54話 誰が為に
停学がもうすぐ終わろうというとき、あやたちが見舞いに来てくれた。
俺の部屋で一通り今回の処分に愚痴をこぼしてた彼らは、スカイフットボールの練習状況も教えてくれる。
やはりメンバーが一人減ると練習にも支障が出るみたいで、そこは少し申し訳なく思う。
あやたちは4人で来てくれたと言っているが、実は影薄君も一緒に来てくれていることに彼らはまだ気が付いていない。
守君だけは来てくれなかったみたいだが、彼は結構そこらへんはクールである。
ゲーム内でもそういう印象だったので、特に意外ではない。
皆がしばらくいてくれて楽しかったのだが、しばらくして解散という雰囲気になってくる。
そして他の友達との約束もあるのであやたちが引き上げようというときに、部屋にはマークだけが残った。
もしかしてタバコの件の告白かと思って、先にあやたち見送った。
部屋に取り残される俺とマーク。
「実は春鷹に言わないといけないことがあるヨ」
やはりそうか、という感じだ。
まあ、優しく受け入れてあげようではないか。そして何かの壁にぶつかっているのなら、それを乗り越えるための手助けもしよう。
「ここ一週間くらい悩んでいて、誰にも相談できなくて苦しかったヨ」
「うん、うん」
「実は……」
「実は?」
いよいよ来るか。
怖いかもしれないけど、頑張るんだマーク。
「実は改造ショップへの支払いが滞っているヨ」
「改造ショップね。それはやばい。へ?」
ちょっと待ってください。
なんの話ですか?
タバコを吸っていた件のカミングアウトかと思っていたのに、何の話をしているの?
「前に春鷹に立ち会って貰ったショッピングあったでショ。あれがかなり良くて、実はあの後追加で注文したヨ。そしたら支払いがキツくなったヨ……テヘッ!」
筋肉武装している男がドジっ子キャラをやっても可愛くねーぞ。
「へ?もしかして練習の時に暗かったのもそういうことなのか?」
「そうヨ。あの雷さんっていう人に相談したら、少し遅れてもいいよと笑っていたけど、あれは本当の笑顔じゃなかったヨ」
だろうね。よくわかっている。
改造ショップは面白い商品を売る代わりに、その支払いにはとことん厳しい。
そして度重なる延滞があると、改造ショップがいよいよ牙を剥くことになる。
今はダークマター筒抜黒波とのことで手一杯だろうけど、ことが終わったら間違いなく今度はマークが標的になる。
「やばいヨ。僕どつかれるかな?」
「どこでそんな言葉を覚えたんだ。改造ショップへの延滞は本当にまずい。あの人たちは結構厳しいぞ」
「本当にどうしよう。春鷹くらいしか相談できないヨ」
はあー、そんなことを言われてしまったら弱い。
実際に頼れる人なんていなさそうだし。
マーティンやマーチスに相談したところで、筋トレしてれば解決するさ!とか提案されるかもしれない。
「わかった。俺がなんとか解決策を探ってみる。とりあえず、バイトが一番の近道だと思うんだけど、やる気はるか?」
「Year!」
「気合はよし、と」
マークには自慢の筋肉もあるのだ。多少キツイのでも大丈夫だろう。
学則違反にはなってしまうが、それ以外に方法もない。
水琴家のネットワークを使って稼げる仕事を探すか、もしくは先輩方の実験材料に使うか……。結構稼げるのではないかと思ってしまう。
とにかく、そっち方面で動いてみる。
「しばらく待ってくれ。何かいいのを探してみる。あまり悩み過ぎて体調を崩さないようにな」
先日見たマークの様子からすると、相当抱え込んでいたからな。
変に考えすぎるとかえってよくない。
悩みを一旦手放して楽になるのが一番いいのだ。
「ありがとう!春鷹大好きヨ!」
抱きついてくるマークをなんとか引きはがして、ついでに部屋から追い出した。
帰っていく間もずっと感謝を述べるマーク。この件が片付いたら無駄遣いをしないように言い聞かせないといけないな。
みんなが帰った静かな自室に戻り、さっそく田辺と先輩らへんに連絡をとろうとしたところで、驚きの事態が待っていた。
「ウィ」
音がした方に素早く顔を向けると、部屋の隅で影薄君が正座してひっそり佇んでいた。
心臓がドクンと跳ねるほど驚いてしまった。
比較的影薄君の存在を察知するのは得意な方だと思っていたが、まだいたことに全く気が付いていなかった。
不覚!
