42話 会議室
今日は日曜日なので、バイト先の中華屋に行く日である。
しかし、高等部生徒会長から呼び出しを食らっており、なぜかバイトのほうも休みという偶然が重なり、俺は仕方なくランカー選定会議へと足を運ぶことにした。
校内マップをもとに、トーワ魔法学園高等部生徒会室まで赴く。
扉を開き、中に入ると既に何人か先に到着していた。
広い室内には楕円形のテーブルがあり、用意された席に座る面々。
基本的に高等部生徒で占められたこの空間に、中等部1年の俺が入ると自然とその存在は目立ってしまう。
身長だけならなんとか誤魔化せたかもしれないが、なにせ中等部と高等部では制服が違う。
明らかな場違い感を感じながら、俺は空いた席に座った。
「よう、モヤシっ子」
なぜか聞き覚えのある声が聞こえてきて、左を見た。
隣に座っている生徒は、まさかの金髪さんだった。
少し緊張していたせいか、周りが見えていなかった。
知り合いを見落としていたとは。
それにしても、同じバイト先で働いている彼女がどうしてここに!?
「金髪さん、今日は用ができてバイトに出れないって言ってたじゃないですか」
顔を近づけて、小声で抗議することにした。
勝手気ままな店主夫妻だけど、だからこそ俺たちがあの中華屋を守っていかなくちゃ!
「いや、これだよ。用事」
テーブルを指しながら金髪さんが答えた。
「これって?」
「ほら、ランカー選定会議。欠番が出たからって」
「はい?」
いやいやいや、何を言ってるんですか、金髪さん!
「金髪さん、不味いですよ。勝手に入っちゃ。まだ生徒会長は来てないみたいですし、早く逃げてください。空き部屋を不良のたまり場にするのは結構ですが、ここはまずいですよ」
「不良じゃねーって!たっく、どんだけ私を不良にしたいんだ。ここには正式に呼ばれてきたんだよ。お前がいるほうが驚きだっつーの」
「正式に?」
俺がこれでもかという疑惑の視線を向けると、金髪さんに胸倉をつかまれてしまった。
「しばらく中華鍋を振れない体にしてやろうか」
「店主夫妻に迷惑がかかるので勘弁してください」
不良に絡まれたら素直に謝る。これ大事。
「ふう、不良行為は見た目だけにして下さいよ。バイトが急遽休みになったのって、二人ともここに来ることになったからなんですね」
「そうだよ。私としてはバイトに出たかったんだが、うーん、首根っこを掴まれちまってる状態だし断れなくてな」
「ふーん、カツアゲの現場を誰かに抑えられたんですか?」
「それ不良じゃねーか。いや、私は不良じゃねーって言ってんだろ。タバコ買いに行かせるぞ、たっく」
「あっ」
やはりそうかと俺は悟った顔になった。
水琴家の財力に目をつけられてしまった。
「タバコには詳しくないんですが、どこのメーカーが良いでしょうか?」
「うるーせよ!冗談に決まってんだろ。もう話しかけてくんな。お前となんかただのバイトだけの関係だかんな」
少しからかい過ぎたせいか、金髪さんがへそを曲げてしまった。
金髪さんって髪の毛に少し寝癖が付いていて、雑に金髪に染めていなければ、きっと清純な女子高生に見えるはずなんだよな。
勿体ない。
見た目をもっと今風に合わせて、中華屋でなくカフェでバイトしていたらきっとモテモテ女子に早変わりだ。
それだけの資質を持っていると十分に判断できる顔立ちである。
ま、そんな感じになったら俺のコミュ障スイッチがオンになってしまい、こんな風に仲良くはなれなかっただろう。
この雑に染められた金髪さんだからこそ馴染めたわけなのだから。
「金髪さん。周り知らない先輩方ばかりだし、優しくしてくださいよ」
「まず優しくされるような態度を取れよ」
「それもそうですね」
「意外と素直じゃねーか」
無事金髪さんの機嫌が戻り始めた。
見た目と違って金髪さんはかなり優しいし、器が大きい。
まだもう少しからかえたかもしれない。それはまた今度の機会にとっておこう。
ちょうど生徒会室の扉が開いて、続々と生徒が集まりだしてきていた。
「あっ!?」
声の主を見て、俺はすかさず俯いてしまった。
東条蓮、中等部生徒会長で俺のことを気遣ってくれていた人だ。
ランカーにはなるなと彼女からは一度言い含められている。
「水琴君、来てしまったのですね」
「すみません」
「どうしてですか?危険だと言ったのに」
おっぱいにやられました、とは流石にいえない。
高等部生徒会長の柔らかい二つのマシュマロの前には自制心など無力。
その辺ご理解頂きたいところだが、彼女にはわかるまい。男心は脆いのだよ。
「やっぱり自分も学園に貢献したいと思って……我慢できずにこうしてこの場に来てしまいました」
上辺だけは飾っておこう。そのほうが怒られない気がする。
「あなたの真面目な生活態度は聞き及んでいます。けれど、もっと自分を顧みなくてはいつか損をしますよ」
「はい」
「はー、分かっているのかしら。でも、あなたの心意気はわかりました。私が守ってあげますから、大人しくしていてください」
「はい」
俺は借りてきた猫の様に大人しくなり、椅子に静かに座った。
「おい、なんか私の時と全然態度違うぞ。年下相手なんだ、もっと言い返したらどうなんだ」
金髪さんが茶々を入れてくる。
彼女は俺が高等部一年だと思っているので、そんな的外れなことを言っている。
「朱里さんは黙っていてください。それに彼は私より年下です。まだ入学したての中等部1年生なのですよ」
とうとう真実がばれてしまった。
金髪さんが驚いた顔をしてこちらを見てくる。
やはり高等部1年と勘違いしていたようだ。
朱里とは、状況的に金髪さんの名前だろう。
不良の癖に、意外と可愛らしい名前をしている。もっとファンキーな感じだと勝手に想像していた。
「では私はこちらの席に」
そういって東条蓮は俺の右の席に座った。
少ない知り合い二人が両隣で良かった。
目の前の席に座る大柄の鬼のような顔をした先輩が座っていたらと思うと、本当に二人で良かったと心底思う。
「朱里さんもあまりお姉さんに流されないでくださいよ。もっと自主性を持ってください」
「なんだよー。わかってるって」
東条蓮の気迫に負けて、金髪さんが顔を逸らせた。
「人に言ってて、自分もらしくないじゃないですか。年下相手ですよ、タバコでも買いに行かせたらどうです?」
「うっせ!」
俺には強く出れるのな!
