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29話 芸術家は情熱的

火曜日。

今日も今日とて、授業を真面目に受けた俺は自己満足とともに放課後を迎えていた。


今日は彫刻クラブの日なので部室へと向かうつもりだ。

意欲もあり、意気込みも充分。


猫さんと熊くんにも会いたい。

さっそく部室に向かおうとしたとき、ガシリと右腕を固められてしまった。

宇佐ミミさんだった。


こんな攻めた性格の子だった!?


「今日は、火曜日だよね」

「はい、火曜日です」

「彫刻クラブ、来るよね」

「はい、行かせていただきます」

こうして教室から連行されていってしまった。


あの今時めずらしい木造の部屋へと入る。木のテーブルに木の椅子もあった。

始めてきた日同様、優しい雰囲気のこの部屋に癒される。


部屋から漂う香りもどことなく気を落ち着かせてくる。

制作途中の丸時計も先週のままだった。


道具の手入れは宇佐ミミさんが欠かさず毎日やっているみたいで、すぐに使える状態だった。

すこし変わったところと言えば、壁に貼られた和紙くらいだろう。


そこには筆ででかでかとストレートな表題が書かれていた。

『打倒! 早瀬あや! 』


なんとわかりやすいことか……。

逃げろあや、ターゲットにされているぞ。


とはいえ、これは俺にも原因がある。

さも彫刻にすごく興味があり、毎日活動に参加できるように勘違いさせてしまった部分はあった。

謝るなら、俺からだよな。


「宇佐ミミさん。彫刻クラブのことは俺が早瀬さんにもっと説明しておくべきだった。そしたらもっと両方のクラブ活動に均等に参加できるかも」

「いいえ、水琴くんは特に何もしなくて大丈夫ですよ。あの女王は私が自力で倒しますので! 」

宇佐ミミさんの目の奥に、かつてないほどの炎が燃え上がっている気がした。


俺や宇佐ミミさんのようなコミュ障タイプの人間に、あの強敵早瀬あやを倒せるのか!?

それに女王って……。

マーク達もあやのことをボスって呼んでいたし、隠し切れないカリスマ性があるんだろうな。


「うにゃ? 今日は水琴くんがいる日かー。やっぱり席が埋まっているほうがいいよねー」

扉があいて入って来たのは、マイペースな雰囲気を漂わせる猫ちゃん。

歓迎してくれているようでうれしい。

続けて、熊くんも部屋に入って来た。


ぺこりと一礼して、無口で自分の席に座る。

変わらず無口な人である。


皆がそろったので、各自準備して創作に入っていく。

ここからは静寂のなか、自分の創作意欲が向く方に手を動かしていくだけだ。


スカイフットボールのように仲間内で盛り上がるのも楽しいが、こうして自分の世界に没頭するというのもとても好きである。

3人と比べて俺の制作中の時計は簡易なものだが、それでも細部にはこだわりを出していきたい。


部屋の中にはガリガリと木を削っていく音だけが響き続けた。

時間も忘れて没入すること、ほぼ一時間くらい。


また作業に慣れてきたところで、指をギュリッしかけた。

どっと冷や汗が漏れ出す。


ふう、間一髪である。

また叫んで皆の邪魔をするところだった。


同じミスをしないうちに、俺は少し休憩をとることにした。

顔をあげると、ちょうど猫ちゃんも給水をして休憩していた。


宇佐ミミさんと熊くんはガリガリと手を動かし続けている。

その時、少し異様なものを見た。

いや、正直に言うとかなり異様だ。


俺の視線の先に気が付いたのか、猫ちゃんが少し笑った。

「ここ一週間はこんな感じー」

一週間もこんな感じだと!?


