5話 仲良くなるチャンス
「俺……水琴春鷹じゃない……かもよ? 」
「かもって何よ! 」
黒服と早瀬あやに向けたセリフは真っ先に早瀬に嚙みつかれた。
「いや、あなたは間違いなく春鷹様! 」
黒服たちにダメ押しされてしまった。
もう正体を隠すのは難しそうだ。
「こんなところに来ずともVIP室で指示して頂ければ我々が商品を取っていきます! 」
それが嫌でひっそりとしていたんだけどね。
他の客の視線も集めてしまったし、今は黒服たちの言う通りにした方が都合が良さそうだ。
「そうしようか。取り敢えずこのランニングシューズをお願い」
一足取って目の前の彼に渡した。
そうしてVIP室とやらに行こうとしたのだが、後ろから強い力で肩を掴まれる。
「うっ」
余りの力に息が詰まったぞ。振り向くと早瀬あやが先ほど同様にこちらを睨んでいる。
こっちは非力なんだから手加減してくれ。
「なんだよ」
「なんだよじゃないわよ。私の要件がまだ済んでないのに去ろうとするんじゃないわよ」
「無礼な! 春鷹様から手をななせ、小娘! 」
黒服たちがすかさず早瀬を取り囲む。彼女は一切臆した様子がない。流石は物理面優秀な彼女だ。最悪殴り合う気なんじゃないだろうか。
そして魔力もある彼女が勝ってしまう未来が見える。
俺は黒服たちを手で制して、早瀬の話を聞くことにした。
「いい。なんだ、言いたいことがあるなら言ってくれ」
「あら、意外と話がわかるのね。その髪の毛同様性格もねじ曲がっていると思っていたけど」
「性格も髪もそれほどねじ曲がっていない」
悪いことは一杯して来たけど。
早瀬の言う通り、春鷹の髪の毛は少し天然パーマが入っている。しかし、第三者的立場から言っても軽くオシャレな天然パーマである。実は結構気に入っている。
「ずっと、あんたに会ったら言ってやろうと思っていたことがあるのよ。水琴春鷹は本当にいい噂を聞かない男だけどね、特にあれだけは許せないわ」
「どれだ」
本当に心当たりがあり過ぎて困る。
「キンドレッド社のスカイフットボールシューズ創立100年モデル限定10足! あんたそれを一人で買い占めたらしいわね!! 親のコネを使って!! 」
「……ちょっと待ってくれ」
記憶の整理が必要だ。
なにせこの体には二人分の記憶がある。
それと水琴春鷹っていう男は買い占めという行為をことごとくやる男のようだ。
どの記憶か思い出すのに少しばかり時間が必要になる。
「ああっ、あれか!そうだったな。たしかそうだった、買い占めたよ、俺が! 」
思い出せて、それが嬉しくて笑顔で彼女に答えてしまった。
それが悪かったみたいで、彼女はより一層怒りを加速させたみたいだ。
「はあ? そんな曖昧にしか覚えていないの!? ほんとむかつく! 私は一年前から予約していたし、平等な抽選だと心から信じていたのよ!? 」
早瀬は顔をこれでもかと近づけて俺に罵声を浴びせる。
彼女の怒りの深さがうかがい知れる。そして、なぜこれだけ怒っているのかも俺は知っている。
そう、あの靴は本来抽選で購入者が決まる商品だったのだ。
創業者の一族が手作りで仕上げた限定10足。スカイフットボールが人気なこの世界では多くの人がその商品を欲して抽選に応募したのだ。
それを俺が水琴家の力を使って、強引に10足買い占めた。しかも再販しないようにとの圧力もかけて。まさにクズ。
たしか去年くらいにやった気がする。
早瀬は抽選できなかったことだけに怒っている訳ではない。
ファンキャンの中で主人公が入る部活がスカイフットボールなのだが、早瀬はスカイフットボールのスタープレイヤーだ。
彼女はスカイフットボールを子供の頃から愛しているし、ずっとそのための鍛錬も積んでいる。
キンドレッド社はスカイフットボール用品を専門に扱う大手の会社だ。そこが100周年を祝って作った限定商品、スカイフットボールプレイヤーなら喉から手が出るほど欲しい商品なのだ。
そんなものをなんで俺が欲っしたかと言うと、何を隠そうこの水琴春鷹もスカイフットボールプレイヤーなのだ。
ゲームの中では実際の物語とは別にスカイフットボールを楽しめるのだが、一チーム7人のスカイフットボールのメンバーには敵キャラをも誘うことができる。
ちなみにそこでも水琴春鷹は最強の能力値を有しながら、残念過ぎる性格のせいで本領を発揮せずにスカイフットボールでは干され続けることになる。ていうか、大抵の場合メンバーに入れて貰えない。
敵チームのメンバーとしては出てくるんだけどね。
そのチームと当たる時は春鷹が穴なので、徹底的にそこを突いてやればイージーウインである。
それとは対照的に早瀬は能力値も優秀、ポジション適正も抜群で、スカイフットボールを楽しむなら彼女をメンバーから外すという選択はあり得ない。
もちろん俺も入れていた。もちろん春鷹は入れていない。