まあ、俺も同じだけど。
「タバコが何ですって?」
東条蓮の怖い視線が俺たち二人に突き刺さる。
俺が金髪さんを指さし、金髪さんが俺を指さす、まさに泥の醜い擦り付け合いである!
「ふざけたことはあまり口にしないように。それよりも、二人は意外と仲が良いんですね。意外な組み合わせで、少し驚きです」
「「あははは」」
バイトという共通の後ろめたい事情を抱えている俺たちは、さっきと打って変わって息がぴったり合ったように乾いた笑いをあげて、直後二人で堅く口を閉じた。それはもう不動明王像の如く!
「……あやしい」
東条蓮が固まった俺たち二人の顔を覗き込む。
怪しくない!
御曹司と、不良ですよ!
全く関係ありませんよ!
「おーっす。みんな待たせて悪いね」
東条蓮からの厳しい追及が来ようかというとき、この生徒会室に最後の一人で、最重要な人物がやってきた。
手にはなぜかビニール袋を持って、いつも通り派手な見た目の高等部生徒会長、花崎雪美である。
「雪美先輩、また遅刻ですか」
そういえば集合時間はもう過ぎている。
そして、またということは遅刻の常習犯なのか!?
「ごめーん、蓮ちゃん。みんなのたこ焼き買ってきたから勘弁してよ」
「たこ焼きなんかよりも、会議の方が大事でしょう」
「でもたこ焼きあったらいいじゃん。会議盛り上がりそうじゃん」
「もう!」
これ以上は花崎雪美に気持ちをかき乱されないようにという心構えか、東条蓮は腕を組みそれ以上は彼女を責めようとはしなかった。
東条蓮と話し終えた会長は、今度は俺と金髪さんの間に割って入った。
「朱里も水琴君もちゃんと来てくれたんだー。嬉しいわ」
屈んだ彼女の谷間が少し見られて、こちらも嬉しい限りです。
「朱里は特にさぼり魔だから、おねーちゃん困るわ。今回はちゃんと脅しておいて良かった」
おねーちゃん!?
「うるせーな、姉貴。はやく自分の席に行って会議を始めろよ」
えっ!? 本気!?
生徒会長が姉で! 不良が妹で!
大人の女性が姉で! やんちゃな娘が妹で!
豊満な体が姉で! 貧相な体が妹で!
遅刻魔が姉で! さぼり魔が妹で。
こっちが姉で! こっちが妹で!
えーと、本当の、本当に、本気ですか!?
俺の驚きなんて気が付いていない二人は、姉がしばらく妹をからかって楽しそうにしていた。
「ねえ、今日の会議じゃこっちの味方をしてよね。秘密は握ってるんだから」
「うっ……」
最後に小声で耳打ちされた金髪さんは明らかに顔色が悪くなる。
「水琴君も協力関係お願いね。二人の秘密が明るみにならないためにも」
そう言い残して、生徒会長は教室の一番奥、彼女の席へと向かって歩いていった。
この場合、二人の秘密とは何を指すか。
俺と花崎雪美の間に共有している秘密などない。
しかし、俺と金髪さんには共有している秘密がある。
無断で、中華屋でバイトをしていることだ。
つまり二人の秘密とは、俺と金髪さんの秘密を指す。
顔を金髪さんに向けると、言葉を交わさずともお互いに言いたいことが分かった。
うん、と頷く金髪さん。
うん、と頷き返した俺。
そして、二人で東条蓮を見る。
真面目なこの人に知られた場合……。あまりその先は考えないようにしよう。
気遣い、誠実、全ての優しさを備えた東条蓮先輩、誠にすまぬ!
どうやらこの盤面、始まる前から勝負はついているようだ。




