を避けながら下校していく中、夢野さんが近づいてきた。
秘密の話なので、やはり屋上でしたいと。
もちろん不都合などないので、一緒に向かうことにした。
クルミンから溢れる出るような明るいオーラを普段隠している夢野さんは、やはり近くから見ても本当にクルミンなのか?と思ってしまうことがある。それほど今の夢野さんとクルミンの時とでは雰囲気がガラッと変わる。
女の子は簡単に化けるからな、怖い怖い。
屋上について、辺りに人がいないことを確認した夢野さんはクラス内ではなかなか見せないような明るい顔を見せてくれた。
「水琴君!私の新曲が決まったの!」
「おおっ!」
嬉しそうな様子はそのためだったか。
それはいいじゃないか!
クルミンとしてアイドルの階段を順調に駆け上がっている。
このまま数年、着々と地に足をつけて頑張っていればファンもついてくるだろう。クルミンは明るい女の子で、かわいらしく、まじめだ。きっとみんなから好かれるアイドルになるに決まっている。
やはり俺が関わらない方がいいに気がする。
「それでね、前に言っていたミュージックビデオのこと、事務所からも是非水琴君に出演して欲しいって話が出てるの!」
そういえば中華屋のエプロンをつけてダークと戦って一躍有名になってたな。
当然だけど、あの動画まだネットに残っているんだよね……。再生数順調に伸ばしているみたいだ。
協力すると約束もしたし、頼られれば断らないのがこの水琴春鷹のモットーですので!もちろん受けさせていただきます。
「おめでとう、夢野さん。いや、この場合クルミンと言った方がいいかな?」
「えへへ、どっちでもいいよ」
照れくさそうに笑う顔にはクルミンの面影が見える。やはりアイドルたるもの笑ってなんぼである。
「俺でよければ協力させて貰うよ。けれど、活動が学園側にばれたら不味くはないか?」
人目に付く仕事だ、俺の中華屋バイトなんかよりもはるかにばれる可能性が高いだろう。
「しっかりメイクもするし、服装も音楽に合わせてコスプレしてもらうから大丈夫……だと思う。でも水琴君今度校則違反が見つかったら、また停学に……。あわ、あわわわ、私そこまで考えていなかった。ごめんなさい!ごめんなさい!」
何度も頭を下げて謝罪してくる夢野さん。
そこまでやれるとこちらが申し訳なくなってくる。
なんとか止めて、俺は親指を立ててグーポーズをした。
「大丈夫。学園側に献金しているから」
お金の力は偉大なのである。
先日理事長と会って、父と知り合いなのも知った。
献金は学園側にとって重要な資金っぽいし、俺を退学にするなんてことは万に一つもないだろう。
ばれたら停学はあるかもしれないが、まあ一度やってるし二度目なんて誤差だ。
それにバイトは校則で禁止されてはいるが、俺の感じている感覚だと本当はそこまで厳しくはなない気がする。
タバコとは全く事情が違うとみていいだろう。
俺が心配しているのは自信のことではなく、夢野さんのことだ。
しかし、彼女が自信を持っているように、普通は気が付かないのかもしれない。
「でも、夢野さんの言う通りなら多分ばれないかも。俺の動画なんてエプロンつけてただけなのに、親しい友達にもきづかれなかった」
あやのことである。動画をしっかり見ておきながら俺だと気が付かなかったのだ。とても悲しい出来事であった。繰り返したくはないが、繰り返したほうがばれずに済んで良し。ジレンマ!
「本当に?」
「ほぼ確実かも。実際夢野さんがクルミンだと気が付かなかったしね。心配してみたけど、案外普通に行けそうだ」
OKサインを出してやれば、ぱーっと夢野さんの顔が晴れ渡る。
難解な問題はこれで解決だ。
最悪田辺に何とかしてもらう。
理事長が田辺を苦手にしているという重要な事実を俺はしっかりと押さえている。
ふははは、友達を守るためならどんなに汚い一手も打ってやろうではないか!
