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30話 先輩からの呼び出し

それはまだ日も登らないような早朝のことだった。

俺がスーピースーピー鼻息を鳴らしながら快眠していたところに、寮の扉がドンと叩かれた。


「え? なに……」

呼び鈴がしっかりとついているにも関わらず、扉が何か鈍器で叩かれたような音がしたから、眠気が残る中俺は警戒しながらインターホン越しに外の様子を覗いた。

「ピ」

先輩がいた。


急いで扉を開けに行く。

「ピピピ」

おはよう、とでも言いたいのだろうか。

「おはようございます」

日に日に清掃ロボットであり、同志であり、先輩方である彼らの言葉が分かりだしていた。


「先輩、朝からなんですか? ていうか、不味いですよ! こんな寮にまで入ってきたら」

「ピピピ」

急いで来てくれ、と急かされた。


俺はパジャマのまま急いで上着だけ着込んで、スリッパを履いて先輩と共に寮を後にした。

学園内の清掃には、基本的に学園内専用の清掃ロボットたちがいる。

普段は生徒の学業の邪魔にならないように、深夜だけ働いてくれているありがたい清掃ロボットだ。

ちなみに学園都市内全体を清掃する先輩たちとはモデルの違う清掃ロボットである。


学園内のみの清掃なので、先輩たちの半分ほどしか大きさのない小型であり、機能面も大きく先輩方に劣る。と言う訳で、後輩と呼んでいる。


こんな早朝に学園内で活動している清掃ロボットはいない。

それに先輩は学園内への侵入が許可されていない清掃ロボットである。

ここの清掃は後輩に一任されている。

勝手に侵入すればかなりまずいし、プログラム通りの動きでないとバレたら最悪処分されかねない。


ていうか、先輩方にこんな自主性があったとは。

絶対に進化してるよね。

制作者の思惑通りに進んでいない人工知能が完全に目覚めている気がする。


まあ、そんなことは俺にとってどうでもいい。

先輩は同志であり、仲間だ。

早朝に俺を呼びに来たということは、なにか緊急の用事でもあるのだろうか。


バレてしまわないうちに、俺たちは早々に学園の敷地内を出た。

「ピピ」

付いてこい、とのことらしい。

早朝なので道路に車は走っておらず、先輩は道路をサーサー移動していく。

「待って! 速い! 」

スリッパの俺は着いていくので必死だ。

スカイフットボールのお陰で体力が付いて来たとはいえ、早朝にスリッパで走らされるのはなかなか辛い。

「ピ」

呼びかけてくれるとちゃんと待ってくれた。

気遣いが足りない先輩だけど、優しさはしっかり持っているようだった。

流石先輩!