「もしかしてずっといたの?」
「ウィ」
「マークとの話も?」
「ウィ」
「出きれば内緒にして欲しいんだけど」
「ウィ」
話の分かる人のようだ。
あまり深くかかわったことがないので、影薄君のことはあまりよくわからない。
でも今話している感じだといい人そうである。
いや、土曜日の休みにわざわざ見舞いに来てくれている時点でいい人確定だろう。
「今日はわざわざ来てくれてありがとう」
「ウィ」
「残ったってことは何か話があるの?」
「ウィ」
「何かな?」
「……普通に話してもいいですか?」
「もちろん!」
俺の方こそ聞きたかった部分なので、普通に話して貰えるのなら非常に助かる。
わざわざ正座もしてくれなくていいのだが、そこは崩す気はないらしい。
「水琴君はいつも周りをよく見ていて凄いと思います」
「そ、そう?」
自覚があんまりないのでよくわからない。
「いつも僕の存在に気が付いてくれます……」
「ああ」
それはそうかも知れない。
みんなが気が付いていない時も俺だけ気が付いているときがある。
今日もそうだった。
しかし途中から存在を忘れていた点については申し訳なく思う。
二人きりになったときも、声をかけてもらえるまで気づかなかったほどだ。
「水琴君のことひっそりと友達だと思ってます……」
「ひっそりと思わないでよ。俺も影薄君のことチームメイトと同時に友達だと思っている」
友達に枯渇している身ですよ。そういうことはもっと正面から伝えてほしいものだ。
「ウィ」
俺の言葉が嬉しかったのか、少し照れる影薄君。照れた時はウィが出るらしい。
改めてこうしてまじまじと正面から影薄君のことを見ると、その顔は日本とヨーロッパの血が混じったようなハーフ顔で、すごく綺麗な顔立ちをしている。
体は少し小柄で、髪も自然な茶髪だ。地毛なのだろう。
こんなに美少年だとは今の今まで気が付いていなかった。
なんどもスカイフットボールで会っているはずなんだけどなーと改めて申し訳なく思う。
自然と視線をそらしてしまうのは、この後ろめたさ故だろうか。
「マーク君との話聞きました」
「そうか」
「水琴君はタバコの件でマーク君を庇ったんじゃないかと思っていました」
流石によく見ている。
影薄君はスカイフットボールのときでも、相手のボールをひっそりと奪うのが得意だ。
あれは存在感が薄いだけでなく、相手の動きをよく見てポジションを正しくとっている成果でもある。
「けれど、タバコの犯人はマーク君じゃないみたいですね。じゃあ、誰なんでしょうか?」
「はっ!?」
それもそうだ。
あれ?ちょっと待ってくれ。
そうだよな。マークは改造ショップの件で悩んでいたんだ。
じゃあタバコの犯人は誰だ?
俺は誰を庇って停学になったんだ?
「僕、心当たりがあります。存在感が薄いからこそ、よく見える部分もあるんです」
そういうことらしいが、俺は真実を言うその口を止まらせた。
「状況からしてカフェルオンのメンバーの誰かが吸ったんだ。もうこの件は明日で俺の停学も終わる。もう終わりにしないか?」
「……でも知っているんです」
「いいんだ。影薄君がよければ、それはそっと胸の奥にしまって欲しい。これ以上真実を突っついても誰かがまた傷つくだけだ。今回のことはこれで終わりだ。きっと犯人も少しは懲りたことだろう」
「……僕はそうは思いません」
「そうかな」
「はい、真実を表に出してこそ本当に解決することだと思います……。ごめんなさい、存在感薄いのに強気なこと言って」
それはいいよね。別に。
確かに影薄君の言うことが正しいのはわかる。
けれど、俺はカフェルオンのメンバー楽しくスカイフットボールをしている姿が頭から離れない。
ことが表になれば、また誰かが処分を受けるのか。
楽しく練習する光景がまた止まってしまいかねない。
あやだけでなく、みんなが悲しんでしまう。
それは本当に嫌だ。
確かに悪いことはしているが、俺が裏でなんと支えてやれないだろうか。
「彼は反省をしていません……」
「態度からは読み取れない部分もある」
「けれど……」
「もう少しだけ猶予をくれないか?今度こそこんなことにならないように、俺が目を配らせておくから」
「水琴君ばかり負担が増えます。また君が背負うことになるかもしれません」
「任せてみてよ。友達だろう?信じてみてくれないか」
まだ渋っているようだが、なんとか影薄君は首を縦に振った。
「ウィ」
「ありがとう」
「犯人は守君に違いありません。これだけは伝えさせてください」
守君か……。
改めて思えば、一番怪しい人物である。
ゲーム内でも散々なクズキャラだったからな。
しかし、同じクズキャラだった俺も少しずつ罪滅ぼしを行えている。
きっと守君だって変われるはずだ。
「犯人の正体は聞かなかったことにする。だって今回の犯人は俺だから」
「……ウィ」
「じゃあ、話はこれでおしまいだ。停学開けにまた練習で会おう。影薄君の質のいいパスが楽しみだ」
「ウィ!」
ちょっとだけ喜んでくれた影薄君だった。