「そうだ、ミュージックビデオに出て貰うお礼としてバイト代が出せるの。撮影は一日かけて行うんだけど、出演料として40万円出せるの!」
「40万円も!?」
「そうだよ。水琴君の価値に比べたらこんな額じゃ申し訳ないと社長が言ってたくらいだよ」
破格だな。
俺の中華屋での激務でも時給が900円台だぞ……。
中華屋のバイト止めようかしら。
金髪さんがいるうちは続けますか。
時給が悪い方は考えないようにして、こちらの美味しい話に集中しよう。
「他にエキストラも用意しているの。ダーク役でコスプレしてもらって、それを水琴君がバシバシとやっつけるの。私の音楽に合わせてね!」
語る夢野さんの口調が早く、そして興奮したものに変わっていく。
どれだけ楽しみにしているのかダイレクトに伝わってくる。
これは是非とも成功させてやりたい。
彼女を売れっ子アイドルにしてやる!
なんだか俺の心にも火がついてきた。
そして、いいアイデアが降ってくる。
やはり夢野さん、クルミンには運がある。売れるための運が。
「夢野さん、エキストラたちは全部俺が用意しよう」
「え?」
「だってエキストラってコスプレでしょ?そんなクオリティじゃあダメだ」
「でもCGなんて使うと一気に経費が上がるからって。うちの事務所そこまで資金はないの……」
「だから俺が用意するんだ。CGなんかよりももっと立派なダークを用意してやる!」
「本当に?そんなこと可能なの?」
「水琴家の繋がりがあるんですよ」
親指を再び立ててグーサインをする。
夢野さんの俺を見る目がだんだんとヒーローを見るかのような目になってしまっている。
まあ頼りにされるのは悪くない気分なのでなんの問題もなし。
話がまとまった俺たちは屋上から降りて、そして解散した。
撮影日はまた連絡をくれるらしい。
ここ最近俺は毎日、来たるダークマスター同士の戦いに備えて先輩たちのアジトで秘密の訓練を行っている。
もちろんレベルが上がっているし、戦闘技術も高まっている。
先輩たちはめっちゃ悪いこと考えているので、ダークの溜まり方がえげつない。
そして、成長していく中で俺はダークマスターとしての新しい力を開放していた。
それを撮影で使えそうなのである。
活かさない手はない。
タイミングの良さがクルミンの運の強さを示している気もした。
スマホを取り出して電話する。
プルルルと鳴ったあと、電話口から例の彼の声がする。
『春鷹ですカ?』
少しイントネーションがずれているこの声、俺がかけたのは同じスカイフットボールチームに所属するマークである。
彼は先日落ち込んだ顔でずっと過ごしていた。
それを俺が勘違いしてタバコを吸ったのだと思っていたが、実は改造ショップへの支払いが滞っていたという理由だった。
紛らわしいことこの上ないが、どちらにしろ解決しないことにはまずい。
改造ショップの怖さは支払いを滞らせて初めて知ることとなるからだ。
金欠のマークの為にバイトを探してやるつもりでいたのだが、これはいい機会ではないか。
『マーク、春鷹だ。そういえば、改造ショップへの支払いってどのくらい残っているんだ?』
『20万ヨ。そろそろ改造ショップに殺されそうで怖いヨ』
『そうなのか。それはちょうどいい。一日で20万稼げるバイトがあるんだけど、やらないか?』
『本当ニ?やるヨ!絶対やる!ありがとう春鷹!愛してる。ラブユー、ブラザー!!』
電話の奥から投げキッスの音が聞こえる。
それはいらないです。本気で。
『そうか。じゃあまた日程決まったら連絡する。もうあまり無駄遣いするなよ』
『わかったヨ!安心したヨ!いっぱい眠れそう、不眠は筋肉の敵だから』
『わかったわかった。筋肉筋肉』
ガチャリと電話を切った。
ふう、これで犠牲者を一人確保した。
俺に支払われるバイト代は40万だったな。あと20万使える。
ダーク役が一人じゃさみしい。
あと三人ほどサポート役のダークが欲しいな。
よし、犠牲者を増やしておくとしよう。
『マーティン?』『あ、マーチス?』『もしもし影薄君?』
『『『いい話があるんだけど……』』』
マーティンとマーチス、影薄君はそれぞれ7万円で釣れた。
1万円は痛いが、クルミンのためである。自腹をきった。
マークより負担が少ない役にする予定なので給料は少し低めだ。
仕事内容はただ立っていればいいと嘘をついている。
こんなわかりやすい嘘に騙されるなんてまだまだ世間知らずですな!
いい勉強になるだろう。
こうして犠牲者4人を確保した俺は、撮影日を楽しみに待つことにした。