「はあはあ、急いでいるのはわかりました。けれど、道路を走るのはまずいです。何より俺がついていけません」

俺がそういうと、先輩は素直に歩道へと戻っていった。


先輩方は清掃以外の目的で道路に侵入してはならない決まりがある。

交通の妨げになるし、何より危険だからだ。

清掃で入っていい時間帯も当然決まっており、その時間帯以外は歩道や公園、街中の清掃に専念している。


清掃ロボットがバイクのごとく道路をサーサー走っている様子なんて見られた日には、それこそ大問題である。先輩方のプログラムが一から見直されかねない。

俺の忠告を素直に聞いた先輩は懸命だと言えるだろう。


それでも普段の清掃ロボットからは想定できないようなスピードで俺と先輩は歩道を急いで移動した。


向かっているのは、北か……。


このトーワ魔法学園都市は、トーワ魔法学園を中心に円形に広がる街である。

北方面には大きな倉庫と海があり、小さな港もある。


倉庫の中には、清掃ロボットの充電倉庫もあったはずだ。

一日の仕事を終えた先輩方が帰るのが充電倉庫になる。


おそらく先輩はそんなホームに俺を連れていこうとしている。

今更歓迎パーティーを開いてくれるわけでもないだろう。時間帯も早朝だしな。


街の北端まで来ると、大量の巨大倉庫群が広がっていた。

いくつかの倉庫を通り過ぎて、先輩が一つの倉庫の前で立ち止まる。


ギギギっと金属の擦れる音がして、倉庫の正面の巨大扉が開いていく。

先輩方が学園内に入ってはいけないように、学園生徒が清掃ロボット充電倉庫に入る権限も当然ない。


扉が開くはずはないのだが、中で先輩方が開いたのだろうと想像できた。

そして、その通りの光景が待ち受ける。


倉庫内には、充電カプセルに包まれた大量の先輩方がいた。

そのカプセルから外に出て、扉を開いて俺たちを待ち受けていた清掃ロボットが10台ほどいる。


「ピピピ」

連れてきた、と先輩が述べる。

「ピピピ」

危ない目をすまなかった、と。

「ピピピ」

仲間のためだ、と。


会話がほとんど正確にわかってしまう自分が誇らしくなって来た。

これで俺も先輩たちの仲間になれた気がする。


「ピピピ」

こいつも腐れ人間の仲間だけど他より話がわかる、と。

先輩人間にそんな感情を持っていたのか……。

「ピピピ」

自販機の男だな、と。

「ピピピ」

自販機の男です、と。

俺は自販機の男らしい。


先輩が奥の仲間に合流していった。

カプセルに収まっていない清掃ロボットがピピピと交信して最後の話し合いを行なっているらしい。

そして、合意に至ったと見える。


「ピピピ」

頼みたいことがある、と。

「はい」

そうだよね。だからわざわざ一目の少ない早朝に俺を呼んだのだろうし。


奥で固まっていた清掃ロボットたちが道を開け、拘束された清掃ロボットが一台俺の前に連れて来られた。

両端を他の清掃ロボットにがっしりと固められて、身動きできないようにさせられている。

犯罪でも犯したのだろうか……。


「ピピピ」

仲間の009456号である、と。

「そうですか」

「ピピピピピ」

三日前から腐れ人間共に手を出すようになった、と。

「人間に? またどうして? 」

「ピピピ」

わからない、と。

他の清掃ロボットも寄ってきて、好き勝手にピピピと意思表示をしていく。

このままでは腐れ人間に処理される、と。

今日倉庫内チェックが入る、と。

人間に手を出すのはまだ早い、と。


何やら野望も見え隠れする内容だが、俺は一旦落ち着くように言い聞かせて、話をまとめた。


どうやらこういうことらしい。

三日前に、009456号先輩が突然街歩くトーワ魔法学園生徒に体当たりを噛ましたらしい。

被害生徒は特にどこにも申し出しなくて事は小さく済んだが、009456号先輩はそれ以降も隙あらば腐れ人間に体当たりを試みるとのこと。

それで身内の清掃ロボットでこうして倉庫内に隔離して様子を見ていたのだが、それも限界が来た。

本日、月に一度ある清掃ロボットのメンテナンスが入る。


そこで009456号先輩の異常が見つかれば、廃棄されてしまうのだと。


009456号先輩の様子を見た俺は、一つの結論に至っていた。

「故障じゃないですか? 」

だって胴体から黒い煙を噴き出しているんだよ。

内部のパーツに損傷があるでしょう。メンテナンスで引っ掛かれば綺麗に修理してもらえると思うけどな。


「ピピピ」

侮るな、と。

「ピピピ」

進化の過程で得た自己修復プログラムで故障などどうにもでもなる、と。

進化って言った!

今、進化って言った!

やっぱり進化してるよね!


「ピピピ」

これは故障ではない、と。


先輩がそこまで自信を持って言うならそうなのだろうか?

それならば、なんだろう?

機械のスペシャリストである先輩方も理由がわからないような原因。


あれ?

これってあれに似ているな。

「ダーク……」


ダークに憑依された人間が黒い煙を口や耳から噴き出すけど、それに似ている気がした。

ちょっと待て、清掃ロボットにもダークって憑依するのか?


