31話 ダークマスターとは
「クラス委員長であり、普段から真面目なあなたが授業中に寝ていては困りますよー」
「はい、気をつけます」
今日の授業が終わって、俺はクリスティン先生から説教を受けていた。
クラス委員長はクラスの生贄みたいなものだし、俺が普段から真面目なのがこういうときにかえって災いする。
普段悪いやつが捨て猫を可愛がるくらいでめちゃくちゃいいやつに見えるあれだ。
逆バージョンがもろに来ていしまっている。
普段真面目なやつが少し授業をさぼっていたくらいでかなり悪く見えてしまう。
少し理不尽な気がしないでもないが、説教は甘んじて受け入れよう。
俺はもうかつての春鷹ではないのだから。
ただ一つ言いたいことは、捨て猫を可愛がらない奴なんてこの世にはいない。
普段悪いのに捨て猫には優しくするから、その心の中は実は誠実なんだよ、という罠にかかってはいけない。
捨て猫を可愛がるのは普通の心であり、たいして優しいことをしている訳ではない。
かくいう、この水琴春鷹クズ時代でさえ捨て猫には優しかった。
高級車に乗って学校から帰る途中、7歳の春鷹は運転手に車を止めるように伝えるのだ。
何でもない河川敷に春鷹が下りていき、向かった先にはダンボールの中に捨てられている子猫がいた。
クズの春鷹はしばらく猫を見つめ、ポケットを探り出す。
あの春鷹でさえ捨て猫の愛くるしさには敵わなかったのだ。
そして段ボール内の子猫に3万円を渡してやった。
春鷹は馬鹿にしているつもりも、ふざけているつもりもなかった。
この世は金で全てどうにかなると信じていた時代なので、真面目に猫を春鷹流で可愛がっただけである。
このように、どんなにクズな人間でも捨て猫には優しい。
騙されることのないように注意して頂きたい。
授業中しっかり寝たこともあり、今日のスカイフットボールの練習は凄く身が入った。
最近ビシバシとスカイフットボールをしているからか、フィジカル能力が上がった気がする。
そう言えば、机でステータスを見た時も、物理耐久が1だけ上がっていた。
あれはスカイフットボールのお陰なのか、ちょうどレベル4になったタイミングで上がったのかどっちなんだろう。
どっちにしろ伸び幅が少なくて悲しくなる。
攻撃魔法値は10以上伸びていたというのに。
もしもスカイフットボールをすることで物理耐久が伸びるのなら、もっと力を入れていく必要があるな。
せめて物理耐久10には乗せたい。一桁は嫌だ!
俺の物理耐久が伸びている原因には、マーティンとマーチスが少しは関係しているかもしれない。
最近、練習の度にこの二人がやたらと体をぶつけてきたり、摺り寄せてきたりする。
俺のフィジカルが弱いと知っての確信犯である。
3対3に分かれてのミニゲーム練習中、マークからパスを受け取った俺に、マーチスが急いで体を寄せてきた。
俺にシュートを打たせたら守君でさえ止められない。
対応としては正しすぎるのだが、マーチスがすぐに体を寄せられたのには理由がある。
常に俺をマークしているからな。こいつ。
「ふふふ、自由にできると思わないで下さいよボーイ」
「マーチスこそいいのかよ。俺につきっきりだと、MPがなくなるよ」
「そんなこと構いません。ギョウザという美味しいやつを貰うまでは離れませんからね」
「はい? 」
あっけにとられた俺はマーチスにボールをカットされた。
チームのマークとあやから叱責が飛んでくる。
急いで守備に戻ることとなった。
練習が終わってはっきりしたのだが、どうやらマーティンとマーチスは餃子を貰えなかったことが不満だったらしい。
「ボーイはマークばかりに優しいね」
「そうよそうよ。コーラもあげたって言うじゃない」
俺がやたらとマークに優しくしていると思われたらしい。
それにマークから餃子が相当美味しいと伝え聞いたのも不満に繋がっているらしい。
中華屋の店主から貰った餃子と先輩から貰ったコーラはどちらも俺が食べられないので、マークに押し付けただけだったんだけどな。
そんなに欲しいなら、日曜日のバイト後に手作りを持っていってあげよう。
もともとそのつもりだったし。
また手に入るからと説明して、日曜の夜に持っていくとマーチスとマーティンに約束した。
「「Yeah!! 」」
恒例のやつも聞けて、俺も満足である。
酷く急がしい一日が終わって、俺は自室で一人になるとベッドに倒れ込んだ。
疲労がクッションの効いたマットレスに吸い込まれていくようだ。
このままじっと目をつむって寝てしまいたい気持ちもあるが、まずはあれの確認が必要だろう。
新しく使用可能となった魔法、ダーク召喚を試してみる。
「姿を表わせ、地獄の使者たちよ」
自室で一人きりなので、恥ずかしい呪文もなんのそのである。
右手の痣から黒いもやもやがヒョコっと姿を見せた。
ずずずっと残りの体を見せて、ダークが完全に出てくる。
ふわふわと気持ちよさそうに部屋を漂っている黒い雲のような塊には、可愛らしい口と赤く丸い目が付いている。
野生で見かけるダークよりどこか可愛らしいさがあった。
『いい部屋だムゥー』
ん?