俺の視線がとらえたのは、にやにやと笑いながら木を彫り進めていく宇佐ミミさんの姿。

教室に入って来た時は、まだ何を作っているかわからなったものが、いまではシルエットがだんだんとハッキリしてきており、それが人型の女性像だということが分かって来た。


熊くんには申し訳ないが、にやにやしながら女性像を彫っているのが熊くんなら100歩譲って納得できたかもしれない。

しかし、これをやっているのがあの内気で誠実な宇佐ミミさんだ。


異様だ。あまりに異様だ。


「早瀬さんから水琴くんの木曜日を勝ち取るって息巻いていたよー。でも早瀬さんが怖いから、それに少しでも慣れるために早瀬さんを彫り出したらしいよー」

はっ、やはりこれは女性像だったか。

しかも早瀬……。

早く逃げて、あや!


「これを彫りだしてから、宇佐ちゃんずっとこんな感じ」

「それって止めたほうが……」

「うにゃー、それが驚いたことに、宇佐ちゃんの才能が開花しちゃったみたい」

どういうことかと尋ねた。


宇佐ミミさんは幼少期よりずっとスキル彫刻を伸ばすために練習を繰り返してきたらしい。

しかし、生まれ持った器用さの低さがスキルの上達を阻んで、未だにランクCにとどまっていたとのこと。

お父さんがプロの彫刻家ということもあり、周りの期待に添えない宇佐ミミさんは結構悩んでいたらしい。

ほとんど口にはしないけど、長い付き合いの猫ちゃんにはわかるみたいだ。


けれど、俺が先週あやに連れ去られて以降、宇佐ミミさんの中に何かの火が付いた。

俺を取り戻すために、猫ちゃんが説明してくれたような対策を立てて、早瀬あやを彫り始めた。

ニヤニヤブツブツ呟きながら作業するものだから、その常軌を逸した状態に猫ちゃんも熊くんも当然戸惑う。


猫ちゃんが一度腕を止めさせようとしたのだが、それを制止したのが熊くんだった。

なぜかと尋ねる猫ちゃんに、熊くんが一言。

「彫刻の神が降りてきている」

とのことらしい。

猫ちゃんはあまり理解できなかったみたいだが、その日のクラブ活動終了時に驚く結果を聞かされる。


宇佐ミミさんの彫刻スキルが今までの10倍近くも成長していたのだ。

驚愕する猫ちゃんと熊くん。

更に一番驚いているのは、宇佐ミミさんだった。

「なんで私のスキルこんなに伸びちゃったんだろう……? 」

自覚のない宇佐ミミさんに猫ちゃんが教えようとしたところ、またも熊くんが制止した。

口数の少ない彼がまた一言。

「そのままでいい」

熊くんめっちゃカッコイイな!


そうして、更に驚くことに、実は昨日彫刻スキルがとうとうランクBに上がっていた宇佐ミミさんだった。

これでようやく仲の良い猫ちゃんと熊くんに肩を並べることに成功した。

彼女が成長できて嬉しい反面、少し別の感情もある。


経緯を聞いた俺は、少し恐怖を覚えていた。

天才を目覚めさせてしまった恐怖だ。


あの普通に可愛いらしい、ウサギみたいな少女を鬼畜芸術家に目覚めさせてしまった罪悪感!

彫り進められる早瀬あやは最終的にどんな結末を迎えるのだろうか……。

細い首らへんをノミで一発ドスっとやられやしないか心配だ。

早く逃げてー! あや!


そういえば、かなり希少な例で、嘘話ともとられかねないような噂がゲーム内でもあった。

器用さが低いにも関わらず、急に一部のスキルが激成長をしたという報告だ。


スキルボード全ランクS育成プレイヤーでさえ知らない情報だったが、確か攻略サイトにて”開花”と名付けられていた気がする。

ファンキャンなのでそんな隠し要素もあるだろうという話だったが、まさにこれではないか。


宇佐ミミさんは打倒早瀬あやを掲げ、女性像を彫ることで、その隠れ持った才能を”開花”させてしまったのだ。

先週見た作業中の宇佐ミミさんの集中力はすごかった。

流石は10年くらいやっている人の迫力があるなと思っていた。


しかし、今日見た宇佐ミミさんの集中力、迫力、そして狂気は正に天才のそれであった。

予期せぬ道から、望んだ道に乗った宇佐ミミさん。


熊くんの言う通り、このままそっとしておくのが一番いいかもしれない。

きっとこの道でなら彼女は天下をとれる。


でもいつかは教えてあげたほうがいいかもしれない。

宇佐ミミさんの中に狂気が目覚めたことを。


宇佐ミミさんの迫力に押されながらも、俺と猫ちゃんも作業に戻った。

となりから異様などす黒いオーラを感じるのだが、気のせいだ。絶対気のせいだ。

集中するんだ俺!