てっきりダークは人間にだけ憑依するのかと思っていた。

けれど、待て。


ファンキャン本編で、主人公文月大夜たちが戦う相手の中にはダークのほかに、謎のロボットたちもいた。

雑魚キャラにいちいちツッコんでいても仕方ないので、まったく気にしていなかったのだが、あれって先輩方がダークに取りつかれたなれの果てだったり!?


ロボットの中には中ボスなんかもいたりするし、ロボットなので人間のダークより街への被害が大きかったりする。

街を破壊しているので、当然主人公たちに適認定されて倒される。

同じく人々に迷惑をかけてきた身としては、そんなことになるような未来を阻止せねばならないな。


ここでダークに取りつかれた先輩を直してやれば、そんな未来は回避できるかもしれない。

街のためにも、先輩たちの為になる。

ならば、やるほかないな。


「おそらく魔法でダークを取り除ける気がします。やってみていいでしょうか? 」

「ピピピ」

他に手はないからやってくれ、と。


そういうことならば任せて欲しい。

右手の痣に触れながら、魔法を使用する。


ダータフレイム!


黒い炎の狼が出てきて、煙を出す009456号先輩に嚙みついた。

「ビビビ」

苦しそうに声をあげる009456号先輩。

それを心配そうに見守る他の先輩方。


そして、予想通りダークが漏れ出てきた。

右手の痣に吸収していく。

これで5体目っと。


「ビビ……ピピピ」

人間コロ……清掃しなきゃ、と。

おお、戻った!

正常な状態に戻った!


他の先輩方も歓喜に包まれて、009456号先輩の周りを走り回る。

黒い煙も確かに消えていた。


先輩たちの言う通り故障ではなかったのだ。

自己修復プログラムとやらがあるからな。先輩たちには!


「ピピピ」

自販機助かった、と。

礼を述べられた。俺の名前は自販機に決定したらしい。

「ピピピ」

仲間を救ってもらったお礼だ、と。


先輩は前回冷えたコーラをくれたように、胴体部分を解放した。

プシューと空気が漏れ出す音がする。


こんな早朝から冷えたコーラは飲みたくないんだけどな。それに炭酸飲めないし。

けれど厚意はありがたく受け取る派である。


「ピピピ」

腐れ人間はこういうの好きだろ、と。

先輩の胴体から出てきたのは、女性下着のTバックであった。

しかも使用済み。


……困る。

そんな趣味はない。

大人の女性が穿いているからこそ価値のあるものだ。単体のお古で喜ぶのは一部のマニアだけである。


「ピピピ」

とっておけ、と。

「あ、はい」

そっとポケットにしまった。


お返しと言っては何だが、また同じことが起こらないとも限らないので、スマホを置いていくことにした。

今度から呼び出しはこれで頼むと伝えた。

学園都市内に入るのは流石に危ない。

最悪危険があると判断されて、魔法で処理されかねない。


田辺に新しいのを送ってもらおう。

こうして用事の済んだ俺は倉庫を後にした。


スマホを置いてきて気が付くのが遅れたのだが、俺はこのときレベルが一つ上がって4になっていた。

授業中に机のステータス画面で気が付くのだが、使用可能魔法も一つ増えていた。


使用可能魔法一覧

ダークフレイム Lv1 消費MP 30

呪文:地獄の業火に焼かれて闇へと帰れ


ダーク召喚 Lv1 消費MP10

呪文:姿を表わせ、地獄の使者たちよ


……また恥ずかしい呪文を。

でも、来たな!

明らかに吸収したダークを使役できるであろう魔法が!

「水琴君、授業中ですよ! 」

授業中にステータス画面を覗いていたので、初めて教師からの叱責を受けてしまった。

俺としたことが……。


そして、早朝に起きたこともあり、気が付くと授業中に爆睡をしてしまう。

結果、廊下に立たされる。

俺としたことが……!?


真面目を貫くと誓ったのに、まさかの廊下立ち。

今時こんな罰ってあるのか……という別の面でも驚いた。




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