「もしかしてお前が話したのか? 」
『美味しい食べ物ないかムゥー』
「やっぱりお前なのか? お腹が空いているのか? 」
召喚したダークに顔を近づけて話しかけるが、ダークは応答してくれない。
ただマイペースなのか、意思疎通ができていないのか。
いや、ダークの声が聞こえるならこちらの声も届いていると考えていいのでは?
『ご主人様しかいないし、おならしちゃえムゥー』
おい。
なんで俺がいるのにおならをするんだ。
今シュッと漏れ出たのがおならか?
匂いはないだろうな!? あったら追い出すぞ。
一応窓は開け放った。
ご主人とは俺のことだよな?
俺のことを認識はしている。やはりただのマイペースか?
更に何度か呼びかけたが、やはり答えてはくれない。
正直ダークに関する魔法は未知数だ。
ゲーム内ではボスだけが使っていた魔法だし、制作者側からもボスの魔法に関する情報は明かされていない。
つまり、知りたきゃ今自分で確かめる他にないのだ。
ダーク召喚の消費MPはたったの10。
彼らが何をできるのか、何をさせられるのかはまだわからない。
とりあえず、できることから始めてみた。
ダーク召喚を繰り返す。
もちろん、呪文付きで!
手の甲の痣からもこもこと出てくるダークたち。
ダーク召喚は5回目までうまくいったが、6回目で失敗した。
消費MPがたったの10なので、普通に考えてMP不足ではない。
俺が今までに吸収しているダークが5体だからそれが限度だったと考えるのが合理的だろう。
『広い部屋ムゥー』
『味気ないムゥー』
『彼女を連れてきたいムゥー』
『ちょっとくさいムゥー』
臭いのは俺のせいじゃないからな。
フワフワと漂っているイメージに違わず、自由気ままに好き勝手発言する彼らである。
かわいい……おならさえしなければ、かわいいとも言える。
人に憑りつくと、凶暴で不気味の悪いダークに変貌するとは今の様子からは思えない。
「おーい、誰か話せる奴いるか? 」
『なにムゥー? 』
ちょっとくさいと言っていた個体が答えた。
やっぱり会話できるのか。マイペースなだけかよ。
ちょっとムカつくな。
「お前たちは先日、俺が倒したダークだよな」
『そうムゥー』
「なんか思ってたイメージと違うけど、ダークってこんな感じなのか? 」
『僕たちは使役ダークだからダークマスターの影響を受けるムゥー。性格も見た目もダークマスターでちょっと変わるムゥー』
「ダークマスターってやっぱり俺のことか? 」
『当たり前ムゥー』
ならば、この緩い感じのダークたちは俺の影響を受けたのか!?
おならしちゃえ、とか言っていたのも俺の影響なのか!?
断固否定したいのだが!!
「何ができるんだ? 」
『それはダークマスター次第ムゥー。就職先を間違えたと皆に思われないように、ダークマスターにも成長して欲しいムゥー」
む!
なにか棘のある言い方だな。
もしかしてダークマスターの成長によってはダークの使い方が変わってくるのか?
それは単純に魔法の様に数が増えていくようなものなのか、それとも凶暴なダークだったり、もしかしたら優しいダークを生み出せたりもするのだろうか?
もし憑依させても優しいダークが出来上がるのなら、ダークの新しい使い道ができる。
それにダークマスターへのイメージ向上も図れるかもしれない。
その辺、更に聞いてみたのだが、詳しい質問はくれる返事が同じものばかりだった。
知らないの一点張りである。
『知らないムゥー。むしろこっちが聞きたいことあるムゥー』
「それもそうだよな」
ダークマスターの俺が使役する彼らにばっかり聞いているのもなんだか情けない。
またレベルが上がるか、ダークを更に吸収したらできることも増えるだろう。
自由に飛び回っている彼らにこれ以上聞いてもあまり収穫もなさそうだ。
手の痣に返す前に、一応聞きたいことがあるらしいので答えてやることにした。
「さっき聞きたいことがあるって言っただろう? 答えてあげるからどうぞ」
『優しいダークマスターだなムゥー。マスターは彼女いるムゥー? 』
ダークってそんなことを聞くんだね……。本当に興味あるのか?
この質問をきっかけに他のダークたちも集まってくる。本当に興味あるんだね。ちょっと意外だ。
『金持ちだから多分いるムゥー』
『身長も高いからいるムゥー』
『顔もかっこいいから絶対いるムゥー』
『彼女いるムゥー』
『……でも、この人コミュ障だよ』
『『『『ああ……』』』』
どこでお察ししてんだ!
途中までめちゃくちゃいい流れだったじゃないか!
それに最後のヤツ、素が出てるぞ。
で、真実はどうなの? と彼らの視線が俺に集まった。
ふふふ、さよならー。
右手にお戻りなさーい。