春鷹の父がスカイフットボールのスタープレイヤーだったため、ここでも父の背中を追いかけるんだけど、ほんと春鷹の能力って上手に発揮されないんだよね。
中等部からスカイフットボールのクラブチームを作ることは可能だけど、俺はまだ入るかどうか決めかねている。
何でかっていうと、水琴春鷹は本当に凄い能力を持っているから。間違いなくスタープレイヤーになれる逸材。きっと活躍すれば父親も喜ぶだろう。
けど、主人公もスカイフットボールのチームに入るんだよね……。
どうしようか。
「ちょっと! 聞いてる!? 」
「ああ、すまん。ちょっと考えごとを」
「この私を前にいい度胸しているじゃない。どこぞの御曹司か知らないけどね、一発くらい殴ってやろうかしら」
実際春鷹は何発か殴られた方がいいと思うようなことをしてきているけど、痛いのは俺だし、嫌なので勘弁してくれ。
「すまない。あとシューズの件も悪かった」
胸倉まで掴まれてしまったので、素直に謝っておく。彼女のパンチはリアルに痛そうだ。
「あら、意外と素直ね。なんだかさっきから少しイメージと違う人物像で驚いているわ」
そうだよね。今までの春鷹がクズ過ぎたから普通にしているだけでいい人に見られるほどだ。
なんだか許してくれそうな感じなので、俺はこのままVIP室に向かおうとしたのだが、ふと思いついたことがあった。
そうだ、俺って結構コミュ障なのだから、せっかくここで早瀬と知り合ったなら仲良くなっておいてもいいかもしれない。そうしたら主人公パーティーの一人が俺の味方になるかもしれないのだ。俺を一撃で仕留める早瀬という大事なキャラだし。
と言う訳で、友達作り兼和平の印として俺はあれを提案してみた。
「実は今日からもう寮に入ろうと思ってたんだけど、今から俺の家行かない? 限定モデル良かったら1足譲るよ」
「え? ほんと? 」
あからさまに早瀬の顔が緩む。
「ほんと、ほんと」
「……あらら、ほんと結構いいやつじゃん、水琴春鷹」
「いやいや、悪いことしたし、これからは償っていこうかと思って」
「ふーん、そういうのいいと思うよ」
「そう? じゃあ俺んち行く? 」
「……うん」
嬉しさを隠しながら早瀬は頷いた。
こうして俺と早瀬は乗って来た高級車でトーワ魔法学園都市を出ていき、水琴邸へと向かうことになった。
「あんたいい車乗ってんのね」
車内で早瀬が乗り心地の良さを、尻をホップしながら味わっていた。
早瀬の家って裕福じゃなかったのかな? どんな設定だったか覚えていない。
トーワ魔法学園に中等部から入れるのだから、それなりの家柄ではあると思うのだが……。まあどうでもいいか。
「ねえ、あんたも100周年モデル買うってことはスカイフットボールやるの? 」
「ん、ああ。ちょっとだけな」
まあ齧る程度にやっている。運動不足を体感している通り、本当にちょっとだ。
けれど水琴春鷹がスカイフットボールにおいてもスタープレイヤー早瀬を凌ぐほどの能力の持ち主だということを俺は知っている。
ただしポジションを間違えなければという条件が付くけどな!! 本当にこのカスは!! カスフィジカルなのにフィジカル重要なセンターしかやらねーんだよ、春鷹は!! サイドやれ、サイド!!
『ふんっ! この俺様が中心以外のポジションをやる訳ないだろ? 』
何度聞いても、馬鹿ですか、と言いたいあのセリフ。
「私スカイフットボールやるつもりなんだ。それとチームも自分で作るつもり。チーム名も決まっているの。チーム名『カフェルオン』、ねえあんたもよかったら入る? まだメンバー私だけだけど」
スカイフットボールはやるかどうか悩んでいた。
誘ってもらえて嬉しくは思う。
水琴家も代々スカイフットボールをやってきた家系だ。父に至ってはスタープレイヤーである。
早瀬と俺が組めば最強のチームが出来上がるかもしれない。そんなのワクワクするじゃないか。
けどな、一つ言いたいことがあるんだよ。
『カフェルオン』ってな、俺が絶対に関わりたくない主人公が入るチームの名前なんだよな!!
お前が作ったんかい!! 早瀬!!
「なあ、嫌か? 」
早瀬が俺の顔を覗き込んで聞いてきた。
その顔にはどこか寂しそうな色がある。
思わず少し見惚れていた。実際に早瀬を近くで見るとかわいーな。邪心が湧いてきてしまうな。
そんな目で俺を見つめるな。
「嫌なのか? 」
嫌なわけねーだろ! けどな、俺には地雷を踏まないという選択が必要なんだ。
「嫌だよな……」
「入る……に決まっているだろ! 」
「ほんとか? やったー! なら私たちもう友達だな! 」
早瀬が喜びのあまり俺に抱き着てきた。
ゲームの通り人懐っこい性格だな。
うむ、入るといって正解だった。
地雷の件はあれだよ。あれ。うん、スカイフットボールはあくまでゲームのサブコンテンツだから。
大丈夫だよ、きっと。
メンバー7人いたら主人公入れないしね。
よし、このくらいならセーフとしようではないか!