日が完全に沈んだ頃、熊くんが伸びをしたのが分かった。

そこで顔をあげると、猫ちゃんもぐったりとテーブルに突っ伏していた。

二人とも満足気な顔だった。集中できたのだろうなと分かる。


宇佐ミミさんはまだ手を動かし続けている。

先ほどよりも更に女性らしいラインを削り上げていた。

彼女の顔のニタニタが止まらない。


宇佐ミミさんの瞳孔が開きっ放しなのは、いつからだろうか……。

健康面で心配だ。

「宇佐ちゃん、このモードに入ったら休憩しないの。声も聞こえないみたいだし」

「そろそろ止めたほうが良いんじゃ」

「そうだねー。じゃあ水琴くんお願いできる? 」

声が聞こえないなら、肩でも揺するか。


……なぜ顔を背けている、猫ちゃん、それに熊くんまで。

後ろめたいことがあると体に書いてあるぞ。


何かはわからないが、とりあえず宇佐ミミさんを止めよう。

きっと体はかなり疲労しているはずだからな。


「宇佐ミミさん、そろそろ終わりにしよう」

何度か揺すると、作業中の手が止まった。

開いた瞳孔をこちらに向けて、ノミを包丁の様に構える。

「創作の手を止めるなー!! 」

ノミがシュッと伸びてきた。

危うく刺されそうになったとこで、ノミがぴたりと止まる。

息どころか、生命活動が止まりかけた……。


「あれ? 水琴くんじゃないですか。なにか用ですか? 」

「……」

絶句である。

「あらら? もうこんなに暗くなっていますね。いつの間に……。あら”早瀬さん”もこんなに進展してる。いつの間に……不思議だ」

猫ちゃん、熊くん、顔を逸らしていたのはこれか!?

貴様ら知っていたな!?


頭をテーブルにつけてガン謝り体制の二人である。

まあ、恐らくノミがギリギリで止まることも知っていたのだろう。

仕方ない。許そう。


「あー、なんだかすっごく疲れました。ふふふ、スキルはどうなっているかなー」

いつものウサギのような可愛らしい感じに戻っている。

瞳孔も正常な状態だ。

神は去っていったらしい。


「うわぁー、今日は更に伸びが凄いや。やっぱり水琴君がいると成長が早いなぁ」

「うにゃー、それにみんなでやると楽しいね。水琴君には毎日来て欲しいくらいだよ」

「そうだよね。私この”早瀬さん”が完成したら、早瀬あやさんにもう一度木曜日の交渉に行ってくるよ! 」

ぐっと拳を握り閉める宇佐ミミさん。

俺の彫刻スキルも、確認してみるとランクDの成長度006に伸びていた。順調である。


あの作品名は”早瀬さん”だと判明した。

今すぐ逃げてー! あやー!


みんなで清掃を済ませて、すっかり静かになった校舎から一緒に戻ることになった。

女子寮と男子寮で別れた後、熊くんと二人きりに。

ここまでずっと無口だった熊くんがふと口を開く。


「来週も来てくれ」

「お、おう」

俺も彫刻クラブは好きだ。

それに行かないとなると、宇佐ミミさんのあの狂気が加速しかねない。

俺は絶対に行くことをここに誓ったのだった。



やったー!10万文字いけたー。

楽しくやれているので、また明日からバンバン書いていきます。

引き続き読んでくれると嬉しいです。

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